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第21章 還ったひと③

 

 彼は息を整える暇もないまま続ける。


「あなたは生きて、行かなければならない」

「……何を」

「説明は後でいたします。ですから今は、これ以上なさらないでください」


 生きて。行かなければならない場所。


 言葉の意味がうまく頭へ入ってこない。目の前にレオニスがいることすら、まだ現実の形を結んでいないのに、それ以上のことなど受け止められるはずがなかった。


 ただ、彼の声だけは妙にはっきりしていた。命令のようでいて、願いのようでもある声。あの日、失ったと思った声。

 あの日、失ったと思ったのに。その声が今ここにある。それを確かめる暇もないまま、言葉は自然と溢れていった。


「もう、どうして良いのか、わからないのです。白耀石も、壊れてしまいました」

 やっと口にできた弱音は、力無く僅かに語尾が震えた。


「白耀石は、もう要りません」


 その一言だけが、妙に静かに胸に落ちた。


 セラフィナは息を呑んだ。


 要らない。


 その言葉は、裂けた世界のただ中で聞くにはあまりにも突飛で、あまりにもまっすぐだった。

 あの石と共に閉じ込められ、あの石と共に在るものとして生きてきた自分の前提ごと、切り捨てられた気がした。


「何を……言って……」


 言い終わらないうちに、視界が大きく揺れた。


 今まで張りつめていたものが、一度に切れた気がした。世界が遠のく。悲鳴も鐘も、風の音も、ひどく遠い。目の前のレオニスの姿だけが鮮やかで、その鮮やかさが逆に現実味を失わせる。

 生きている。


 本当に。


 戻ってきた。


 その事実だけが、胸の中に落ちた。

 感情が追いつくより先に、身体の方が耐えきれなかった。

 膝から力が抜ける。

 レオニスが咄嗟にマントを翻し、その上から崩れ落ちる身体を受け止めさせた。直接は触れない。触れられないことを、彼は忘れていなかった。


「セラフィナ様!」


 その呼び方が、やけにはっきり聞こえた。


 人前では決してそう呼ばない声だと思った。あるいは思っただけで、実際に聞こえたのかどうかもわからない。


 もう何もわからなかった。


 ただ、ひどく長い夜がやっと終わるのだと、そんな予感がした。


 セラフィナの意識は、そのまま静かに落ちた。


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