14話
覚悟、していたことだった。
週明け、仮面舞踏会の後の初登校。
あれだけの人が見ていて、中には私が男爵令嬢だと知る男性もいた。
そんな中私の正体がバレない方が難しかった。
「ねぇ、あの子でしょ?」
「嘘、あんな野暮ったい子が?」
「エリアナ様とアンジェリカ様に失礼だとは思わないのかしら?」
廊下を歩くだけでジロジロ見られていた。
女子からの冷たい視線。
男子からの野次馬な視線。
それだけならいい。
でもそれで収まるわけがない。
有る事無い事言いたい放題だった。
これは私がオスカーさんと出会う前から恐れていたことだった。
上位貴族から下位貴族への迫害。
今までは上位貴族に取り入ろうとして自滅していく生徒を遠目に見ていた。
私だけはそうならないと心の中で呟きながら。
でも今まさに私がその視線を向けられている。
早速実家の方にも圧がかかったようだ。
付き合いのあった貴族たちから関係を切りたいと次々に話が来ているらしい。
手紙には事態を説明するようにと震えた文字で書かれていた。
まさか思いもしないだろう私がこの国の王太子と舞踏会で2度のダンスをしたなんて。
ただこれに関しては、事前に被害を予測をしていたオスカーさんが信頼できる筋を使って他貴族からの嫌がらせに対応してくれていた。
私の気持ちのせいで物流が止まり、なんの関係もない領民の方々が飢えるというのはちがう。
でもこの視線はオスカーさんがどうこうできるものでもない。
私が乗り越えなければならないものだった。
誰も話しかけてはくれない。
守ってもくれない。
先生方も見て見ぬふり。
言いたいことあるなら面と向かって文句言えばいいじゃないか。と思うけど、これが貴族というものだ。
皆自分が可愛い。私だってそうだ。
中にはすれ違い様に足をかけられたり、教科書を捨てられたりと子供の嫌がらせのようなことをしてくる人もいた。
私が転んで惨めな姿を見たい?
教科書を捨てられて泣く姿が見たい?
それになんの意味があるのだろう?
笑う人達の気持ちが何一つわからなかった。
1日目でこれなら、この先便乗してもっと酷いことをする人も、私で憂さ晴らしするような人も出てくるだろうことは容易に想像できる。
でも泣き言ばかりいうのは違う。
私は好きでオスカーさんと共にいたいと願ったのだから。
これはその結果なのだから。
…でも、不安は消えなかった。
本当にこれで、よかったのかなって。
オスカーさんに守ってもらうのは簡単だ。
ずっと側に居て陰に隠れていればいい。
王族に攻撃できる人なんて居ないんだから。
でも本当にそれは彼の隣に立っていると言えるのか。
オスカーさんが好きだと言ってくれた私だと胸を張れるのだろうか。
きっとそれは違う。
常に警戒する、というのはかなり消耗するようで昼休みになる頃には胃がキリキリして頭が痛かった。
食事もせず逃げるように教室を後にして、人目を避けながら裏庭に足早に向かう。
溺れてしまいそうだった。
ずっと息苦しくて、水中で酸素を求めるような気持ちだった。
薄暗くてひんやりした裏庭にボロいガゼボ。
チョビは変わらずそこにいた。
私に気がつくとゴロゴロと喉を鳴らして足元に擦り寄ってきてくれた。
一夜で何もかもが変わった現実。
でも、ここだけは変わってない。
そう安堵したのも束の間
「こっちの方に来たと思ったんだけど」
「追いかけてどうするんだよ?」
「そりゃ殿下を堕としたテクニック、知りたいだろ?」
すぐ近くで下品な会話が聞こえてきて、咄嗟に建物の影に身を隠した。
みゃー
「うわっ猫かよ。ビビらせんなって」
「汚ねぇ猫だな。」
チョビの尻尾が不機嫌そうに揺れている。
そんなチョビを睨む男子生徒たち。
み゛やぁぉ…
「げ、噛まれるんじゃね?」
チョビから聞いたことのない低い唸り声。
今にも飛びかかってしまいそうだった。
もし攻撃なんてしたらチョビは…
お願いだから早く居なくなって。
自分だけなら我慢できるのにチョビがあの人たちと対面した途端指先が冷えて体が震える。
男子生徒が居なくなるまですごく長く感じた。
少しして、静けさを取り戻した裏庭。
みゃぁお
「チョビ…ごめんね」
チョビだけじゃない。
きっとオスカーさんだって色んな人から責められている。
王族なんて責任のある立場なら尚更だ。
ただ好きになった人が王族だっただけ。
ただ想ってもらった私が男爵令嬢だっただけ。
オスカーさんと私を見てくれる人なんてどこにも居ない。
身分も確かに大事なことだ。
それは仕方のないこと。分かっていたこと。
でも身分って何。
過去に先祖が立てた功績が認められただけじゃないか。
努力したのは彼らじゃないか。
たまたまその家に生まれただけの人間がそんなに偉いのか?
人を見下せるほどに?
仕事をしているのだって学生たちじゃない。
大人たちがその責任を持って領地や産業を管理しているから得られている報酬をその人の子供だからという理由だけで教授してるにすぎないじゃないか。
放り出されたら服の着替え方も、買い物のやり方すら知らない人たちがどうして偉そうに悪戯に人を攻撃をするんだろう。
私達の葛藤も怯えも分かっていないくせに。
そう思うのに言い返すことができない。
泣きたくないのに泣くことしかできない。
理不尽が悔しい。
膝を抱えて小さくなっても何も解決しないとわかっているのに。
「…みんな勝手だわ。むかつく。」
みゃ?
「むかつくとは、たくましいね。」
「っ…オスカーさん…」
背後から聞こえた声に咄嗟に身構えた。
でも振り返ったそこにいたのはオスカーさんで、一気に肩の力が抜けた。
少し、疲れているように見えた。
「…ごめん。」
「…どうして謝るんですか?」
「…ある程度は予測していたことなのに、防げなかった。」
この人は本気で私を守ろうとしてくれている。
その気持ちは痛いほどに伝わってきていた。
…でも、完全に防ぐなんて無理だ。
私が彼にそんなことをしてほしくなかった。
全て思うがままにしてしまうのは、
我儘を通してしまうのは、
そんなのは独裁と変わらない。
それをしてしまえばきっと本当に私たちは…
それに、オスカーさんが謝ることじゃない。
隣に立つと決めたのは私。
こんな理不尽にあってもこの人のことが好きな気持ちは変わらない。
「貴方の隣に立つことができるなら、このくらいたいしたことないです。」
「っさすが、俺のロベリアだ」
頬に添えられた手が震えてる。
私も強がってるけどきっと震えを隠せてない。
…怖いよね。私もすごく怖い。
「……ごめん」
「大丈夫。私は簡単にやられたりしないので。
これからのことをちゃんと話したいです。」
心の奥でこれで本当に良かったのか。
逃げ出した方がいいんじゃないか。
そんな葛藤は無くならない。
でもオスカーさんから離れる勇気もない。
それなら迷いながらも前に進む。
私にはそれしかできることがないから。
「…本当、かっこいいよ」
「惚れ直しました?」
「もう何度もね。」
みゃー
チョビの保護や学園での立ち回り。
警戒すべき時間帯の確認。
これから連絡する時の連絡手段や万が一の時の対応など。
私たちは時間の許す限り作戦を話し合った。
私は1人じゃないって、思えた。




