27話
今日のテーブルには前回とは違い少し冷えるので紅茶に生姜と蜂蜜を用意してもらった。
それを見て一つ頷くと王妃殿下は席についた。
「それで、ヤドリス子爵家のことについてはわかったかしら?」
「はい、王宮でお会いした際にはお悔やみを伝えられたらと思います。」
「そう…。」
王妃殿下は私の答えに一瞬目を細めた。
それ以上は何も言わなかった。
緊張していた。
もしかしたらこの場で言うことではないとお茶会を終了される可能性もあった。
でも私が王妃殿下と話せるのは今だけだ。
「王妃殿下」
「なんでしょう。」
「現在私につけられている侍女のジュリー・キシリカ子爵令嬢についてです。」
ぴくりと私の言葉に反応を見せたのは王妃殿下の後ろに控える侍女長と執事長。
あからさまに慌て始めた空気を出しているジュリー子爵令嬢だった。
王妃殿下の表情や態度は何も変わらない。
でも、お茶会中断もされない。
ならばと言葉を続けた。
「…子爵家の令嬢という立場は例え意見があっても言える立場ではありません。
結果、彼女は私に対して行動で示しております。
食事の未提供、必要史料の取り寄せを拒否。
事実無根の悪評を撒くなど。
私自身もその状況では王妃教育に集中することは叶わず、王妃殿下の時間をいたずらに消費してしまいます。」
目つきの鋭くなった侍女長と執事長に睨まれて顔を真っ赤にして怒りに震えるジュリー子爵令嬢を静かに見る。
王妃殿下はそれを聞いてもなお顔色を変えることはなかった。
「そう、それで?
ロベリア嬢は何が正解だと思う?」
「彼女は現在結婚適齢期であり、私付きの侍女ではお相手を見つける機会にも恵まれません。
そのため配置移動、もしくは縁談を組むのはいかがかと思いまして。」
「なぜ?
侍女の一人の事情にわざわざ干渉するほど王族は暇ではありません。」
「適正のある受け入れ先は私の方で調べました。
シュードルト伯爵家のご子息が現在お相手を探しております。」
「シュードルト…」
「シュードルト伯爵家は教育に力を入れており、王宮に勤めている侍女や執事などの研修先として受け入れもしております。
キシリカ子爵家は代々王宮に奉仕してくださる家系ですのでいい橋渡しになるかと。」
シュードルト伯爵家はここからかなり東に行ったところにある。
簡単に王宮に戻ってくることは叶わない。
シュードルト伯爵子息は昆虫採集と多少変わった趣味をお持ちで現当主はお相手が決まらず頭を抱えているらしい。
もう嫁いでくれるなら誰でも構わないとすら。
これならお相手側も多少問題がある令嬢でも受け入れてくれるだろう。
ジュリー子爵令嬢の再教育も可能だ。
子爵家は伯爵家との縁もできる。
これが私の導き出した誰も遺恨に思わず危険因子を遠ざけられる最適解だった。
「…わかりました。
その件はこちらで精査をし検討しましょう。」
王妃殿下はスッと手を挙げると後ろに控えていた執事長が持っていた紙の束を差し出した。
「本日はこれで終了です。」
私が受け取るのを確認すると、王妃殿下は静かに退出していった。
残された私に執事長は紙束の説明を始めた。
「こちらは王太子妃になった際に行う実務書類のレプリカになります。
次回のお茶会までに仕上げてきてください。」
「わかりました。」
「それに伴い、オスカー殿下との接触禁止を解除します。」
「え!?」
「中にはオスカー殿下やそれに従事している方々へ確認が必要になる書類もありますので。」
浮かれちゃいけないと思うのに我慢なんかできなくて頬が緩んだ。
きっと今の私は情けない顔をしている。
本来なら注意される場面だが、執事長は仕方ないなとでもいうように小さく息を吐いた。
「それから…」
「は、はい」
「不適切な人事配置のお詫びを申し上げます。
今後はこのようなことがないように…」
「顔を上げてください。」
「しかし…」
「確かにジュリー・キシリカ子爵令嬢のしたことは褒められたことではありませんが、そのおかげで気付いたことや学んだことも多くあります。」
ありがとうは言わない。
でもきっかけを貰ったことも確かだ。
これが王妃殿下の意図した人事配置か、そうではないか、私に判断することはできないけれど彼女がいたから私が軌道修正することができたのも事実だから。
執事長は一瞬目を見開き優しい瞳で私を見た。
「…王妃殿下は仰いませんが、ロベリア様に期待しておられます。
頑張ってください。」
そう言って一つお辞儀をすると執事長も部屋を退出していった。
私はキュウッと込み上げる気持ちをやっと素直に表に出した。
「やった!やったわ!!」
飛んで跳ねて回る。
こんな達成感を感じたのは初めてだ。
私のそんな様子を騎士の方が微笑ましそうに眺めていることに気がついて咳払いを一つ。
乱れたドレスを整えてすまし顔をして私もその部屋を後にした。
今更すましても遅いのかもしれないけど。
「ロベリア!!」
客室に戻ると待ってましたとばかりにオスカーさんが飛びついてきた。
久しぶりに会えた、ずっと会いたかった人。
この数ヶ月の長くて苦しかった気持ちがあっという間に薄れていった。
頑張ってよかった。
「…色々聞いてるよ。」
「オスカーさんは元気でしたか?」
「今元気になった。」
「ふふっ…私もです。」
頬に添えられた手。
はちみつの甘い瞳。
キスされる。そう思って静かに目を閉じた。
でも私が想像していたものとは少し違って、まるで会えなかった期間を埋めるように何度も、何度も唇が降ってきた。
幸せで溶けてしまいそうだった。
どのくらいそうしていただろう。
だんだん息が苦しくなってきて、オスカーさんの胸元をトントンと叩くとやっと解放された。
「……危なかった…」
「…なにがですか?」
「止まらなくなるところだった。」
「……えっと…これって…」
「生理現象だから許して…」
頭を抱えてしまったその姿が愛おしくて私も背伸びをして頬にキスを一つ落とした。
「…俺で遊んでない?」
「…遊んでませんよ?」
「はぁ…結婚っていつだっけ?」
「まだ婚約発表もしてません。」
「ぐぅ…」
「あ、そうだ。」
「何?」
「チョビのことダイエットさせるって言ってましたよね?」
「いや、それは…その…」
「前より太っていたんですけど!?」
チョビの健康管理の事で少しだけ私が怒って、
またくっついて、
今度はアンジェリカ様に懐きすぎだとオスカーさんが少し怒って、
またくっついて。
時間の許す限りそばにいた。
「…次は実務試験なんだな。」
「そうですね、でも頑張ります。」
「かっこいいよ、ロベリア。」
「可愛いじゃなくて?」
「可愛い。」
「ふふっ…まだまだ学ぶことは多いですけど、きっとオスカーさんに追いつきますから…」
「ちゃんと待ってるよ。」
「約束ですよ。」
「約束。」
その約束が叶うまであと…




