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裏庭で野良猫に餌をあげていた私が王太子妃になるまで  作者: 椿


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18/29

18話




「ロベリア!」


暗がりから私を呼ぶ声が聞こえた。

聞き慣れた声、何よりも縋っていた声。


…彼はちゃんと助けに、来てくれた。


「…なに?」


唐突に建物の周りで馬の嘶きや人の声が聞こえ始めて目の前のエリアナ様が混乱している。


私はまだ動かないし、声も上げない。

下手にここで暴れたら逆上して目の前の斧が振り下ろされるかもしれないから。


こう言う時こそ、静かに。

相手は熊と一緒。狼と一緒。猪と一緒。

刺激しない。背後を取らせない。


そうやって頭の中でひたすら唱え続けた。

今日ほど男爵家の田舎の山育ちを感謝したことはないかもしれない。


「突撃!確保!」


そんな声が聞こえてドアが蹴破られる。

騎士団が一気に流れ込むようにして入ってきてあっという間にエリアナ様を取り押さえてしまった。


「なんでっ…なんで!!

痛っ…は、離しなさい!!

女性をこんなふうに触るなんて無礼よ!?

私はこの国の次期王妃よ!?

貴方達不敬罪で首を飛ばされたいの!?」


そんな子供の癇癪は騎士団には通じなかった。

遅れてオスカーさんが建物の中に入ってくる。

目があってその目が安堵に色に染まって、私も小さく微笑みを返した。


「…エリアナ・ヴァイスベルグ侯爵令嬢」

「オスカー様!私を助けて!!

私は何も間違えていないのにこの方々が乱暴してくるのよ!」

「間違えていない?」

「私は邪魔なものを排除しようとしただけ。

貴族なら当たり前でしょう?」


オスカーさんからチラッと視線が向けられた。

『これ本気で言ってる?』とか

『この人状況わかってない?』とか

そんな失礼なことを考えてそうだったので静かに首を振るに留めた。


「…これは誘拐と殺人未遂。

王国法にも定められてる立派な犯罪だ。」

「なにを…」

「…まぁ、この現場を見るに余罪は沢山ありそうだけど…。

…連れていけ。」

「嫌!ちょっと離してってば!オスカー様!!」


オスカー様、オスカー様と何度も呼ぶ声は次第に遠ざかっていった。

少しの静寂と安堵。

私の側で庇うように立ちはだかってくれた騎士の方が私の拘束を外してくれた。


「お嬢さん、肝が座ってるね。

普通の令嬢ならこんな時叫んでパニックになってると思うんだけど。」


縄を解く途中誘拐した男達と同じようにそんな言葉をかけてくれた。


いや、全然座ってなんかないんだって。

斧を持たれた時は死ぬかと本気で思ったし、

エリアナ様の理屈は意味がわからなくて恐ろしかった。

正直、オスカーさんが助けに来るのが遅すぎて何度も心の中で疑っていた。


だから、必死に時間を作ろうとした。だけで…


実感したら心臓が今更激しく脈打ち始めた。

喉はカラカラだし足に力も入らない。

立ち上がって彼の元に行きたいのに、体は全然言うことを聞いてくれなかった。


オスカーさんは騎士団に現場を任せると、私の方へゆっくりと近づいてきた。


「…無事でよかった。」

「…っ」

「ロベリア?」

「オスカーさん…」

「……頑張ったね。」


オスカーさんの優しい言葉で張り詰めていた糸がピンっと切れた音がした。


「っ…ひっ…く…」

「…ごめん、無理させた。」


暖かい体温に包まれる。

優しく髪をすかれる。

柑橘系の甘い香りがする。

ずっとこうしたかったと心が叫んでる。


オスカーさんは私の止まらない涙を一つ一つ壊れものを扱うように丁寧に掬い上げて、まだ騎士団の目があるのに、そんなこと構いもしないとばかりに頬に額にとキスの雨を降らせた。


「…帰ろう。」


オスカーさんはまだ立ち上がることができない私を軽々と横抱きにするとそのまま外に出て自分が乗ってきただろう馬に乗せた。


「…馬車じゃない?」

「急いで来たからね。

疲れてるだろうし、俺に寄りかかってて。」

「落とさない?」

「落とすわけない。」


力強い腕の中は何よりも安心できる場所で私は静かに目を閉じた。


こうして長い夜は静かに空けていった。





__________



…寝苦しい。


「………あつい…」

「っ起きたか!」

「…オスカーさん?」


何やらやけに体が熱い。

まるで風邪をひいてるかのような。


「あれから丸一日眠ったままだったんだ

過度のストレスのせいで発熱もある。」

「…あ、やっぱり私風邪を引いてるんだ…。」

「何を呑気な…」


きっと多分学校で水を被ったせい。

エリアナ様が埃っぽくてばっちいところに私を座らせていたせい。

普段なら私、風邪なんて引かない。

そんな私を見てオスカーさんは呆れたように大きなため息をつくとベッドの脇に置かれた質のいい椅子にドカリと腰をおろした。


…質のいい、椅子?


