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第9話 その代償をアリスは否定しない

水中。


深い、青。


音が遠い。


アリスは息を止める。


反射的に。


胸が苦しくなる。


限界。


顔が歪む。


もがく。


「なに面白い顔してるの」


横で、猫が笑う。


「むー!むー!」


必死に訴える。


「息できるよ?」


「……?」


ゆっくりと、


吐く。


吸う。


「……ほんとだ」


もう一度。


吸う。


吐く。


「目も染みない」


水の中なのに、


水じゃないみたいに、


自然に呼吸できる。


「海の中みたい」


ふと、自分を見る。


服が変わっていた。


水色と白。


軽い布。


「ご丁寧に水着まで」


軽く足を動かす。


進む。


「それに」


「歩くみたいに泳げる」


「それもサービスだよ」


猫が肩にしがみつく。


アリスは少しだけ笑う。


泳ぐ。


ゆっくり。


その時。


声。


洞窟の奥から。


「ねえ、私は人間の男の人、あの人と結ばれたいの。素敵な人だった」


アリスは止まる。


視線を向ける。


洞窟の中。


人魚。


長い髪。


揺れる尾ひれ。


向かい合う影。


「分かっていたよ」


「でも人間界は危険」


「それにアタシの魔法にはそれなりの代償がある」


「代償?」


アリスの目が、わずかに細くなる。


「1つ、あんたの1番美しいもの」


間。


「その声を差し出してもらう」


アリスの指が、止まる。


「1つ、足が生えても歩くのはとても辛い」


「1つ、王子があんた以外と結ばれたら」


少しだけ、


空気が重くなる。


「あんたは泡となって消える」


「消えるって……そんな」


「どうするんだい?」


「足を生やせるのはここいらじゃアタシくらいだと思うけど」


沈黙。


人魚姫は目を閉じる。


「……分かったわ」


アリスの視線が動く。


「お願い」


魔法。


声が、抜ける。


見えない何かが、


喉から引き剥がされる。


尾ひれが裂ける。


形を変える。


足になる。


人魚姫が震える。


「……!」


声は出ない。


でも。


笑っている。


「いいんだよ、助け合いさ」


魔女が笑う。


人魚姫は洞窟を出る。


ふらつく足。


不安定な動き。


それでも、


前へ。


上へ。


アリスと猫は、それを見ている。


「……ひどい代償」


ぽつりと漏れる。


「おかしいかい?」


アリスは少し考える。


「魔法って言われると、なんともね」


視線は人魚姫の背中。


「むしろ納得かも」


「無償でくれる方がおかしいでしょ」


猫が笑う。


「アリスは夢がないね」


「あるよ」


すぐに返す。


「信じてないだけ」


少しの沈黙。


アリスは泳ぎ出す。


上へ。


「行くの?」


「行くでしょ」


短く。


「どうなるか、見たいし」


水面が近づく。


光が強くなる。


その中で、


アリスは小さく呟く。


「……でもさ」


ほんの少しだけ、


眉を寄せる。


「声まで捨てる必要、ある?」


少しだけ、間。


「それ、本当に同じ“代償”?」


答えはない。


ただ、


泡がゆっくりと上がっていくだけ。


アリスは水面を抜けた。


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