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1話




…どうしてこうなってしまったのだろう。

煌びやかなシャンデリア。

上っ面の笑顔と拍手と歓声。

私もそれに返すように上っ面で手を振る。


………怖い。気持ち悪い。

私はこんなの望んでなかったのに。


隣にいる彼は本来なら私には手の届かない人。

それなのに私を何よりも愛しいもののような目で見つめてくる。


…あぁ、逃げられない。と思った。


私はただ…

裏庭で野良猫に餌をあげていただけなのに。





__________



「にゃー?にゃー?」

みゃお…

「あ、いたいた。ご飯持ってきたよ。」


私の名前はロベリア・トスカーナ。

貴族社会の末端。

ちょっと裕福な平民と大差ない、そんな男爵家の次女として生まれた。


何もない田舎の領地。

優しくも厳しい両親はまだまだ現役。

次期当主のお兄様。

隣の領地の子息と婚約が決まっているお姉様。

そんな状況だから私はある程度自由が許されていた。


結婚相手も、就職も、自分で決められる。


ただ、ずっと実家に甘えることだけは許されない。

そのうちお兄様がお嫁さんを迎えて、その二人と、その間に生まれた子供の家になるから。

結婚後も妹がいたら義姉が休まらない。

だから学園卒業後は実家を出て一人暮らしをする予定だった。


「はぁ…」


貴族の義務の一つ。

王都にある学園への入学。

例に漏れず末端といえど私もしっかりと学園に通っていた。

ただ…


学園には煌びやかな人たちがたくさんいた。

私と似た家の出の人だって少なくはない。

けれど皆は必死だった。

流行を追いかけて、格式の高い出のご令嬢やご子息に媚びを売って。


そんな文化に私は馴染めなくて、どこか一歩引いたところで生活していた。


一人でできる勉強だけは頑張っていた。

それが後の就職先にも繋がるから。


悪目立ち、するほどではない。

そもそも周りに興味を持たれていない。

媚びを売ろうとして、失敗して、やらかす人がいるから大抵迫害されるのはそう言う人。


卒業後の進路としてはどこかの商会の事務とか、王宮勤めの文官とか、王立図書館の司書辺りもいいかもしれない。

そういうのでいい。

そういうのがいい。


女子の中では高貴な身分の人に見初められる可能性がある侍女辺りが意外と人気就職先だけど…

人間関係は絶対めんどくさいと思う。

私のような人間にはきっと向いてない。


「お前は仕事とかなくていいよにゃー」

みゃん

「人間はめんどくさいにゃー

仕事しないとお金がないからおまんま食いっぱぐれるのにゃー」

みゃー?