よく見れば私が横になっているベッドも私の知るものとは質が違う。

嫌な予感がして、恐る恐る声に出した。


「…ここどこですか。」

「ん?俺の家、というか王宮。」

「帰ります。」

「実は言ってなかったけど、俺この国の王太子なんだ。」

「帰ります。」

「許すわけないだろう。」


起きあがろうとしてもすぐ布団に逆戻り。

その度に私の体はふかふかと沈み込んだ。

柔らかすぎてなんだか落ち着かない。


「とりあえず、熱が下がるまではここにいろ。」

「でも…」

「眠れないなら添い寝しても…」

「寝ます。」

「…残念」


本当に残念そうだった。


「…あの後ってどうなりましたか?」

「エリアナはとりあえず貴族用の牢に幽閉中。

事情聴取は進めているが、『私は間違ってない』ばかりで要領を得ない。

明日にはヴァイスベルグ侯爵夫妻も来城して共に話を聞く予定だよ。

ロベリアも体調が落ち着き次第騎士団から聴取されると思うから話す内容をまとめておいて。」


本当に終わったんだな、と思った。

きっとエリアナ様にはたくさんの余罪がある。

すぐさま打首などにはならないだろうが、貴族牢への生涯幽閉や修道院、少なくとももう学園や社交界に顔を出すことはできないだろう。

ヴァイスベルグ侯爵家もエリアナ様のような危険因子を王妃に推薦していたこと。

エリアナ様をあのように育てた責任として何かしらの罰を言い渡されるのではないだろうか。

伯爵家への降爵、下手をするともっと重い罪になるのかもしれない。


「今日の昼間、関連生徒に話を聞くために、不本意だけど、本当に不本意だけど、ロベリアを寝かせたまま、一度学園に顔出したんだ。」

「その時間に起きなくてよかった。」

「学園中がもうパニックだった。」

「え?」

「中には縁談破棄になるほどロベリアを虐めていたのにも関わらず、肝心のエリアナは王太子妃になるどころか、逮捕されたんだからそれはもう…ふっ…ざまあみろだな。」

「それ…私、恨まれませんか?」

「逆だろ。きっと学園に復帰したら驚くぞ。」


どことなく黒い笑みを浮かべるオスカーさんにゾワリと背筋に寒気が走った。

表面上はわからなかったけど実はすごく怒っていたのかもしれない。


一通り話し終えるとオスカーさんは私の熱を測るように頬に手を当てた。


「…まだ熱いな」


男の人は体温が高いと聞くけれど、今は私が熱があるせいか、ひんやりと気持ちがいい。


「…キスしていい?」

「…風邪移りますよ。」


そもそもここは王宮。

誰の目がどこにあるともわからないのにオスカーさんがそんなことをしていいはずがない。


「ダメ?」

「ダメです。」


しばらくそんな押し問答が続いて、先に折れたのはオスカーさんだった。

流石に病人相手だからと諦めたようだ。


「…あのさ、チョビに会いたいか?」


唐突に切り出された話題。

少し前から匿ってもらっているせいでずっと会えてない。

もちろん危害を加えられないならそれに越したことはないけど。

私の癒しであり理解者でもあるチョビに会いたくないわけがない。

本来なら何もかも放ってずっと構い倒したいくらいなのに。


「もちろんです!

チョビはどうですか?

元気に過ごしていますか?

元々野良だし王宮で粗相をしたり、逆に馴染めたくて体調を崩したり…」


思わず前のめりになる。

でもこの話題が始まってからなぜかオスカーさんとの視線が合わない。

チョビに何かあったのではと不安になる。


「いや、それが…」

「なんですか?何かあったんですか?」

ぶみゃぁ…


いつからそこにいたのか、私のベッドの脇にはまん丸に太った虎柄の猫がいた。

贅肉が喉を圧迫するのか声がしわがれている。


「その…」

「なんですか?まん丸な猫は。

チョビに会いたいです、どこにいますか?」

み゛ゃぁお


まさかとは思う。

そうであって欲しくないと思って聞く。

聞きたくないけど聞く。

でもこの状況でそうじゃないわけがなかった。


「…これがチョビなんだ。」

「え…」

「王宮の食事が口にあったようであっという間に、その…」

ぶみゃー


どうやら私が色々と頑張っている間にこの猫は怠惰にそして豪胆に王宮で過ごしていたらしい。

可愛らしさもある美猫が今は貫禄のあるボス猫へと変貌を遂げていた。

私は虐められた時よりも、エリアナ様に捕まった時よりも、泣いた。






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