22話 オスカーside
「殿下、それ3時間前に聞かれたばかりです。」
「でも、本当に問題がないのか?」
「ロベリア様の命に別状はありません。
時期に目を覚まします。」
「そう言ってから3時間、まだ目を覚まさない。
実際、眠り始めてからもうすぐ24時間だぞ?」
「そう言われましても…」
宮廷医師に詰め寄る俺を侍従が回収に来る。
同じやり取りを3時間前にも行っていた。
通常の業務に加え、事後処理やロベリアの王太子妃候補に上げるための仕事が山のようにあるのに俺がこうして抜け出すものだから侍従は先ほどからカンカンに怒っていた。
「仕事を増やすな。」
「いやでも、ロベリアが…」
「気持ちはわからなくもない。仕事を増やすな。」
「とりあえず通常業務は終わらせたはずだ。」
「そうだな、次は事後処理のために学園に一度顔を出してこい。仕事を増やすな。」
「お前、語尾が『仕事を増やすな』になっているぞ。」
「わかってるんならさっさとしろ!
仕事を増やすな!!」
王宮を出たくない。
ロベリアの寝てる客室で仕事をする。
そう言っても聞き入れてもらえず、ロベリアが万一目を覚ましたら真っ先に俺に知らせることを約束させて学園に向かった。
学園は一言で言えばパニックだった。
廊下で泣き崩れているのはロベリアに水をかけたテリーアル子爵家の娘。
教室で頭を抱え込んでるのは足をかけようとしたモルガン伯爵家の娘。
わざと肩にぶつかったユング子爵家の娘は療養のため実家に帰ったらしい。
「オスカー殿下…あの…エリアナ様は」
「新聞に書いてある通りだよ。」
今朝の新聞に大きく取り上げられていたのはエリアナ・ヴァイスベルグ侯爵令嬢の異常な価値観と悪逆非道な行い。
その被害者がロベリアだったということ。
王太子妃候補からは除外が確定したこと。
それは瞬く間に広がり世間を騒がせていた。
もしかして次期王太子妃に男爵令嬢が?なんて城下町では騒がれているらしい。
シンデレラストーリーに胸を躍らせる人もいれば将来に不安を抱くものも多くいた。
そこはしっかりと対応していくしかない。
ロベリアなら心配しなくても勝手に人気になりそうだけど。
一方で、エリアナを推していた貴族達は大ダメージだっただろう。
将来の王太子妃に対する数々の無礼。
ロベリアは覚えてなくても俺が覚えている。
末路は決まったようなものだった。
「テリーアル子爵令嬢、エリアナ嬢のことで聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「ヒッ…も、申し訳ありませんでした。
ロベリア様へ数々の無礼をお詫びいたします。」
「それは俺にいうことじゃない。
それよりエリアナ嬢のことを教えてくれる?」
可哀想になるほど震えているが折れてやるつもりはない。
俺は決してロベリアに対する暴挙を許していたわけではないんだから。
ざまあみろ。
令嬢への聞き取りや学園長への報告を済ませ、少しスッキリした気持ちで王宮に戻った。
この程度では全然足りないが、ロベリアを不当に扱っていた奴らへ仕返しはできた。
あとはもうロベリアの客室で仕事するからと机や椅子を用意させて引きこもった。
そしてしばらくして聞こえた声。
「………あつい…」
第一声がそれか。
でもそれがロベリアらしくて、やっと彼女が戻ってきた実感が湧いてきた。
王太子だとかそんなの全部放り出して、1人の男として縋りつきたいのを相手は病人だからと必死に堪えて強がった。
いつもの会話を装うそれ。
ロベリアにはきっと全部お見通しだった。
声に出していうことはないが、俺を仕方のない人だというように優しい表情をしていた。
それもすぐ太ったチョビの登場で怒りの表情になってしまったけど。
宮廷医師の診断を受けて、「問題はないでしょう」とお墨付きをもらった。
ただまだ万全ではないのとエリアナ陣営の残党がいないとも限らないしで何かと理由をつけロベリアの客間への滞在期間を勝ち取った。