「…ふふっ

猫にこんなこと言ってもわかるわけないか」


ふわふわな縞模様の頭をそっと撫でた。

…あぁ、落ち着く。


先日、授業の一環でグループ活動があった。

私はそこそこの成績があるおかげで、

そこそこのグループに入れてもらえた。

そこそこと言えど人間関係には気を使う。

対して仲良くもない相手なら尚更だ。


それが息苦しくて人気のない裏庭に羽を伸ばしにきた時に、たまたまこの猫を見つけた。


草の陰に隠れて小さくなってガリガリで。

一応時間置いたりして見守ってみたけど親猫が現れる様子もなかった。


このままでは死んでしまうだろう。

それが自然の摂理。


わかっていても放っておくことなどできなくて私の昼食を包んで持ってくるようになった。


少しずつ子猫が元気を取り戻していく。

その様子を見守るのもまた楽しくて。


今ではほぼ毎日、昼休みの時間になると、こうして猫相手にお喋りに来てる。というわけだ。


寮に持ち帰れたら1番いいけど、それはルール上無理だから仕方ない。

幸い裏庭には古いガゼボもあるし雨風は凌げるから猫もそこまで不自由はないだろう。


キーンコーンカーンコーン…

「あ、戻らなくちゃ…」

みゃおん

「明日の学食は魚らしいから楽しみにしてて。

…じゃあまたね」


この場所だけは、誰にも邪魔されない。

学園の喧騒からも、貴族の視線からも外れた、息をつける唯一の場所だった。


私と猫。

1人と1匹の穏やかな時間だったのに。

次の日からそれが唐突に終わりを告げてしまうだなんて、この時はまだ思いもしなかった。





__________



「〜〜♪」


鼻歌が自然と出る。

猫が勢いよくご飯を食べる姿が思い浮かぶ。

今日の学食はサーモンのムニエル。

そのままでは塩っぽいから白いライスと混ぜてちょうどいい感じにおにぎりにした。

しかもミルクも付いてきた。

汁物がメインの時は持ち運べなくてどうしても味気ない食事になってしまうから、今日は大当たりの日だった。


そんな気持ちで足取り軽く裏庭に向かった。


…まではよかった


「あ」

みゃおん

「…………どなたですか。」


ガゼボについてみたらそこには先客がいた。

見ない顔、というより、そもそもここに人が来ることが滅多にないはず。


肝心の猫はへそ天でゴロニャンモードだった。

私にすらそんな姿を見せてくれることはないと言うのに。

初対面の男になんだか猫を取られてしまったみたいだった。


整えられた容姿と、猫を撫でると言う仕草一つでも美しい所作。

どこかの高貴なお方だと言うことは一目でわかった。


だからこそ、どうしてこんな場所に?

絶対こんな薄暗くてジメジメした場所で小汚い猫を撫でるような身分じゃないだろうに。


しかもやたらと絵になっているのがすごく違和感だった。


「コイツは君の猫?」

「…いえ、違います。」

「でも手に持ってるそれ餌じゃないの?」

みゃー


指さされたそれは私が袋に雑に詰めて持ってきたミルクとサーモンのおにぎり。

猫もそれに気がついて、いつも以上に私の足元にぐるぐるとすり寄っている。

この状況で言い逃れをする方が難しかった。


「はぁ…」

「やっぱり君の猫なんだね」

「…いえ、この子は学園に迷い込んだ子で

たまたま見つけて面倒を見てるだけです。」

「ふーん?」


ハグハグとご飯を食べる猫を2人で観察する。


…この人いつまでここにいるのかな。

猫は可愛い。可愛いけど、何だろうこの状況。


「君はいつもここにいるの?」

「……まぁ…そうですね。」

「話しかけるの嫌?」

「……………そんなことないです。」

「フッ…絶対嫌じゃんその反応。」


その人はやけにグイグイきた。

正直鬱陶しかった。


容姿が淡麗で、人好きする表情。

おそらく高貴な出。なんかいい匂いもするし。

絶対女子にモテるタイプだと思う。

こういう人に私みたいのが関わったら悪目立ちするに決まっている。


静かな学園生活に波風を立てたくない私にとって彼は絶対関わりたくないタイプの人種だ。


早く…いなくならないかなぁ。

私と猫の2人時間に水を刺さないで欲しいんだけどな。

そう言えたらどんなにいいか。

言えるわけないんだけど。


「ねぇねぇ、この猫名前は?」

「…ないです。猫です。」

「えー?ちょっとそれは可哀想じゃない?」

「…別に、私が飼ってるわけでもないですし…」

「それでも何かつけてあげようよ」


嫌がる私の反応に絶対に気がついてるくせにその人は居なくならないどころかさらに話しかけてきた。

しかもかなり図々しい。

何で初対面の人にそんなことを言われなきゃならないんだろう。


「じゃあ俺がつけてあげる。

チョビロッツォ13世ってのはどう?」

みゃおん

「却下。」


「えー?でもチョビロッツォ嬉しそうだよ?」

みゃん

「…却下。」


さらにセンスも微妙。

チョビロッツォ13世ってなんだろう。

もう少しいい名前があるでしょうに。

そう思っているのはこの場で私だけなようで、猫は嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。

変な名前つけられそうだっていうのに猫はすごく呑気だった。


「ただの猫は嫌だにゃー

チョビロッツォ13世かっこいいにゃー!」

「猫はそんなこと絶対言ってません。」

「にゃー?肉球ふみふみするからチョビって呼んで欲しいにゃー?」

みゃー?

「ぐ…ぅあなた何なんですか…」


猫は不思議そうに声をあげて、

目の前の彼にされるがまま、前足を可愛く動かされている。

可愛い。肉球柔らかい。

…けど、それに絆されたくはない。


「にゃー?」

みゃー?

「…わかりました。わかりました。」


首を傾げるイケメンと可愛い猫のコンビは私に拒否権などくれるわけもなく。

猫はチョビロッツォ13世、は長すぎるのでチョビと呼ばれることとなった。


今日を乗り切ればまた1人と1匹の穏やかな時間になる。

…そう思っていたのに。







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