13話 オスカーside
「殿下?殿下?」
「………。」
「殿下!」
「はっ」
「全く…近頃おかしいですよ。
急に城下町に視察行くとか言って仕事をすごいペースで終わらせたと思ったら、護衛もつけずに城を飛び出して…。
我々がどれほど慌てていたかわかりますか?」
「…それは、悪かったと思っている。」
「報告が届いた時は頭を抱えましたよ。
本気、なんですか?
…お相手は男爵令嬢でしょう?」
「どうせお前も止めるんだろ?」
「当たり前です。」
侍従のお小言はまだ当分続きそうだった。
そもそもこのお小言自体、両親、祖父母、叔父、宰相にとすでに散々言われた後だった。
王太子の隣の女性は誰だと噂になっているがまだ公にはなっていない。
俺自身もまさかあんなに可愛い大変身をしてくるとは思わなかった。
普段の様子とあまりにも違うからロベリアだと気付かれることはそうそうないだろう。
にしても可愛かった…。
俺は王族として王太子として、誰かに与えることの方が圧倒的に多い立場だった。
祭事の時は開封に3日はかかるほどの貢物をもらうことはある。
でも日常の中でなんの下心もない貢物なんて、もらうことはなかった。
ロベリアは別に買ってくれと強請ったわけじゃない、
宝石やドレスみたいに高価なものでもない。
アンジェリカやエリアナ相手なら視界にすら入らないだろう値段のものを俺の瞳の色だから欲しい、と思っただけ。
いや、そんな可愛い理由ならいくらでもプレゼントする。たとえ高くても買う。
そんな俺の思いをあっさり断られて、それからはずっと子供みたいに不貞腐れていた。
『今日は身分なんて忘れて、隣に並べて、同じものを見て食べて聞いて。
まるで、普通の、恋人みたいだったから…』
帰り道で泣かれた時は息が止まった。
そんなことを考えたことも思われたこともなかったから。
俺は与えることには慣れている。
返されたいと思ったこともない。
本当にお返しなんていらなかった。
俺の色を身につけてくれるならそれでいい。
そう思ったのに彼女だけは違った。
俺の隣を望んでいた。
そこに金とか王子とかそんなものはなかった。
俺と普通の恋人になりたい。と。
その時心の奥底から何かが湧き上がってきた。
彼女を手放しちゃいけない。
そう心が叫んでいた。
夢が終わる、そうロベリアは言った。
こんな幸せな夢を?終わらせられるのか?
彼女以外にただのオスカーの隣を望んでくれる女性なんているのか?
…いない。いるわけがない。
俺は夢を夢で終わらせるつもりなんてない。
もとよりどんな形であれ側に置くよう根回しは少しずつしていたんだ。
それが本腰入れて早まるだけ。
両親も祖父母も叔父も宰相も散々お小言を言っていたが最後には俺の本気が伝わったのか呆れたように話を切り上げた。
彼女の隣にいられるならば口うるさいそれらにも耐えよう。
派閥が荒れるならそれ以上に手綱を握ろう。
彼女に悪意を向ける者がいるなら剣を取ることすら厭わない。
必要なら王位だって差し出そう。
でも間違いなくロベリアはそれを止めるだろう。
その立場になくても間違った俺を嗜める正しさを持っている。
そんなところもまた彼女を隣に望む理由だった。
「…でも私は少し嬉しいです。」
「嬉しい?」
「殿下は完璧冷徹鉄仮面だと思っていたので。」
「は?」
「まさか1人の令嬢相手に振り回されて。
人間らしくて私は好きですよ。」
「褒めてる?貶してる?」
「褒めています。
これ仮面舞踏会の来場者リフトになります。」
「あぁ、今確か大広間でやってるんだっけ?
婚活も大変だな。」
俺にはロベリアがいるけど、決まった相手のまだいない子息令嬢たちは大変だろう。
そんな思いでうんうんと頷いていた。
「舞踏会や催しは母上の管轄だろう?
なぜ俺に?」
「ロベリア嬢の名前が載ってたので。」
「…は?」
一瞬何を言われてるのか理解できなかった。
デートの時だって俺、現実にするって。
言ったはず。言ったよな俺?