せっかく一緒にいられると思ったのに、目を覚ましたなら働けと侍従がさらに追加の書類を持ち込んできた。
落ち着ける間もない。
「…お仕事、頑張ってください」
「ロベリアは寂しくないの?俺が行っても?」
「心細い、部分はありますけど…
オスカーさんの仕事姿を見たことがないので、きっとかっこいいのだろうなと思って…」
「よし行こう。すぐ行こう。」
かっこいい俺を見せよう。
そんな俺の後ろで侍従とロベリアがお互いにグッドサインを出し合っていたのはきっと気のせいだ。
「エリアナ嬢は侯爵家で療養という体で隔絶してもらうのがいいのでは?」
「いや、侯爵家だと彼女を甘やかすに決まっている。あの化け物を作り出した家だぞ?」
「なら修道院か?」
「あの危険思想を修道院に入れて他の修道女に危害を加えられずに済むか?」
会議室に入る前からそんな声がドア越しに漏れていた。
まさに今エリアナの今後の処遇について話し合いが行われているのだろう。
幽閉か、修道院か、死刑か。
途中からは俺も参加して話し合いを重ねた。
そして長い話し合いの末、決まったのは死刑だった。
幽閉も修道院も彼女の加虐性から周りが危険になると判断されたためだった。
侯爵家は責任をとって降爵となり伯爵家に。
財務省の役職も取り上げられた。
ヴァイスベルグ侯爵…伯爵は静かに肩を落とし何もいうことなく王都を去った。
彼は去り際に何を思ったのだろう。
娘可愛さになんでも与え続けた結果がこれで。
「オスカー、少し話がある。」
ヴァイスベルグ伯爵を見送ってすぐに父上から呼び出され、告げられたのはまさかのロベリアの両親を王都に呼び出したとのことだった。
つまり将来の俺の義父母。
いつかは、と思ってはいた。
でもなぜ今。
いや、今だからこそか。
ロベリアを危険に晒したすぐ後で?
「はぁ…お前は私に似ているところがあるから、なんとなく考えていることがわかる。」
「…親父、俺どうすればいい?」
「相手は身分的にもかなり萎縮するだろう。
威圧するな。偉ぶるな。
下手に喋るくらいなら行動しろ。
あと、親父はやめろ父上と呼べ。」
それ以外の仕事に追われ、ろくな準備もできないまま、あっという間に1週間が経過した。
ロベリアの両親は登城後にロベリアのいる客室へと通されているので俺の両親の謁見準備が整ったら迎えにいく手筈になっている。
普段人前に立つことに慣れている俺がまさか人と会うことで緊張をする日が来るとは。
ロベリアの両親は、確かにロベリアの両親だった。
トスカーナ男爵夫妻は地位や立場に驕らず踊らされずただ娘の幸せを第一に考えていた。
『裕福な人達からの不満の声は上がると思いますが、有事の際は何より人命を優先させるべきだと思います。
民は何にも変え難い宝ですから。』
いつかの俺がロベリアに興味を持ったきっかけとも言える言葉。
それは全部この両親から来ていたんだ。
本来なら王族相手に無礼な言動だ。
それでも俺は事前に両親にロベリアの両親の話を聞いて欲しいと頼んでいた。
その甲斐があった。
両親の深い愛情をロベリアが知って俺との道を進むのか、
知らぬまま俺との道を進むのかはきっと大きな分岐点だった。
トスカーナ男爵夫妻に認めてもらいたかった。
身分とか王太子としてではない。
ロベリアの隣に立つオスカーとして。
ロベリアが先に頭を下げて、俺もそれに続く。
教えてくださいと、助けてくださいと、そう言ったロベリアはすごくカッコよかった。
俺の両親もわずかに目を見開くほどに。
彼女はずっと俺の隣に並ぼうと努力してくれている。
与えることに慣れているはずなのにロベリア相手ではむしろ貰うことの方が多い。
俺は彼女に溺れるばかりで彼女に何か返せているだろうか。
「ロベリア」
「なんですか?」
「ありがとう」
「初めてですね」
「え?」
「…いつもごめんばかりだったから。
ありがとうって言ってくれて嬉しいです。
こちらこそいつもありがとうございます。」
言葉だけでは伝えきれないそれをぶつけるように小さな彼女を抱きしめた。




