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裏庭で野良猫に餌をあげていた私が王太子妃になるまで  作者: 椿


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17/27

17話




どのくらいそうしていただろう。

やがて馬の嘶きが聞こえて揺れが止まった。

目的地に着いたのだろうか。


「起きてるんだろ?」


不意に頭上から声をかけられ、反射的にビクッと体が跳ねた。

私は静かにじっとしていたし、男達はつい先程まで下品な話で笑い合っていたのに、いったいいつからバレていたんだろう。


誰かが一歩私に近づく気配がした。

もしかして私が起きているから、また薬を嗅がされたり、あるいは何か乱暴をされるのだろうか。

そんな恐怖でガタガタ体が震えて心臓の音がひどくうるさく鳴り出す。


何かが頬に触れて咄嗟に身を引いたけどそんなのお構いなく無言で目隠しを外された。

急に開けた視界に思わず目を細めた。


「これは王子様が堕ちるのもわかるわな。」

「つまみ食いなんてしてる暇ねぇぞ。

そんなことしたらエリアナ様に殺されちまう。」


髭面の二人組の男が私を覗き込んでいた。

それ以外に人の姿は見えない。

そのまま馬車の荷台から引きずられるように降ろされると外はもうすっかり夜になっていた。

辺りの木々がザワザワと音を立てている以外は本当に静かで不気味な場所。

少なくとも私の知っている場所ではなかった。


「よっこらせ」


そんな声かけで私は米俵のように担がれた。

足の拘束を解いて自力で歩かせればいいのに、彼らはそれをしない。

それは逆に彼らが人を攫うことに慣れているという何よりの証拠だった。

一見合理的じゃないそれは逃げる隙が全く無いから余計な部分に労力を使わずに済むのだ。


木々をかき分けて少し進むと窓から小さな灯りが漏れている山小屋が一軒建っていた。


きっと、そこにエリアナ様がいるのだろう。

周りには木しかなくて人の気配がないからオスカーさんはまだ来ていないのだと思う。


この2人はその手つきから私を攫った後に移動した痕跡も残していないのかもしれない。


もし来なかったらどうしよう。

信じると決めたのに心の奥では不安もあった。


「普通の貴族ならこんな状況で落ち着いていられるわけがないんだが」

「この嬢ちゃんキモが座ってんな」


座っているわけないでしょう。


手も足もギチギチに縛られていて動けないだけだし、猿轡のせいで声だって出せない。

芋虫のように這うほど腹筋もない。

捕まったら抵抗しないというオスカーさんとの約束もある。

泣きたいくらい怖いけど泣いたらこの男の人たちが喜びそうだから絶対にしたくない。


そんな私にどうしろというの。


「着いたぞ。」


そんなの見たらわかる。

それを敢えて言う。

まるでこれからの私を嘲笑うかのようだった。


ギイと錆びたドアの金具が嫌な音を立てた。

外から見えていた小さな灯りが部屋を薄暗く灯している。

少し埃臭い以外特に目立つところはなかった。

男達はポツンと真ん中に置かれていた一脚の椅子に私を座らせ、手や足を再度固定し直すと何も言わずにドアから出て行ってしまった。


ゴクリ、と喉がなった。

これから、何が起きるのかって。

暗がりの中何かが動く気配がした。


「こんな場所に連れ出してごめんなさいね。」

「…エリアナ様」

「それにしても、貴女ここまで泣かず叫ばず素直に来たみたいね。」

「…下手に抵抗して殺されるのはごめんなので」

「…本当にムカつく女。」


言葉とは裏腹に彼女は静かに貴族の笑みを浮かべていた。

こんなボロい建物と不自然なほど不釣り合いな黒いドレスを身に纏って。


「あぁ、黒だと目立たないのよ」


さも当たり前のように彼女は言った。

こんな状況でなければご令嬢が可愛らしく小首を傾げているだけに見えるだろう。

何が目立たないのか直接は言わないが、よくよく周りを見渡せば建物の床や壁にはあちこちに嫌なシミがある。

先程まで埃臭かったはずが、じっとりとした空気が混じるにつれてどこかツンとした匂いが鼻をついた。

嫌な汗がじんわりと滲んだ気がする。


「はぁ、この前の忠告の時に身の程を弁えてくれていたらこんなことにはならなかったのに。」

「…エリアナ様は何も言いませんでしたよ?」

「…そうね。」

「なら…」

「でも、なぜ私がお前如きに優しく教えてあげなければならないの?

