15話
エリアナ・ヴァイスベルグ侯爵令嬢
アンジェリカ・セレヴェイン公爵令嬢。
この2人が私と出会うずっと前からオスカーさんが将来の結婚相手と言われていた人達だった。
「ロベリア・トスカーナ男爵令嬢」
来た。と思った。
嫌がらせに耐えながら数日が経過したその日。
とうとう接触してきた。
わかりやすく、嫌味で男爵令嬢まで強調して。
「…エリアナ・ヴァイスベルグ侯爵令嬢」
私も同じように返す。
その身分をあからさまにする嫌味に気がついていないふりをして。
エリアナ様はニコニコと人のいい笑みを浮かべているが一瞬だけ目を細めた。
「少しお話しいいかしら?」
「…わかりました。」
彼女の派閥の中でも強い家柄のご令嬢たちが数人エリアナ様の後ろについている。
多勢に無勢。
ここで嫌だと言う選択肢なんかもとよりくれないくせに。
これは全て予想していたこと、裏庭でオスカーさんから聞いていたことだった。
__________
「エリアナには気をつけろ」
「アンジェリカ様は?」
「…そっちは多分大丈夫だ。」
「え?でも公爵家の方が権力的にも…」
「あれ?ロベリアは知らない?
仮面舞踏会のシンデレラストーリーの話」
「子爵令嬢が公爵家の嫡男に見初められたという話ですよね?」
「あれ、アンジェリカの祖父母。」
「…あぁ、なるほど」
「だから大丈夫。とも言い切れない。
周りが勝手に騒ぎ立てる可能性はある。
でもアンジェリカは俺に惚れてない。
今までも仕方なく。って感じだったからそこまで警戒する必要ないと思うよ。
『オスカーに構ってる暇があったら一枚でも多くドレスのデザインを考えたいのだけど。』が決まり文句だからな。」
「オスカーさんは…」
「幼馴染?腐れ縁?お互いに相手がいなかったらそうなる未来もあったと思う。
でも友情とか同士とか多分そんな感じだよ。」
ギュッと少しだけ手に力が入った。
こんな時にやきもちなんて妬いている場合じゃないのに。
アンジェリカ様の話をするオスカーさんが自然体に見えたから。
昔からオスカーさんの隣にいて、自然と隣に立てるアンジェリカ様が少し羨ましい。と思ってしまった。
アンジェリカ様はお洒落で、ブランドや事業を経営したりと女性なのに男性に負けず劣らず、強くて美しくて、オスカーさんの隣が自然と似合ってしまう人でもあった。
私とは大違い。
「ロベリア?」
「…なんでもないです。」
「それ、絶対なんでもなくない。
もしかして…妬いた?」
「〜ッ」
「かわいい。」
ハチミツが溶けてしまいそうだった。
そんなに嬉しそうに、幸せそうにされたら私はどうしていいのかわからない。
こんなヤキモチなんて、独占欲みたいでめんどくさいに決まってるのに。
たまらないとばかりにオスカーさんは私の髪を取ると優しくそれに唇を落とした。
「もうかんべんしてください…。」
「えー」
「えーじゃないです…。」
「仕方ない。名残惜しいけど本題に戻ろうか。」
「…アンジェリカ様の話はわかりました。
でもエリアナ様が危険というのは?」
「ああ、それは…」
オスカーさんが言うにはエリアナ様のご実家のヴァイスベルグ侯爵家が財務を預かる家系であることが最大の要因である。と
とにかく味方になる貴族が多いのだ。
さらにエリアナ様を溺愛する両親。
蝶よ花よと育てられ、オスカーさんこそが伴侶に相応しいと言われ続けて。
それが彼女を歪ませてしまった。
表向きは完璧な貴族令嬢でありながら、思い通りにことが運ばなければ残忍な手を使い、場合によっては人を殺すことも躊躇わない。と。
「王宮にヴァイスベルグから来た使用人がいるんだがソイツの怯え方が尋常じゃなかった。」
「……そう、ですか」
そんな話を聞かされて怖がらないでいられるほど神経は図太くない。
そんな人を相手にしなければならないなんて。
たかが男爵令嬢の暗殺なんて侯爵家にとってとても簡単なこと。
自衛でどうにかなるならいいけど。
毒でも盛られたらどうすればいいのだろう。
「ただ、ここからは作戦なんだが…」
__________
「ちょっと聞いてるの?」
「身の程を知りなさいって言ってるのよ?」
空き教室に着くとすぐにエリアナ様を囲んでいた周りの気の強そうなご令嬢達が口々に私を非難し始めた。
肝心のエリアナ様は困ったように頬に手を当てお上品を気取っている。
『自分は特に頼んでないけど周りの子達が勝手に貴方を責めるの。仕方ないわよね?』
とでも言いたそうな表情だ。
オスカーさんの言っていた通り。
『エリアナは教科書に書いたような貴族令嬢だから最初は自分でぶつかってくるようなことは絶対にしないはずだ。』
「…何故、貴方達にそんなことを言われなければならないのですか?
婚約者候補だったエリアナ様が私に言われるならわかるのですが…。
それとも、エリアナ様が私に言うように貴女達に言ってるのですか?」
「は、はぁ?お優しいエリアナ様がこんなことを貴方に言うわけないでしょ?」
「え?じゃあエリアナ様のお気持ちを無視して私に言ってるのですか?」
「それは…」
ちらっと令嬢達がエリアナ様に視線を向ける。
涼しい笑顔は保たれているけど、その手に力が入り始めてるのは私にはわかっていた。
「…私たちが勝手に言ってるだけよ。
男爵令嬢のくせに目につくの。
そもそも貴女は教室の隅で1人でいるような存在だったのに。」
「それについては私も驚いてます。
まさかオスカー様が見初めてくれるなんて…。」
「なっ…」
『エリアナのことを煽れるか?』
『あお…え?煽る?』
『なんでもいい、煽ってアイツを怒らせろ。』
オスカーさんはそう言ってたけど、正直怖い。
そもそも令嬢の言うように教室の隅で静かに暮らすことを望んでいたのにこんな舌戦するなんて過去の私は想像すらしてないだろう。
心の内を見せないように、手の震えを、舌を噛まないようにするのに必死だった。
「貴女達の要件はわかりました。
エリアナ様を理由にして私に文句を言いたかったってことですね?」
「それは…」
「私、貴女達に何かしましたか?」
言葉に詰まる令嬢達。
当たり前だ。私は彼女達に何もしていない。
話しかけたことすらもないのだから。
そんな私達の様子をエリアナ様はただ黙って見ていた。
その表情の下でどんなことを考えているのか私にはわからない。
多分きっと怖いことを考えている。
ただ私はオスカーさんを信じて生意気な令嬢を演じるだけだ。
「エリアナ様は私に何かありますか?」
「…何か、とは?」
「オスカー様のことです。」
不安気に令嬢達がエリアナ様を見ていた。
まるでご機嫌を伺うように。
私は確信していた。
貴族の令嬢というなら、
澄ました顔を続けているエリアナ様なら、
私と一対一ならまだしもこんな状況で何か文句なんて言えるわけがない。と。
「…………。」
「ないみたいなので私はこれで失礼しますね。」
空き教室を静かに後にする。
ドアが閉まった途端、廊下にも響く金切り声で令嬢たちの罵詈雑言の嵐が聞こえてきた。
私はそれになにも返さず足早にその場を去る。
正確には逃げ出した。
…怖かった。本当に。
これでオスカーさんの見立て通りなら明日からさらに大変になるだろう。
想像するだけでも憂鬱だった。




