23話
誘拐されて、体調を崩して、両親との別れ。
色々と手続きに追われてしまってかれこれ2週間は学園に登校できていなかった。
戸籍上両親となる公爵夫妻とはすでに顔合わせを済ませたが、事業に忙しく、都合のつかなかったアンジェリカ様とは学園で顔を合わせる手筈になっていた。
怖くて厳格な公爵家を想像していたけれど、お義父さまとお義母様は公爵とは思えないほどのほほんとした空気感を持っていて私をなんの抵抗なしに素直に受け入れてくれた。
これが本物の上位貴族の余裕なのかもしれない。
もう私に充てられる部屋へ家具も運び込んでくれたのだとか。
こんなに高待遇でいいのだろうか。
ただほど怖いものはないという言葉もある。
私はまさにそれを感じていた。
そして今日が久しぶりの登校。
アンジェリカ様とご挨拶をする日。
オスカーさんは大丈夫って言っていたけど正直自信はなかった。
認めてもらえなかったら?
受け入れてもらえなかったら?
アンジェリカ様がエリアナ様と違うとわかっていてもなかなか恐怖が消えることはなかった。
学園の人達も怖かった。
また後ろ指を刺されるかもしれない。
また水をかけられたりするかもしれない。
たった2週間休んだだけなのに、足が震えていた。
でもこれ以上休むわけにもいかない。
恐る恐る学園に足を踏み入れてみたら、私の周りの人混みが割れて道ができた。
「ご機嫌ようロベリア様。」
「やぁ、ロベリア嬢。」
「こんにちはロベリア様。」
混乱する頭で周りを見渡すと皆が口々に私への挨拶をする。
そこに戸惑いはあれど悪意はない。
意味がわからなかった。
「ちょっと、邪魔よ。」
その声にまた人が割れた。
先にいたのは燃えるような赤髪。
私の義姉になるアンジェリカ・セレヴェイン公爵令嬢その人だった。
こちらからご挨拶をしようと思うのに緊張で言葉が喉に支えてなかなか出てこなくて、先に声をかけてくれたのはアンジェリカ様だった。
「あなたがロベリアね。
私の妹になるのでしょう?」
ざわりと生徒たちの波が揺れる。
中には崩れ落ちた生徒もいた。
倒れたのは見覚えのある顔、私にかなりキツく当たっていた令嬢の1人だった。
そっか、私に気を使うような視線を向けるのも、挨拶をするのも、全部エリアナ様が居なくなって庇護がなくなった人達だ。
まさか身分が不相応だと迫害していた相手が公爵家の養女として自分より立場が上になるとは想像もしていなかったのだろう。
それに気がついたら、怖かった人達がなんだか凄く情けなく見えた。
「…お義姉様、これからよろしくお願いします。」
「お義姉様…」
「アンジェリカ様の方がよろしいですか?」
「いいわよ、お義姉さまで。
それよりもそのメガネはなんなの!?」
「あぁ、これは…」
説明するより先にメガネが外された。
元よりかなり分厚いレンズだったのもあってオスカーさんにも不評だったメガネ。
私としては落ち着くものなのだが、お洒落さは無く、メイク用品や服飾の事業を展開するアンジェリカ様は嫌いかもしれないとは思っていた。
でもまさか出会って数秒で強制的に取り上げられてしまうとは。
「あれがロベリア令嬢?」
「以前殿下が街でデートをしていたご令嬢って」
「ではその時から?」
再び生徒たちの空気が揺れている。
素顔をそのまま晒すことに慣れていないし、人から注目を浴びること自体得意ではない。
メガネが有るか無いかなんてさして違いなどないだろうに。
「ふぅん?」
「返してください…」
「嫌よ。」
「えぇ…」
取り返そうとやけになるほどのことでもない。
遠くのものを見るのは困難だが日常生活にはさほど問題もないし。
何と言えばいいのか困っているとアンジェリカ様は大袈裟にため息をついた。
「はぁ、貴女は本当に何もわかってないのね。
いいわ。つまらない授業なんか受けてないで公爵家に帰りましょう。」
「え?」
「行くわよ!」
「え!?」
学園に来たばかりなのに私はアンジェリカ様と共に公爵家に行く羽目になった。
本来なら授業を終えてから共に帰る予定だったのにそれを大幅に早める結果になったが公爵家の方々は顔色ひとつ変えずに対応してみせた。
調度品だけじゃない。
そういう一つ一つが格式の高さを意識させた。
「まずはその格好をどうにかなさい。」
「でも私ドレスなんて…」
「貴女の方が小さいから私が昔着ていたものが入るはずよ。
まずはそれに着替えて。」
「は、はい。
…どこで着替えてくればいいでしょうか」
「はぁ?
