侍従ss
私の名前はセオドリック・フォスター。
伯爵家の三男として生まれた。
長男が伯爵家の嫡子として継ぎ、次男は父の代から続く男爵位を継いで分家を立てることになっている。
私には特に継げるものはない。
残った道は王宮への就職かどこかのご令嬢の元へ婿入りをすることだった。
「俺はお前がいい。セオドリック。」
私は前者を選んでいた。
そう言ってくれたオスカー殿下の想いに応えるために。
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初めての出会いは伯爵家以上の年近い子供を集めた王宮のパーティだった。
表向きは子供たちが年の近い友人を作るため。
裏では将来この国を背負うことになるオスカー殿下の側近候補を決めるパーティとされていた。
もしかしたらと浮き足立つ私と同じような生まれの子供たちも多くいた。
令嬢は婚約者に、子息は側近に。
しかし、そんなものは侯爵家以上が実質選ばれる出来レースでしかない。
義務として参加こそしていたが私自身、希望など抱いていなかった。
オスカー殿下はパーティの間、始終にこやかな笑みを浮かべていた。
子供らしい可愛げがない、というか、この場の誰よりも貴族らしく、将来この国を背負って立つのが当たり前になった人だった。
「殿下!私は計算が得意です!」
「殿下、私はもう学園の勉強を始めております。」
「殿下、私のお茶会に来ていただけませんか?」
「殿下、殿下、殿下」と騒がしい。
別にそれが悪いと言うわけじゃない。
私にも希望があったのならそうしていただろう。
ふと本当に一瞬だけ殿下の顔が崩れた。
それに気がついたのはおそらく私だけだった。
他の令嬢も子息も自分をアピールすることに必死だったから。
「………殿下。」
「あぁ、君は…」
お前もか。という視線をもらった気がする。
私はそれに何を言うわけでもなく殿下の手を引いた。
周りの令嬢子息から口々に文句が出ていたがそんなのは、後からいくらでも言い訳はできる。
今はただ、この今にも倒れてしまいそうな王子殿下を休ませることが第一だった。
「っお前、名前は?」
「……お構いなく。
ただ、事情の説明の方だけはお願いします。」
気分の悪そうな殿下を人混みから離して少し歩いた場所にいた王宮の人間に預けた。
これ以上は私の管轄ではない。
帰り際に名前を聞かれたが、そもそもこれは票を稼ぐためにやったことでもない。
ただの人命救助。
将来この国の王になる人間が大衆の真ん中で倒れるようなことがあれば病弱だなんだと社交が騒がしくなるのが煩わしかっただけ。
だったのに懐かれた。
言葉通りの意味だった。
パーティで会うたび会うたび付き纏われ、いつの間に調べたのか私の名前も覚えていた。
上位の貴族に睨まれるのは時間の問題だった。
「伯爵家の三男如きが殿下を独り占めするなんて。」
「身の程を弁えろよ。」
めんどくさいことになった。と思った。
だからと言ってソイツらの言うことを聞いて素直に殿下を引き離すのも違う。
なぜなら殿下は私に何も悪いことなんてしていないのだから。
引き離す理由がない。
「…言いたいことはそれだけですか?」
「わかったら殿下に近づくのを…」
「やめませんけど。」
「はぁ?」
「ご令嬢のことは知りませんが…
計算が早い?学園の勉強を始めた?それで?」
「それでって…」
「殿下の体調変化一つにも気がつけないのにそれになんの意味があるんです?」
そう言ったら図星だったのか拳が飛んできた。
別に私が側近になれるとは思っていない。
それは私が決めることではないからだ。
でも怒りに任せ暴力を振るう人間はもっと側近には向かないことだけはわかる。
「何か、勘違いをしているようですが、貴方が癇癪を起こしたから、貴方が欲しがるからといって側近になれるわけではありません。
家とは違います。」
「ははっ…流石、セディだ」
「で、殿下!?」
「よっと…」
まるでイタズラが成功したとでも言うように木から飛び降りてスタッと着地したのは…この国の王太子その人だ。
「王子が木登りをするな。」
「い、いつからそこに…」
目の前で暴力を振るってきた子息達は驚いて口をパクパクと魚のようにしているが、殿下は最初からずっとそこにいた。
私たちの様子を面白いものを見る目でずっと上から眺めていた。
「まさか、最初から気づいて…」
「…さぁ?どうだろうな」
「お前…っ覚えとけよ!」
そんな捨て台詞を残して子息達は去っていった。
「…ところで、王子が木登りをするな。」
「言うことがそれか?流石ブレないな。」
「庭師が泣く。」
「それはごめんロブ爺。」
これが私と殿下の始まり。
その後も貴族に絡まれたり、殿下の悪戯に付き合わされたり、誘拐されたりと散々な子供時代を過ごしながら共に大人になった。
殿下は何も持たない伯爵家の三男である私をそばに置き、私もそれに応えた。
友達になりましょう。そうしましょう。なんて気持ち悪いことを男はしない。
気づいたら友だった。
そんな友である殿下がある日恋をした。
身分違いの女性だった。
周囲はそれに反対をした。
私自身も最初は友の立場を思えば反対した。
だが、それも最初だけ。
友の横顔を見ていたらわかる。
あぁ、素敵な人を見つけたんだと。
そしてその素敵な人、ロベリア様は本当に素敵な人だった。
何が素敵かって?
