26話
「それで、昨日の答えは出たのかしら?」
「…申し訳ありません。
時間をいただきたいです。」
「…そう、わかりました。ではまた来週。」
次の日のお茶会でも同じ問いをぶつけられたが答えられるわけがない。
結局あの侍女は、私に何も届けなかったのだから。
他人に足を引っ張られるというのはこんなにもめんどくさいことなんだ。
王族ともなれば人と関わる機会が増える。
その全てがいい人ばかりじゃない。
中には私だけじゃなく、オスカーさん、この国そのものの足を引っ張ろうとするものだって現れるかもしれない。
まずは王宮の人事態勢について、またその決定権がどこにあるのか。
対処の仕方のコツをアンジェリカ様に聞こうと決めてその日は城を後にした。
去り際に王妃殿下に評価されなかった私をほくそ笑む侍女の姿が目に入った。
そうしていられるのも今のうちだ。
私は彼女のいうように元男爵令嬢。
ただのお上品な令嬢じゃない。
田舎育ち山育ちの胆力を甘く見ていたことを後になって後悔したってもう遅いんだから。
「お義姉様、聞いてもいいですか?」
「あら、なんか今日は元気ね?」
「絶好調です。」
「…ふぅん?それで今度は何が聞きたいの?」
「王宮の人事態勢についてです。」
「…へぇ、面白そうじゃない」
「充てられた侍女の職務怠慢が目立つんです。
なので代わりをお願いしたいんですがその場合誰に言えばいいですか?」
「一歩間違えれば私情、と判断されるわよ?」
「そう思われても仕方ないですが…
食事を運ばない。
他者への間違った情報伝達。
王妃教育に必要な資料の取り寄せを行わない。
それが続くのは困ります。
せっかく王妃様の時間を頂いてるのに…」
「なんですって?」
「え?えっと…」
「それはロベリアが私の妹と知っての狼藉なのかしら?」
アンジェリカ様が静かに怒っていた。
やっぱり上位貴族として下位貴族に舐められているというのは面白くないのだろうか。
でも、それよりも気になったのは
「私のこと今妹って…?」
「な、なによ…べ、別に戸籍上そうなったし、間違いではないでしょう!?」
「嬉しいです。」
素直な気持ちだった。
たくさんのことを教え導き、私の手を取り前を歩く姿が本当の姉にそっくりで、私自身かなりアンジェリカ様に甘えている自覚もあった。
血の繋がりもない。
まだ出会って数ヶ月。
もちろん遠慮もある。
でも、私だけが義姉と慕うわけじゃなく、アンジェリカ様も義妹だと思っていてくれたんだって思ったらすごく嬉しかった。
「…私もそうだけど、お父様お母様も怒るわよ。」
「お義父様とお義母さまが?」
「貴女…私の両親をなんだと思ってたのよ…
いつもニコニコ神様だとでも思っていたの?」
「う…はい…」
「私ですら怒らせるのは嫌よ。
ニコニコしながらえげつない…
ガタガタと大袈裟に身震いするアンジェリカ様の過去に何があったのだろう。
きっと聞かない方がいいことも世の中にはある。
「…私、養子縁されたのがセレヴェイン家でよかったです。」
「…全く…いちいち恥ずかしいことを…
少しは慎みをもちなさい。」
「本当に感謝してますから。」
血の繋がりのない他人の私を。
何も知らない無礼な私を受け入れて、
一から教育を施し、
こうして味方になってくれる。
それがどれだけ恵まれていることか。
感謝しても、気持ちを伝えても、それだけでは到底伝えきれない。
小さく頭を下げた私をちらりと横目に見るとアンジェリカ様は耳を赤く染めながら誤魔化すように咳払いを一つした。
「〜っ…はぁ、それで、王宮の人事管理についてだったわね…」
「はい」
「基本的には侍女達の上に侍女長、そのさらに上に執事長、そして王妃様が主人という扱いになるわ。」
「なるほど…」
「ロベリアの言うことが本当なら公爵家や、貴女を選んだオスカーに喧嘩を売ってることになるのだけど…
そのメイド余程命が惜しくないのかしらね。」
「私もそう思います。」
「で?それを踏まえて何か策はあるの?」
「考えがないこともないですが、調べたいこともあるので少し考えてみます。」
「もし公爵家の力が必要なら言いなさいね。」
「ありがとうございます。」
まず私は王妃殿下に出された課題とも言える子爵家の事件について調べた。
公爵家では問題なく私が頼んだものはすぐに用意された。
近日の新聞、貴族名鑑やそれに伴う資料など。
調べてみれば事件自体は大したことないもの。
新聞記事の隅に穴を埋める程度に小さく『ヤドリス子爵家の愛犬が亡くなった。』とだけ。
確かに犬も家族だ。
もし、ヤドリス子爵家と会う機会があったらお悔やみを申し上げるのは必然。
ただ王妃殿下がそれを取り上げた。
きっと本題はこの事件の内容ではないし、その答えでもない。
ならその意図は?
