21話 オスカーside
「殿下」
「なんだ。」
「殺気をしまってください。
文官たちが怖がっているのが見えないんですか。」
「それは無理だ。」
「仕事が滞るって言ってんだこの馬鹿。」
遠慮を知らない侍従は俺の頭をスパンと丸めた書類でぶっ叩いた。
仮にも俺はこの国の王太子なんだけど。
「ロベリア嬢が今学園で大変な立場なのはわかりますが、貴方も大概でしょう。」
「水をかけたのはテリーアル子爵家の娘。
足をかけようとしたのはモルガン伯爵家の娘。
わざと肩にぶつかったのはユング子爵家の娘。
それから…」
「怖えよ。
全員覚えてるんですか、貴方。」
「勿論だ。ロベリアが俺の妃になった暁には社交界で干し葡萄にしてやる。」
「はぁ…。
そんなこと言っている場合ですか。」
侍従の言う通り、俺はそれなりに大変な立場にいた。
男爵令嬢が行けるなら私も、と伯爵家や子爵家から届く釣書の山。
上位貴族からはまだ若い叔父に王太子としての地位を譲り臣下に降るのかと迫られ。
俺としてはその方がロベリアにとってもいいと思うし大歓迎だったのに、結局周囲や両親はそれを許さなかった。
許す気がないなら最初から言うな。と思う。
ならば残されている道はロベリアを王太子妃に迎えるルートだが、これも一筋縄にはいかない。
まず過去の実績を多少、本当に多少盛って両親に報告をした。
それから養子縁組先の選定だがこれは迷うことなくセレヴェイン公爵家へ。
祖父母の代でシンデレラストーリーを実際に残しているから都合がいい。
すでに場も整えている。
それに公爵家にとっても養子とはいえ王太子妃排出ということで悪いことばかりでもない。
王家と公爵家の結びつきは強固になる。
しかもかなりのインパクトのあるエピソードを添えて。
「エリアナ様は動くでしょうか…。」
「まず間違いなく。」
問題はタイミングだった。
散々笑わせてもらったロベリアの本気の煽りで近々動くのは間違いないのにどうにも尻尾が掴めないまま。
口うるさい貴族たちは公爵家に入れることで大半は口を噤む。
ロベリアの素質も問題ない。
どころか、王太子妃としてこれ以上ないほどの人選だから王妃教育に持ち込めれば母上も文句は言うまい。
父上と叔父上は一種の俺の王族の試験として見ているきらいがある。
口を出さずに観察している段階なら好都合。
さっさと地盤固めてさっさと娶るだけ。
ただ、それも、これも根回しも、まずロベリアに迫る命の危機を乗り越えないことには話にならない。
「それにしてもあの穏やかなエリアナ様がまさかそんな一面を持っていたなんて。
殿下もよくお気付きになりましたね。」
「俺も最初から気づいていたわけではない。」
「そうなんですか?」
「ロベリアの障害になりそうなものを洗い出す過程で元々ヴァイスベルグ侯爵家に勤めていた給仕を見つけて聞き出したことだ。
そうだ。エリアナの危険性もロベリアが気づいたことにして功績に…」
そんな話をしていたらドタドタとドアの向こうから足音が聞こえて騎士が駆け込んできた。
予想していたことだけど、その様子を見るに事前に危機を防げなかったということ。
完全に後ろ手に回ってしまった。
「殿下!」
「っロベリアは!?」
「寮に帰る途中攫われた様です。
今、騎士団で足取りを追っております。」
「そんなに白昼堂々と…」
「学園の広場でエリアナ様主催のイベントが開催されていました。
人が流れが集中しその隙をつかれたようです。」
「……目的地はわかりそうか?」
「いえ、まだ確定はしておりません。
隠れ家の様なものがあるのかもしれません。」
「何でもいい。手当たり次第捜索しろ。
エリアナはさっきまで学園にいたようだからあまり遠くへはいかないはずだ。
直接手を下したいだろうからな」
捜索はかなりの時間を要した。
ロベリアが無事の保証はどこにもなかった。
心臓がずっと嫌な音を立て続けていた。
「殿下…少しはお休みになっては?」
「…休めるわけないだろ。」
「ですが、水分も食事も摂ってません。」
「〜っ!