「オスカーさん、お仕事しないんですか?」
「んー、後ちょっと休憩」
「早く終わらせたらゆっくりご夕食を楽しめると思ったんですが…」
「さて、休憩終わらせて仕事してこようかな。」
事あるごとにロベリア様の元へ訪れ期限ギリギリになるまで仕事をしない殿下をいいようにコントロールしてくれるからだ。
それだけじゃなく、真面目で、わからないことは身分関係なしにちゃんと尋ねてくれると文官達からの評判もいい。
さらに男爵家出身だからか無駄な出費も嫌う。
すでに平民の目線に立った政策をいくつか切り出し、国民からの人気はかなりのものだった。
この人以外にこの殿下の妃は務まらないと思う。
間違いない。
「ロベリアとお前、どことなく似てるよな」
「…価値観が似ている部分はあります。」
「いや、待て。
ロベリアにはお前にはない可愛さがある。
努力家で、健気で、優しくて…
…よく考えたら全然似てなかった。」
「喧嘩を売っていますか?」
「…冗談はこのくらいにして。
この書類公爵家に届けてくれ。
結婚式のドレスはアンジェリカのブランドのものを使うからその要望書。
今日はそのまま解散な。」
「……わかりました。」
「…なぁ、セディ」
「はい。」
「お前は、言わないのか?」
「…さぁ、なんのことでしょう?」
はぐらかした私を見て殿下は仕方がないとでもいうように肩をすくめた。
私に殿下のことがわかるように、殿下もまた私のことをよくわかっているということだ。
私が心のうちに秘めていたこと。
その思いも。
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「あら、セオドリック、いらっしゃい。
ロベリアのドレスの件ね?
あと少しで片付くから、もし時間あるならお茶にしましょう。」
「…わかりました。」
アンジェリカ様の部屋はその華麗な見た目とは裏腹にかなり実務的に作られている。
殿下の幼馴染でもある彼女は昔から知った仲でこの部屋に来たのも一度や二度ではない。
だからいつもと違う部屋の隅の様子にもすぐに気がついた。
「…あぁ、それ?
オスカーがロベリアと婚約したからフリーになった私に釣書が連日山のように届くのよ。」
そう言って彼女は大きなため息をついた。
特に止められるわけでもなかったからアンジェリカ様の仕事が終わるまでの間、適当に中身を見てみた。
侯爵家の次男、隣国の公爵家の三男、伯爵家や子爵家、シンデレラストーリーにあやかってだろうか男爵家まで多岐に渡った。
けど、そのどれもがいけすかない顔をしていた。
いかにも女を下に見てそうな傲慢そうな男。
軟弱そうでアンジェリカに甘える気満々の男。
頭の悪そうな男。
そもそも女遊びが激しいと噂の問題児まで。
「眉間に皺、よってるわよ。」
「…この中から選ぶおつもりですか?」
「まさか、でもいつかは結婚しないとね…。」
寂しそうにドレスのデザイン画に視線を向けていた。
私は知っている。
昔はどちらかといえば引っ込み思案だった彼女が変わるきっかけになったこの仕事をどれほど愛しているのかを。
結婚するとなればそうもいかなくなるだろう。
「…さて、お茶にしましょうか。」
いつものアンジェリカ様の覇気はなかった。
私は考えた。
これからのことを。
殿下の婚約者になるのだと言われていたアンジェリカ様。
最初は気弱だった彼女が気高い薔薇のように美しく成長していく姿を殿下の隣でずっと見ていた。
私の思いは殿下にバレていたようだが、本来ならこの思いは墓場まで持っていくつもりだった。
国のため、友のために。
苦い思いがないわけではないが、本気で一生仕えるつもりでいたんだ。
それが今、殿下はロベリア様と結ばれた。
この思いを隠す意味はなくなった。
このまま彼女の価値もわからずくだらない男に手折られるくらいならいっそ…
そう思ったら自然と口が開いていた。
「アンジェリカ様は仕事がお好きですか?」
「…なによ、知ってるでしょ?」
「結婚しても続けていきたい?」
「…それは勿論。
でも無理よ、できるわけないわ…」
「私も仕事が大切です。」
「え?」
「もし、子供ができたら一時的に休業する必要はあるでしょうが、いつでも復帰したらいい。
ベビー用のドレスを作るなんてことも楽しいかもしれないです。
公爵家の仕事は2人でやりましょう。」
「ちょ、ちょっと何を言ってるの!?」
「アンジェリカ様は仕事が好き、私も仕事が大事。
私なら貴女の仕事を応援することができます。
悪くないと思いませんか?」
「っ…それって」
「私と結婚してください。
伯爵家の三男なので、逆シンデレラストーリーにはなってしまいますが…」
殿下の思惑通りに思いを伝えてしまったことは釈然としない。
それでも目の前の彼女が薔薇のように赤くなる姿を見ると、友の言うとおりにしてよかったと思う自分もいた。




