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2話




猫にチョビと名前をつけたあの日から定期的にその人は裏庭へ現れた。


…正直、迷惑だった。


私の平和な息抜きの時間が侵されていく。

でも私の私有地でもないし、文句も言えない。

かといってチョビと先に出会ったのは私だから私が来るのをやめる選択肢もない。


「あ、居た居た。」

「げっ」

みゃー

「げっ…て失礼だなぁ」


その人はヘラヘラ笑いながら当然のように隣に腰掛けてきた。

一歩ずれたら一歩距離を詰めてくる。

堂々巡りになりそうなそのやり取りを先に諦めるのはいつも私だった。


その上、トコトコ足元に擦り寄るチョビを当たり前のように抱き上げ膝の上に乗せてしまう。

私が先に撫でていたのに、ひどい…。


何故かチョビはこの人に懐いていた。

餌をあげているのは私なのに。

裏切りもいいところだ。


「チョビーこっちおいでー」

みゃー

「俺がいいよな?チョビは?」

みゃおん

「…私がご飯あげてるんですけど。」

「この前は俺が猫じゃらし持ってきたけど?」

みゃあ


なぜ当たり前のように張り合ってくるんだろう?

私達は軽口を叩くような仲ではない。はず。

でも彼の雰囲気が自然とそうさせてしまう。

おそらく身分の高い彼。

本来の私なら話しかけることすら避けていたはずだ。


「チョビの浮気者。」

みゃー?

「ははっ俺が魅力的な男だから仕方ないな」

「…私に魅力がないと?」

「いやそう言うわけでは…」

「失礼なやつだにゃー」

みゃー

「悪かったって…」


この人は、きっと距離の詰めかたがとても上手なのだと思う。

いつのまにか、チョビを通して自然と会話をして、自然と溶け込まれている。

警戒心とか疑心のような物を易々と飛び越えて私のテリトリーに平気で踏み込んで。

このままではまずいと思うのに、彼が引いてくれる様子もない。


「はぁ…どうしてこんなことに…」

みゃーん

「お前は呑気だにゃー?」

みゃー?


チョビと一緒になって首を傾げると隣にいるその人はくすくすと楽しそうに笑う。

穏やか、な時間なのだと思う。

でも、…これ以上は怖い。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、この人はやっぱり近づいてきた。


「そう言えば俺君の名前知らないんだけど」

「…知らなくて大丈夫ですよ。

私もあなたを知らないですから。」

「え…?」

「なにか?」

「…いや、俺を知らない?」


そんなに驚くほどのことなのだろうか?

そう言われて改めて彼を上から下まで見る。


サラリとしたブロンドの髪。

透き通るような肌と黄金色の瞳。


…下手すればそこらの女の子より綺麗だ。


それから耳元やネクタイに付けられているアクセサリーは小ぶりでありながらセンスを感じさせる。

きっと…いや間違いなく、ものすごく高価なものだろう。


どことなく教科書に載っている陛下の姿絵と似てる気がしなくもない。

でも、まさかこの国の王太子殿下がこんな薄暗いところにいるわけないし。

やっぱり思い当たる節はなかった。


「…私名前聞きましたっけ?」

「……ふーん?」


私の返事に何やらニコニコとチョビを撫で始めた。

その様子がやけにご機嫌で不気味だった。

何かとんでもない見落としをしている気がした。


「…俺は」

「ストップ。名乗らなくていいです。」

「なんで?」

「なんでも。」


名前なんて、知りたくない。

だって、めんどくさい。

知ってしまったらこの関係に名前がついてしまうような気がする。

名前もクラスも学年も何も知らないまま。

猫好きな顔見知り程度の距離感がきっとちょうどいいし、それ以上になりたくなんてない。

それなのに…


「俺はオスカーだよ」

「あの、人の話聞いてました?」

「君の名前も教えてよ」

「…………ロベリア」

「いい名前だ。」


ああ、やっぱり。

また、勝手に踏み込まれた。

この人は最初からそうだ。

チョビの名前を勝手につけたり、私の息抜きスペースに居座って勝手に喋ったり。

距離を取ろうとすればするほど近づいてくる。

異性と話すこと自体があまりないからこんな時、どうしていいのかわからないし、彼が何を考えているのかもわからない。


「ごめん困らせるつもりはなかったんだけど。」

「…そうですか」


複雑な気持ちだった。

私の反応をみてオスカーさんは申し訳なさそうな表情をする。

もし、ここが学園じゃなくて田舎の領地での話ならこんなに悩まなかったのかもしれない。


「………。」

「………。」

みゃー?