だから今もロベリアを害しそうな貴族をピックアップしてまとめていたわけだし。
「ロベリア嬢のことを見たくてさっき覗きにいってみたんですがだいぶオモテになってました。」
「は?」
「可愛らしい人でしたね。」
「いや、そうじゃなくて…」
「執務を10分で終わらせていただけるなら用意していたタキシードと仮面をお渡ししてもいいですけど…どうします?」
目の前に積まれた書類は到底10分やそこらで終わるものではない。
「はいスタート。」
鬼の一声だった。
こういう時に限って予算案や軍事設備の確認などめんどくさい山ばかり。
仮に終わってもミスがあればこの侍従が舞踏会参加を許してくれるわけがない。
今、まさにこの瞬間ロベリアが男に絡まれてるかもしれない。
目の前には重要書類の山。
10分というのもあながち間違いではない。
モタモタしていたらそもそも仮面舞踏会自体が終わる時間になるのだから。
頭を抱えながらも必死に手を動かし続けた。
「…やればできるじゃないですか。」
「はぁ…お前、いい性格してるよな。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「褒めてない。」
「行っていいですよ。」
侍従に言われてすぐに部屋を飛び出した。
衣装に着替え仮面をつけて、慌てた様子なんて見せられないから早歩きで会場に向かった。
大広間の前に着くとドア越しにもオーケストラの演奏が聞こえていた。
「……はぁ」
息を整えてドアに手をかける。
ガチャっと大きく響いた音に視線が集まった。
一瞬の静寂の後にうるさいほどのざわめきが訪れる。
「え?あれってオスカー殿下よね?」
「アンジェリカ様かエリアナ様とご結婚するんじゃないのか?」
声をかけてこようとする人間は多くいた。
それに一々対応していたらパーティは終わってしまう。
内心、焦りを隠しきれなかった。
視界の端にロベリアが見えて、咄嗟に後を追いかけた。
バルコニーの前で足が止まった。
まずは無事だったこと、他の男にキープされていないことにホッとした。
ドレスが似合っていて美しいと思った。
それからなぜ、仮面舞踏会に来たのか。とか
この前の夢の話は嘘だったのか。とか
「はぁ…」
聞こえたため息が全ての答えのように思えた。
それでも、正直怖かった。
もし本当に彼女が俺から離れたがってるならこのまま離れるべきなんじゃないかって。
想像する未来は茨の道だ。
惚れた女の子に、
身分という剣を持たない彼女に、
背負わせるにはあまりにも重すぎるんじゃないのか。
茨の道は俺がどんなに棘をとっても鋭くきっとロベリアを傷つけ続けるだろう。
でも…
「はぁ…チョビに会いたい…」
…俺も、チョビに会いたい。
「…そんなにため息をついては幸せが逃げてしまいますよ。」
もうロベリアの居ない生活を想像できなかった。
最低だと罵ってくれてもいい。
どうか、俺を、君の隣に居させてほしい。
ダンスを踊る間、彼女の目はずっと答えを探すように泳いでいた。
王子としてなら一曲踊ったら手を離すべきだ。
でもただのオスカーとしてなら俺は手を離すつもりはなかった。
ずるい男でごめん。
こんなやり方しかできなくてごめん。
今の俺はすごく情けない顔をしてる。
ロベリアだけが本当の俺を知ってる。
「…貴方が、好きです。オスカーさん。」
やっと聞けた彼女の本音に心が震える。
彼女は身分のこと、俺の心配、周りへの影響、ずっと考えていたんだろう。
それが当たり前だ。
俺よりずっと彼女は弱いのだから。
でも一歩を踏み出してくれた。
こんなに嬉しい気持ちを味わったのは生まれて初めてだった。
一度じゃ信じられなくて、控え室に行ってもなお聞き続けた。
律儀に彼女は応え続けた。
逃すかどうかは別として、逃げるという選択肢も捨ててくれた。
優しくなんてできるわけがない。
それはやっと俺のものになったという独占欲。
ロベリアは慣れた様子もなく俺の袖をギュッと掴んだ。
その手は小さく震えていて、息もきっとうまくできていない。
愛おしいその震えすらも全部飲み込んでしまいたいと思った。




