第4章 石の教会②
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王城の書物庫は、夜になるとひどく静かだった。
昼間は書記官や侍従が出入りする場所も、火が落ちた後は紙と革の匂いだけが残る。高い棚のあいだに月明かりが細く差し込み、奥へ行くほど闇が濃くなる。
レオニスは小さな手燭だけを頼りに、書架の題名を追っていった。
白耀石に関する記録は、表向きのものならいくらでもあった。
国を清める石。
王都を護る石。
祈りを受ける聖なる石。
どれも似たような文言で、綺麗に整いすぎていた。
違和感を覚えたのは、古い記録を開いてからだった。
王家側に残る古い台帳や祭祀録には、時折妙な語が混じる。
“留める”
“巡る”
“還る”
“座”
断片ばかりで、前後は欠け、意味までは取れない。
それでも、教会の記録に並ぶ「清め」「祈り」「加護」とは明らかに感触が違っていた。
レオニスはさらに古い棚を探った。
年代が遡るほど、記録そのものが薄くなっていく。
いや、薄いのではない。抜けているのだ。
ある時代を境に、王家の祭祀に関する記述が急に簡単になる。
それまで断片的にでも残っていたはずの記録が消える。
名簿の並びに不自然な空きがあり、系譜の途中だけが曖昧に濁され、誰が何を継いだのか分からない。
後代の編纂では、そこが最初から存在しなかったように均されていた。
そして妙なことに、古い城内祭祀や海辺の土地に関する記録をいくら辿っても、あるはずのものの名がどこにも出てこない。
神殿。
出てきてもおかしくない文脈はいくつもある。
王家の古い祭祀、白耀石以前と思しき儀礼、海沿いの奉納、失われた座、継承の欠落。
それなのに、その語だけが初めから避けられているように現れない。
一冊や二冊ではない。
年代の異なる記録を何冊開いても同じだった。
レオニスは頁の上に視線を落としたまま、しばらく動かなかった。
古い時代のものだけではない。セラフィナの生誕前後にも同じような編纂をされている。
現王が生まれるより前、おそらくさらに何世代も前の代から、長い時間をかけて削られている。
誰か一人の判断ではない。
これだけの長い期間のものとなると、教会だけでも、王家だけでも難しい。
記録の形そのものが、何代にもわたって少しずつ塗り替えられている。
ぽと。
また、あの音がした気がした。
白耀石について知ろうとして開いた記録の先で、出てきたのは説明ではなく空白だった。
石そのものの正体ではなく、石のまわりから切り落とされた長い歴史。
語られていないものの方が多い。
レオニスは静かに冊子を閉じた。
分かったことは少ない。
分からないことがあまりに多い。
そして、その空白の中心に、あの姫がいる。
手燭の火が揺れる。
闇の中に並ぶ書架は、口を閉ざしたまま何も言わない。
「……隠しているのか」
誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。
教会か。王家か。もっと昔の誰かか。
返事はない。
ただ沈黙だけがあった。
レオニスは本を元の場所へ戻し、書物庫を後にした。
持ち出せるものはない。今はまだ、見たこと自体を悟られない方がいい。
廊下へ出ると、冷えた夜気が頬を打った。
白耀の塔を見上げる。月の下、細く高く、何も知らぬ顔でそこに立っている。
あの塔の上にいる姫もまた、何を背負わされているのか、きっとまだ知らない。
ぽと。
音は止まない。
レオニスは目を細めた。
まだ足りない。断片ばかりだ。
だが、この先を知らなければならない。
夜の回廊を歩き出す。
雨だれの音は、警鐘のようでもあり、どこかへ続く水脈のようでもあった。
レオニスはまだ、その行き着く先を知らない。
ただ、その先に答えが埋まっていることだけが、今は妙にはっきりしていた。