でもここは貴族社会で、私は末端の人間。

目をつけられたら、それらに立ち向かう術なんて何も持ち合わせていない。

もし上位貴族に迫害なんてされようものなら、すぐに居場所なんて無くなって学園を去るしか無くなってしまう。

そうした人をここ数ヶ月何人も見てきた。

私もそうならない保証なんてない。


空気が重くなっていく中、チョビだけは呑気に私やオスカーさんの手に擦り寄っていた。


「……ロベリアが」


無言でチョビを撫でていたら、オスカーさんが唐突に口を開いた。

でも私はそれに視線を向けることはない。

チョビを黙って撫で続ける。

今までだってそうだったし、この人が勝手にこの場に入ってきただけだから。


「学園で波風を立てないように過ごそうとしているのはよくわかったよ。」


チョビを撫でている指先が揺れた。

図星、だったから。


私はただこのまま静かに勉強をして、しっかり卒業して、就職したい。それだけ。

誰にも迷惑かけないようにするから、

私も誰かに迷惑をかけられたくないだけ。


それがわかるのに、この人はどうして放っておいてくれないのだろう。


ちらっと視線を向けたらオスカーさんはすごく寂しそうだった。

その目を見て、彼もまた貴族のあれこれに疲れているのかも知れない。と思った。

でも私にはどうすることもできないし、ここで一緒の時間を過ごす事を許せるわけじゃない。


「まぁここにくるのはやめないけど」

「…え」


一瞬思考が止まった。


……ん?この流れって、ごめん、もうここには来ないよって言う流れじゃないの?


くるの?なんで?


思わず開いた方が塞がらなくなった。

そんな私にオスカーさんはイタズラに笑う。


「俺がここがバレるようなヘマしなきゃ大丈夫。

ここ以外の学園で見かけても声はかけない。」

「…………。」

「…それだけじゃ足りない?

じゃあ俺のマネーで高級チョビの餌をつける。」

「…………。」


みゃぁお

もういいじゃない?みたいな顔でチョビが私を見上げてくる。

そりゃ、君はね?ご飯もらえるからね?

でも私は簡単に納得はできない。


「仕方ない、国外から取り寄せる高級またたびもつけようじゃないか。」


みゃあー!

チョビとオスカーさんのウルウルとした瞳に見つめられるとどうしていいのかわからなくなってしまう。

そもそもここは学園で、裏庭は誰でも出入りの許されている場所なのになぜそこまでして私に許可を取ろうとするのだろう。

勝手に来て勝手に寛げばいい。


ただ、私が関わらなければいいだけなんだし。


「なかなか君の友人は難攻不落だな?チョビ」

みゃん

「…俺も仲間に入りたいんだけどな」


しょんぼりとあからさまに肩を落として見せるオスカーさんには私の心が見透かされているみたいだった。


ちらり…

ちらっ…

あからさまな視線。

無視してもずっと続きそうだった。


「……チョビの予防接種」

「え?」

「…私じゃこの子を外に連れ出して獣医に見せることができません。

裏ルートとかそう言うのしらないし…

どうせ金に物を言わせるならそれがいいです。」

「…そっか、うん、いいよ」

「…言いたいことがあるなら言ったらどうです?」

「…いや?」

「なんでそんなにニヤニヤしてるんですか?」

「…んー?秘密かな?」

「気持ち悪いですね。」

「わぁ急に辛辣」


1人と1匹の穏やかな時間だった。

それはいつしか2人と1匹の穏やかだけど、少しだけ落ち着かない時間になっていった。







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