第8話 それでもアリスは否定する
衣装部屋。
静かだった。
さっきまでの血の匂いも、
泣き声も、
何もない。
ただ、布の擦れる音だけがある。
アリスは服の並びの中を歩く。
指で、軽く触れる。
止まる。
「……ねぇ」
肩の上の猫が、ゆらりと揺れる。
「なんだい」
「あたし」
少しだけ間を置く。
「こんなに言うタイプじゃなかったのに」
猫が首を傾げる。
「どういうこと?」
アリスは視線を落とす。
服の裾を指でつまむ。
「確かに気になるし」
「変だなって思うことはあったけど」
少しだけ笑う。
苦い。
「普段は、流れに合わせてた」
間。
「今はなんか」
「自然と口に出ちゃうけど」
猫がじっと見る。
「不思議だね」
「……それで誤魔化してる?」
すぐに返す。
猫は、少しだけ笑う。
「誤魔化しててもいいじゃないか」
一拍。
「それもアリスだ」
沈黙。
アリスは何も言わない。
少しだけ、眉が寄る。
「……ほんとに?」
ぽつりと落ちる。
猫は答えない。
ただ、笑っている。
少しだけ歩く。
「ねぇ」
「ん?」
「赤ずきん」
言葉を選ぶ。
「……あれ、正しかったと思う?」
猫はすぐには答えない。
「どっちの?」
「……」
少しだけ、言葉に詰まる。
「どっちも」
猫が、くすっと笑う。
「いい質問だね」
「でしょ」
軽く返す。
でも、
視線は逸らしたまま。
猫は言う。
「正しいかどうかなんて」
少しだけ間を置いて。
「誰も決めてないよ」
アリスは小さく息を吐く。
「……だよね」
納得したような、
してないような。
「でもさ」
続ける。
「あのまま何も言わなかったら」
少しだけ、目を細める。
「もっと気持ち悪かったと思う」
猫が笑う。
「それが答えじゃない?」
沈黙。
アリスは何も言わない。
少しだけ、
拳を握る。
すぐに、緩める。
「……じゃあさ」
顔を上げる。
「次も、そうする」
決めたように。
でも、
ほんの少しだけ、
迷いを残したまま。
猫が、扉を指す。
「次、行こうか」
「今度はどんな話?」
「さあね」
少しだけ笑う。
「きっとまた」
「おかしいよ」
アリスは肩をすくめる。
「だろうね」
それでも、
迷いなく歩く。
扉の前に立つ。
一瞬だけ、
止まる。
ほんの一瞬だけ。
それから。
開けた。
光。




