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第4章 石の教会②

 ***


 王城の書物庫は、夜になるとひどく静かだった。


 昼間は書記官や侍従が出入りする場所も、火が落ちた後は紙と革の匂いだけが残る。高い棚のあいだに月明かりが細く差し込み、奥へ行くほど闇が濃くなる。

 レオニスは小さな手燭だけを頼りに、書架の題名を追っていった。


 白耀石に関する記録は、表向きのものならいくらでもあった。

 国を清める石。

 王都を護る石。

 祈りを受ける聖なる石。

 どれも似たような文言で、綺麗に整いすぎていた。


 違和感を覚えたのは、古い記録を開いてからだった。


 王家側に残る古い台帳や祭祀録には、時折妙な語が混じる。

 “留める”

 “巡る”

 “還る”

 “座”

 断片ばかりで、前後は欠け、意味までは取れない。

 それでも、教会の記録に並ぶ「清め」「祈り」「加護」とは明らかに感触が違っていた。


 レオニスはさらに古い棚を探った。


 年代が遡るほど、記録そのものが薄くなっていく。

 いや、薄いのではない。抜けているのだ。


 ある時代を境に、王家の祭祀に関する記述が急に簡単になる。

 それまで断片的にでも残っていたはずの記録が消える。

 名簿の並びに不自然な空きがあり、系譜の途中だけが曖昧に濁され、誰が何を継いだのか分からない。

 後代の編纂では、そこが最初から存在しなかったように均されていた。


 そして妙なことに、古い城内祭祀や海辺の土地に関する記録をいくら辿っても、あるはずのものの名がどこにも出てこない。


 神殿。


 出てきてもおかしくない文脈はいくつもある。

 王家の古い祭祀、白耀石以前と思しき儀礼、海沿いの奉納、失われた座、継承の欠落。

 それなのに、その語だけが初めから避けられているように現れない。


 一冊や二冊ではない。

 年代の異なる記録を何冊開いても同じだった。


 レオニスは頁の上に視線を落としたまま、しばらく動かなかった。


 古い時代のものだけではない。セラフィナの生誕前後にも同じような編纂をされている。

 現王が生まれるより前、おそらくさらに何世代も前の代から、長い時間をかけて削られている。


 誰か一人の判断ではない。

 これだけの長い期間のものとなると、教会だけでも、王家だけでも難しい。

 記録の形そのものが、何代にもわたって少しずつ塗り替えられている。


 ぽと。


 また、あの音がした気がした。


 白耀石について知ろうとして開いた記録の先で、出てきたのは説明ではなく空白だった。

 石そのものの正体ではなく、石のまわりから切り落とされた長い歴史。

 語られていないものの方が多い。


 レオニスは静かに冊子を閉じた。


 分かったことは少ない。

 分からないことがあまりに多い。

 そして、その空白の中心に、あの姫がいる。


 手燭の火が揺れる。

 闇の中に並ぶ書架は、口を閉ざしたまま何も言わない。


「……隠しているのか」


 誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。

 教会か。王家か。もっと昔の誰かか。


 返事はない。

 ただ沈黙だけがあった。


 レオニスは本を元の場所へ戻し、書物庫を後にした。

 持ち出せるものはない。今はまだ、見たこと自体を悟られない方がいい。


 廊下へ出ると、冷えた夜気が頬を打った。

 白耀の塔を見上げる。月の下、細く高く、何も知らぬ顔でそこに立っている。


 あの塔の上にいる姫もまた、何を背負わされているのか、きっとまだ知らない。


 ぽと。


 音は止まない。


 レオニスは目を細めた。

 まだ足りない。断片ばかりだ。

 だが、この先を知らなければならない。


 夜の回廊を歩き出す。

 雨だれの音は、警鐘のようでもあり、どこかへ続く水脈のようでもあった。

 レオニスはまだ、その行き着く先を知らない。

 ただ、その先に答えが埋まっていることだけが、今は妙にはっきりしていた。


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