お前は!そんな時間すらも惜しいってことがわからないのか!?
事態は刻一刻と悪くなってるんだぞ!?」
「…だからこそだろ、少しは頭を冷やせ。
騎士団も必死に今やってる。
お姫様を助けに行きたいならこう言う時こそ食べないといざという時力が出ない。」
「ックソ…」
「…大丈夫だ。
お前が惚れたロベリア嬢は上手く立ち回る。」
悔しくも侍従の言う通りで捜索を騎士団に任せ少し休むことにした。
と言っても本当に休まるわけはない。
今こうしてる時間も危機的状況なのだから。
「殿下、ロベリア様の足取りは未だ不明ですがエリアナ様の痕跡は見つかりました。」
「本当か!?」
「えぇ、少し前に街を出て東の森へ向かったところを門番が見ておりました。
すでに騎士団が捜索を始めておりますので見つかるのも時間の問題かと。」
「なら俺もいく。」
「食事は?」
「食った。」
「なら良し。」
侍従に両親や宰相への状況説明を任せて俺は騎士団と共に城を出た。
日が暮れ始めていた。
夜になれば捜索はより困難になる。
はやる気持ちを抑え、必死に探して、やっと見つけたボロい小屋。
突撃して騎士に押さえつけられたエリアナは斧を片手に持っていた。
まさに間一髪だったということ。
どれだけ待たせてしまっただろう。
どれだけ過酷な状況に追いやってしまったのだろう。
静かに涙を流すのは見たことがあった。
でも声をあげて泣くロベリアを初めて見た。
極度の緊張で疲れたのか俺の腕の中で意識を手放して今は穏やかに眠っている。
すこしでも遅れていたら本当にもう2度と会うことも、この腕に抱くことも、チョビと共に穏やかな時間を過ごすこともできなくなっていたと思うと俺は未だに生きた心地がしなかった。
帰ってくる途中辺りからロベリアの様子がおかしくなっていた。
極度の緊張の反動だとは思うが、急いで王宮に戻り宮廷医師に診察を頼んだ。
その間に侍従と情報を共有し、両親や宰相との謁見、それから…
「オスカー様!私は何も間違っておりません!
人のものを取る盗人に罰を与えただけです!」
「エリアナ嬢…すでにあの小屋周辺で少なくとも5人の遺体が見つかっている。
…何か心当たりは?」
「5人?私が罰を下したのは8人ですわ?
皆私が間違っていると使用人の分際で私に対して意見したから罰したのです。
使用人のお仕事は話すことではなく身の回りを整えることですものね?」
「ロベリアもそうする予定だったのか?」
「当たり前ではないですか。
あ、もしかしてオスカー様が代わりにあの人を殺してくださるの?」
狂ってる。
それは誰の声だったか。
騎士のものか、それとも俺の心の声が漏れてしまったのか。
それでも目の前のエリアナ嬢は本気でわからないと貴族らしく首を傾げていた。
その後もいくつか質問したが全部要領を得ないまま。
後日ヴァイスベルグ侯爵夫妻も含めて話を進める方向にまとまった。
やっとの思いで一連の仕事をこなしてロベリアの眠る客間に足を運んだ。
診察も終わり点滴もした。
それでも彼女は熱に侵されながらも目を覚ますことがなかった。
このまま死んでしまったらどうしよう。
そう思うと情けないほど体が震えた。
縋るように熱い手を握る。
俺はこんなにも弱かったのかと。
「ロベリア…」
待たせてごめん。不安にさせてごめん。
今回の対応でロベリアの頑張りが評価された。
父上と母上が君を認めてくれたんだ。
隣に居られるように、俺も頑張ったんだ。
それから、ロベリアは怒るかもしれないが、チョビがすごく太ったんだ
「早く、起きてくれ…」
「殿下、急ぎ確認の書類が…」
「…今か?」
「今すぐです。」
「…わかった」
侍従はいつもと変わらなかった。
こんな時でも変わらず俺に仕事を言いつける。
それが煩わしく感じることもあるが少し、救われていた。
「…また来るよ、ロベリア」
…眠り姫は王子様のキスで目を覚ますと言うが、彼女は少し寝すぎだな。