なぜ厚かましいと思わないの?

なぜそんなこともわからないの?」


教室ではニコニコ笑みを浮かべていただけなのに人の目がないとこんなにもこの人は心のうちを言う人なのか。

止まらずになぜ?なぜ?と問う姿はまるで身体だけ大きくなった子供のよう。

崩れない微笑みが逆に異質だった。


「そもそも、オスカー様は私の物よ?」

「…オスカー様は物じゃありません。」

「なぜ?」

「え?」

「オスカー様は私をこの国の王妃にするために存在しているのでしょう?」


何を、言っているのか理解できなかった。


「お父様もお母様も、先生も使用人も、

お友達だって皆、私が王妃になるって言っていたわ。

貴女だけが間違えているの。わかる?」


「…わかりません」


「人のものに手を出すような盗人ですものね?

生まれも育ちも何もかも底辺なのでしょう。

だからこんな簡単な常識もわからない。

お可哀想にね。

だからこうして私が死ぬ前にせめて教えて差し上げようと思ったのよ。」


優しいでしょう?と彼女は歪に微笑んだ。

間違っているとは微塵も感じていない様子で。


…エリアナ様は、違うのだ。

同じ言葉を喋っているはずなのに、違う。


男爵家に生まれた私は人の大切さ、尊さを何よりも教えられてきた。

男爵領では助け合わなければ、冬を超えて生きていけなかったから。

欲しいものだって誕生日やお祝い事の時だけ。


でも彼女は違う。

彼女が一瞬視線を向けたものは次の日には部屋にあるのが当たり前だったのだろう。

欲しいもの、愛するものに囲まれて、彼女を嗜めてくれる人は都合の悪いものとして排除されてきた。


結果、それが彼女の常識になった。

だから彼女は自分がどんなに危険なことを言ってるか気づいてすらいない。


私が何を言ったところで通じない。

言葉の違う外国の人と話しているのと同じ。


だからこそ思った。

この人をこの国の王妃に、オスカーさんのお嫁さんにしちゃダメだって。

もし彼女が王妃になったら、耳障りの良いことばかりを聞き続け、まともな人達は次々に切り捨られていくだろう。

そのヘイトはオスカーさんに、しいては王家に、向けられてしまう。

子供の人形遊びのように国が、民が、彼女のおもちゃにされてしまう未来が見えた気がした。


「…エリアナ様こそ可哀想ですね」

「は?」


「人間は物ではありません。

人として1番大切なことを教えてくれる方が身の回りにいらっしゃらなかったんですね。

貴女の食事を作る人、身の回りの世話をしてくれる人、纏っているドレスを作る人、住む家を作る人、管理する人、話を聞いてくれる人。

その方々が当たり前にそこにあるとでも?」


「居ないなら補充すれば良いだけだわ」

「誰が?どのように?」

「私に嫌なことをする人はクビよ。

お父様がすぐに新しい人を連れてくるもの。」


「そのお父様が居なくなったら?」

「お父様は居なくならないわ。」

「本当に?人間が案外簡単に死ぬことは貴女もご存知のはずですよね?

対価があるから人はそこにいる。

もしもお金が、爵位がなくなった時、あなた個人に何が渡せるのですか?」


「……もういいわ。

せっかく話を聞いてあげようと思ったのに、意味のわからないことばかり。」


エリアナ様は私の言葉を最後まで聞くことはなかった。


真実から目を背けるのとも違う。

普通の人間なら何かしら思ったのかもしれないが彼女は本当に、本当に、最後の最後までその事実を見ることもしなかった。


そして近くにあった小ぶりの斧を取ると私の方へ向き直った。

月明かりに照らされた刃がギラリと光を反射する。


「知ってる?

男爵令嬢なんて助ける価値もないのよ。

今更泣き叫んだって誰も助けてはくれないの。

ここは誰も知らない私の秘密基地だもの。

みっともなく泣いて縋れば痛くしないであげたのに、最後まで私の優しさを踏み躙って…。」


「…っ」


「無駄な時間だったわ。さようなら。」


大丈夫、オスカーさんなら絶対に。

私は、覚悟を決めて目を閉じた。







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