24話
私の何が悪かったのだろう。
確かにまだマナーで荒削りな部分も多いとは思う。
でも王妃殿下は席につくことすらなかった。
ぐるぐると思考が回っている。
なぜ?どうして?何が悪かった?
私はこんなに頑張っていたのに。
難しいことだってやっている。
知らない場所でも弱音一つ吐かずにアンジェリカ様に食らいついている。
どうして話も聞いてくれないの?
なんで私が成長したことを褒めてくれないの?
そんな疑問と怒りだった。
「失礼します。お食事をお持ちしました。」
王妃殿下とお茶会をする日は王宮に泊まることになっていた。
婚姻が結ばれた場合に備え少しずつ環境に慣れるようにと王族側の配慮だった。
ただ、現在の王妃教育期間中はオスカーさんとの面会が禁止されている。
理由は様々だが、簡単に言ってしまえばカンニングの防止ということだった。
困った時に様々なことを教えてくれるアンジェリカ様はいない。
見守ってくれるお義父様お義母様もいない。
今の私を見たら当たり前に褒めてくれただろう両親も。
チョビも、オスカーさんも。
いるのは私と私につけられた侍女だけ。
誰にも聞いてもらえない胸の内を抱えた夜はとても心細かった。
「召し上がらないんですか?」
「え?」
「食事持ってきたんですけど。」
侍女の態度がやたらと傲慢で咄嗟に言葉が何も出てこなかった。
「はぁ…なんで私が元男爵家の女の世話なんかしなきゃいけないのよ。」
「貴方は…?」
「はぁ?なんで教えなきゃいけないですか?
というか食べないみたいなんで下げますね。」
隠す気もない私への不満。
見下すような視線。
何も言っていないのに私の質問に応えるどころか勝手に食事を片してしまった。
普通ならありえない職務放棄だった。
ガチャガチャとわざと音を立ててカトラリーと食事を下げて行ってしまう。
お腹が空いたとかそんなことを忘れてしまうくらいの衝撃だった。
余程自分は大丈夫だと思っていた。
でも最近の私は上位貴族の暮らしに馴染むことに必死で本来の男爵令嬢であることを忘れていたんじゃないか?
そうだ、本来の私はこういう扱いを受けても仕方のない立場だった。
周りがあまりにも優しいから忘れていた。
なんて傲慢になっていたのだろう。
「…私はあの時どんな表情だった?」
褒めてくれ、認めてくれと芸を覚えたての犬のようじゃなかった?
王妃殿下が帰って当然だ。
本来の上位貴族ならできて当たり前のことを、できたと自慢げにする奴がどこにいる。
幼児でもないのに。
「…最低。」
ギリっと噛み締めた奥歯が音を鳴らした。
その苛立ちは私自信に対してだった。
__________
「…そう、いいわ。
お茶会を始めましょう。」
「はい。」
次の日、私はその態度を改め王妃殿下は席に着いた。
無言で紅茶を飲む。
ちらりと視線を向けられた。
私に応えられることはなかった。
というか、必死に紅茶の飲み方のマナーを思い出していた。
音を立てないように、腕の角度はどうだったかとそちらにばかり意識を取られていた。
話題を振る余裕なんてどこにもなかった。
「…これで失礼するわ。」
「え…」
またそれだけだった。
視線は受け取ったのに会話はなかった。
今日は何が変わった?
私は必死に考えた。
態度を改めたら席に着いてくれた。
つまり最初の課題はクリア。
傲慢ではいけない。
あくまで私は教えられる立場であり、相手をたてる立場にならなければならない。
たてる?
私は今回のお茶会で何かしただろうか。
…ちがう、何もしていない。できてない。
紅茶のカップの音を立てぬように神経を使ってばかりで王妃殿下の顔を見ただろうか?
どんな表情をしていた?
…何も覚えていない。
飲まれたのは紅茶だけ。美味しそうに並べられたお菓子に手は全く付けられていない。
悔しい。
何も教えてくれない。
答えをくれたっていいのに。
なぜ何も言ってくれないの?
そんな思いでギュッと手を握る力が入った。
「王妃殿下より伝言でございます。」
「はい。」
「来週もまたお茶会に来るように。
とのことです。」
「それだけ、ですか?」
「はい。
本日はこのまま公爵邸の方へお帰りください。
迎えの馬車の手配は済んでおります。
それでは失礼いたします。」
使いの人も淡々と要件だけを伝えて去っていく。
お疲れ様も何もない。
誰も、優しくなかった。
これが王族の当たり前なんだ。
お金なんてなくても男爵家の方が余程暖かくて人の優しさが溢れている。
そんなことを考えて頭を振った。
私は覚悟を決めてここにきた。
辛いことだってオスカーさんの隣に立つために耐えて、前を向くと決めた。
そう…思うのに。
私の何が悪くて何が間違っていて何を直せばいいのか。
答えが何も見えなかった。
__________
「その様子だとダメだったみたいね」
「お義姉様…私…いえ、なんでもないです。」
私が解決しなければ課題。
アンジェリカ様に聞くのは簡単だ。
きっと答えもわかっているだろう。
でもそれは本当に正しいことなの?
これから先も困った時は自分で考えず人に教えを乞えば解決するの?
多分、違う、きっと。ダメなんだと思う。
「それでいいわ。」
「え?」
「ロベリアはいちいち傲慢なのよ」
「…そうですね。
まさか私がこんなことになるなんて…」
「それが上位貴族になるということよ。
そもそも貴女は生まれてからずっと、17年間も男爵令嬢として生きてきたの。
たった1ヶ月本気でやったからって完璧にできるとでも?
他の17年間上位貴族をやってきた人達と同じ土俵に立てるとでも?」
霧が晴れるみたいだった。
やっぱりアンジェリカ様は私の求める答えを教えてくれる。
王妃殿下のお茶会の答えではない。
私の在り方にアドバイスをくれる。
この人と出会ってから私はどれくらい男爵令嬢としての価値観を壊されてきたのだろう。
あのお茶会の答えはなんなのだろう。
文句を言う前に私自身を顧みる。
暖かさがないというのはきっと私もだ。
王妃殿下との対話を完全に受身で自分のことに必死で。
今の私にできることってなんだろう。
「…お義姉様、聞いてもいいですか?」
「なによ」
「お茶会にすでに用意されているお茶菓子以外に持ち込みをしたりすることは可能ですか?」
「無理ね。
毒や薬物使用を疑われて万一王妃殿下が体調を崩されでもしたら即刻アウトよ。」
「なら給仕の方や侍女に頼むのは?」
「王宮で用意されるものなら許されるはずよ。」
「なるほど…。」
オスカーさんは街で串焼きに齧り付いていたしカフェで普通にランチをしていたから忘れていたが本来なら暗殺を警戒して毒味などがされるのは当たり前か。
考え込む私にアンジェリカ様はそれ以上何も言わなかった。
「ロベリアお嬢様。
家庭教師の先生がお越しになりました。」
「はい。今行きます。」
思考を一度止め、授業の部屋に向かう。
今日習うのは貴族名鑑とその領地の特産だ。
やっと上位貴族を暗記したから次は下位貴族の暗記だった。
上位よりも遥かに数が多いそれに目眩がしそうだがやるしかない。
とにかく、やるしかない。
オスカーさんもアンジェリカ様も、お義父様もお義母様も、できることだから。
私もできるようにならなければ。
ズキズキする頭は奥歯を噛んで誤魔化した。