…まさか自分でドレスに着替える気?」
「それ以外になにか…?」
「着替えはメイドがやるの。
貴女はただ案内された立ち位置で突っ立っていればいいわ。」
「そ、そんな…」
「…男爵家ってこんなにも違うものなの?
まぁいいわ、待ってるからさっさと着替えてきてちょうだい。」
慣れた様子の使用人の方に隣の部屋に通されてあっという間にドレスアップさせられた。
…だけじゃない。
肌の露出がある足元だったり手首だったりにキラキラするクリームを塗られたり、髪型もハーフアップにされ、フルメイクもされた。
以前街で美容師さんに作ってもらったことはあるしメイクのやり方も教えてもらったがそれとは全く違うものに仕上がった。
「まぁいいわね。
素材も元々悪くなかったから。
下がっていいわよ」
「失礼します」
「あ、あの!ありがとうございました」
仕事が終わったとばかりに引き上げていくメイドさんに後ろから声をかけるだけで精一杯。
それだけアンジェリカ様の勢いは強かった。
元より事業やブランドを立ち上げるくらいだからこれくらいパワフルでないと成り立たないのかもしれない。
「あの、このドレスは…」
「どうせサイズじゃないから貴女にあげるわ
でもパーティの時はまた新調するからあくまでそれを着るのは家の中だけよ。」
「家の中でこれ…」
「そう、一つ教えてあげる。
おしゃれは鎧であり武器なのよ。
ロベリアは採用担当の試験官だった時に見窄らしい男と小綺麗な男どちらを採用する?」
「能力などは?」
「そんなの一目でわかるわけないわ。
見窄らしい男の方が優秀かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
経歴は似たり寄ったり、ならしっかりその場に身なりを整えてきた人を採用するでしょ?」
「はい。」
「私は少なくとも事業で新しい人を採用する時に身なりを見るわ。
身なりは第一印象、それで人間の評価の初期位置が決まるの。
私たちは公爵家、貴女が王太子妃になるなら外交で海外に出ることもあるでしょう。
王太子、王太子妃はその国の評価と言っても過言ではない。
貴女はその傲慢や怠惰でこの国の評価を低いところから始めたいと?」
「…それは嫌です。」
「なら貴女はまず自分を磨くこと。
美しさは強さでもあるのよ。」
アンジェリカ様はすごく面倒見がよかった。
認めてもらえなかったらと怯えていた気持ちはあっという間に払拭されてしまった。
事業を展開し、部下を持ち、実際に運営するということは、人を見て、人にものを教え、それを確実に実行させることなのかもしれない。
それからも男爵家で育った私の生活基準を理解した上で公爵家との違いを理由も添えて丁寧に教えてくれた。
私もそれに必死に食らいついた。
何もかもが違った。
身につけるものひとつでもそれに意味がある。
マナーも、姿勢も、喋り方にも意味がある。
そんなことを考えたこともなかった。
納得できないというわけではない。
ただ私がいかに自由に生きてきたのか、それを思い知らされた。
それらを知るとオスカーさんが私といる時いかに王族の仮面を外していたのかもわかった。
知れば知るほど深い知識はとても面白かった。
受け身ではダメだと、わからないところはたくさん聞いた。
アンジェリカ様もそれに応えてくれた。
公爵夫妻はそんな私たちを静かに見守り、時に優しく導いてくれることもあった。
そうして公爵家で過ごす時間はあっという間に過ぎていった。
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「はぁ…公爵家で何を学んだの?」
「え?」
「今日は終わりよ。失礼するわ。」
王太子妃教育は王妃殿下とのお茶会で進捗が判断される。
今日はその初日。
やれることはたくさんやってきた。
それでも王妃殿下は席にもつかず、すぐに退席してしまった。
会話も何もなかった。
私は理由も何もわからぬままお茶会の席に立ち尽くしていた。




