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裏庭で野良猫に餌をあげていた私が王太子妃になるまで  作者: 椿


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20/31

20話




「…陛下はこの場が公式ではないと仰いました。」

「そうだな、多少の無礼は許そう。」

「でしたら…私は反対です。」


先ほどまで完全に萎縮していたはずのお父様は私の手を静かに握った。

幼い頃から力強く、私を撫でてくれていた手は小さく震えていた。

それでもお父様は前を向いていた。


「…ロベリアは昔から鈍く、困難があったとしても自力で解決するように努力を重ねる子です。

理不尽への涙を人に見せず歯を食いしばって静かに耐えるような子です。

そんな娘に王太子妃が務まるとは思えません。」


お父様は静かに言った。

誰も遮ったりするようなことはしなかった。

私も、お父様のその横顔を目に焼き付けていた。


「男爵家で過ごすのとはわけが違う。

慣れない権力に振り回され、時に権力を振り翳す立場というのは娘にとって精神的にも肉体的にも辛く苦しいものになる。

誰が娘を支えられるというのですか?」

「それは私が…」

「オスカー。」


オスカーさんが口を開こうとして陛下がそれを制する。

そのままオスカーさんは口を噤んだ。

お父様はそれを横目に見て一度呼吸を整えると話を続けた。


「…殿下は今回、娘を守ってくださいました。

もちろん感謝に感謝を重ねても足りるものではありません。

ですが、これから先もそれができる保証は?

娘が不幸になる、危険になるというなら親としてこの首が飛ぼうとも看過できません。」

「お父様…それは…」

「ロベリア。今ならまだ間に合う。

オスカー殿下を選んで本当にお前は幸せになれるのか?

権力に、理不尽に、身分に翻弄されても笑っていられるのか?

もし、少しでもその未来がお前の望むものではないなら私はお前を連れて男爵領に戻ろう。

社交などない場所で静かに暮らすことだってできるんだ。」


皆が静かに私を見ていた。


きっとこれは破格の対応なのだ。

王家ならば、王太子のオスカーさんが望むなら私の意思や男爵家の意見なんて聞かなくても無理に話を進めることができるのに、私の話を聞こうとしてくれるのだから。

それはきっとオスカーさんがそう望んでくれているから。


お父様を選べば本当に私たちは何のお咎めもなく帰ることが許されるのだろう。

私のことが好きだと何度も言うくせに私の意思を気持ちをいつも尊重してくれる。


貴族なら、それも王太子という立場ならもっと自分本位になるのが普通でしょうに。


だからこそ、彼を好きになったのだけれど。


「…きっと、簡単なことではないと思います。

私が王太子妃になるためにたくさんの人に迷惑をかけてしまう。」

「ロベリア…。」

「お父様、お母様。ありがとう。

私を愛してくれて、心配してくれて。

陛下、並びに王妃殿下もこの様なお時間をお作りいただいて、本当にありがとうございます。

…私はオスカー殿下の隣に立ちたいです。

どうか、お力をお貸しください。」


静かに頭を下げた。

私はまだ何も知らない。

上位貴族の礼儀も、振る舞いも。

私の力だけじゃ届かない。

プライドなんかじゃない。

教えを請わなければ、隣に立てない。


「…私からもお願いします。

私はまだ王太子として未熟で両親から学ぶことの多い立場です。

ロベリアを全てから守ると断言もできません。

苦労をさせてしまうことも、傷つけてしまうこともあると思います。

…でも、彼女だけが私を王太子ではなくオスカーの隣に立ちたいと言ってくれた。

私も同じ気持ちです。

彼女と共に歩んでいきたい。

どうか、皆様の力を貸してください。」


王太子としてじゃなくオスカーさんとして頭を下げていたように思う。

そんな姿を陛下と王妃様は黙って見ていた。

お父様はなんて言うだろう。

もし、認めてもらえなかったら。

そんな不安は背中に添えられた温かい手があっという間に拭っていった。


「…いい人と巡り会えたんだな。」

「お父様…」

「公爵家になるからと言ってお前が私達の自慢の娘であることは変わらない。

…頑張りなさい。」

「…っありがとう。お父様、お母様。」


私の涙をお母様が静かに拭ってくれた。

お母様の瞳にも涙が滲んでいた。

ズビッという音がドアの兵士さんから聞こえたことには誰も触れることはなかった。


そこから先は気を引き締めて。

…そう簡単に引き締まりもしないけど。

お父様はずっと涙目だけど。


「あなた、しっかりして。」

「…はい。」


こう言う場でお母様はやっぱり強いと思った。


そんな様子に宰相様もくすりと笑みをこぼすと手続きやこの後の流れについて詳細に説明してくれた。


私が公爵家に養子になること。

その上で王太子妃教育を受けて基準に達するまで婚約者としての公言はないこと。

他にも色々あったけど両親が1番驚いていたのは公爵家が後ろ盾になることで渡される金銭の額と領地拡大されることだった。


そしてようやく話し合いは終わった。

緊張の連続でフラフラな両親を支えながら部屋を後にしようとしたところで声がかかった。


「ロベリア嬢。」

「はい、王妃殿下。」

「来週から早速王太子妃教育を行います。」

「よろしくお願いします。」

「後で資料を届けさせるからしっかり目を通しておくように。」

「はい。」


エリアナ様のそれとは違う。

感情の読めない表情。

それだけで王太子妃教育が厳しいものになりそうだなと暗に予測ができた。

でも今更折れることなんてないんだけど。


応接室を後にして両親はそのまま街に宿をとっているからと王宮を後にしていった。


オスカーさんは「ロベリアの両親へ最大限のおもてなしを。」みたいな感じだったけど…。

それは私の方から丁重に断った。

これ以上両親の心労を増やしたくない。


王宮を出る瞬間まで私の心配をし続けていた。

あの人達の元に生まれてきてよかった。

私はちゃんと愛されていた。


少し切なくて寂しい気持ちになる私の背にオスカーさんがそっと手を添えた。


「行っちゃったね。」

「…そうですね、でも手紙書きますから。」


会話が続かない。

別に気まずいとかじゃない。

ただ多分私もオスカーさんも言葉を見つけられないだけで。

本当に歩む先が決まってしまったから。


「…ロベリアは本当にこれでよかったの?」

「やっぱりやめますか?」

「絶対に嫌だ。」


そのあまりの必死さに思わず笑みが溢れた。

何となく甘えたくなってそっと体重を預ける。


…幸せだった。


「セレヴェイン公爵夫妻とアンジェリカ様に認めてもらえるかな…」

「ロベリアの養子縁組を提案するときに公爵夫妻とアンジェリカに対面したけどむしろ俺の婚約者候補から外れることを喜んでたし大丈夫なんじゃないか?」

「お洒落なアンジェリカ様、絶対この眼鏡嫌いだと思う。」

「それは確かにやめておいた方がいい。

俺もどうかと思ってた。」

「そんなに?」

「そんなに。」


束の間の穏やかな時間を2人で笑った。

これからきっと大変になると思う。

でも確実な一歩を同じ未来に向かって進めたことが嬉しかった。






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