お茶会をするにあたって、王宮に上がるにあたってどの程度の情報収集が必要か。
知らないなら知らないで構わない。
もちろん知っているに越したことはないが、もし知らない話題が出た時にどんな反応をすればいいのか。
知ったかぶりは1番良くない。
かと言って場合によっては教えてください。と踏み込むのも良くない。
その絶妙なラインを見極める能力。
それを試されていたのかもしれない。
「……あった。」
私につけられている子爵家出身の侍女。
姿絵と家系図と共に貴族名鑑に確かに記録されていた。
「ジュリー・キシリカ子爵令嬢…ね。」
初対面で名乗ることすらしなかった人の名前。
伯爵家までは領地を持つ貴族も多いが、子爵家以下となると王宮に勤めている家系や騎士として武功を挙げている貴族もいる。
キシリカ子爵家も代々王宮に務める家系なようだ。
現在当主は王宮で文官をしているらしい。
尚更理解できなかった。
自分の立ち振る舞いが家族に影響を与えるとは思わなかったのかと。
「なるほど…」
ジュリーはキシリカ子爵家の三女。
長女がすでに婿を取り、キシリカ子爵の後継として文官をしている。
次女はジュリーと同じように王宮に勤め、やがて領地を持つ男爵家の嫡男と婚姻。
それにしてもこんなことまで書いてあるなんて貴族名鑑すごい。
トスカーナ男爵家のページも開いてみたが姉や兄の婚姻関係の記載はあれど、特に目立つ功績もない私は男爵家の次女とだけ書かれていた。
更新されたら私の名はそこから消えてしまうのだろうけど…。
「…感心してる場合じゃない。」
私には少しだけジュリー子爵令嬢の思惑が透けて見えた。
男爵家の次女だったからこそわかる。
仕事に生きて婚期を逃すか、
勤め先でいい人を探すか、
学生時代のうちにいい縁談に漕ぎ着けるか。
長女や嫡男でもない限り、下位貴族が取れる選択肢はそれに絞られるということ。
彼女はきっと焦ってるのだ。
もうすぐ婚姻適齢期を過ぎるのに配属先が私では、出会いもない。
しかも自分より身分が下だった相手に仕える。
私にだってチャンスはあったはずなのにという劣等感もあるかもしれない。
だからと許せる、と言うわけじゃないけど。
遺恨が残らない。
誰も損をしない方法。
…縁談の斡旋。
ふと前にダルカン伯爵家からの縁談が不自然に取り消されたことを思い出した。
「まさか?」
…オスカーさんも私に来ていた縁談を同じように叩き潰した?
「…まさかね。」
あの頃はまだオスカーさんと出会って間もなかったし、そんなそぶりもなかった。
今ならまだしも、恋人でもなんでもなかったあの時にそんなことをするわけがないか。
ジュリー子爵令嬢の行いを報告するだけなら簡単だ。
王妃殿下や公爵家の力を使えば調査も行われた上で配置移動は簡単に認められるだろう。
でもそれでは遺恨が残り、王宮に残るジュリーの家族も含め警戒対象を増やすことになる。
そうならないために彼女の家族にとってメリットがあるように見せかけること、ジュリーを遠ざけること。
それらの条件を満たせるちょうどいいところを探さなければならない。
「気合い入れないと。」
頬を叩いて気合いを入れてから私はまた机に向き直った。




