第6話 その信頼をアリスは否定する
家の中。
暖炉が、ぱち、ぱちと音を立てている。
空気は暖かいのに、どこか息苦しい。
赤ずきんはバスケットを机に置き、
ベッドへと、少しだけ近づいた。
「お婆さん、どうしてそんなにお耳が大きいの?」
「それはね、お前の声がよく聞こえるようにだよ」
「お婆さん、どうしてお目目がそんなに大きいの?」
「それはね、お前のことをよく見られるようにだよ」
「お婆さん、どうしてそんなにお手手が大きいの?」
「それはね、お前を抱きしめられるようにだよ」
「お婆さん、どうしてそんなにお口が大きいの?」
「それはね、お前を──」
「待った」
空気が止まる。
「食べ──え?」
「ちょっと待って」
「いや食べ──」
「待ってって」
赤ずきんが振り返る。
「青ずきんさん?」
アリスは一歩前に出る。
視線は、ベッドの上。
それから赤ずきんへ。
「それ、本当に信じてる?」
「う、うん……お婆さんが言ってる事だもん」
間。
「嘘つかない」
「……そいつ、さっきの狼でしょ」
ベッドの中の“それ”が固まる。
「え、いや」
赤ずきんは、少しだけ目を伏せる。
「……うん」
小さな声。
「ええ!?」
狼が素で驚く。
「なんで信じるの」
静かに。
でも、逃がさない声。
「優しくて、いい人だった」
「綺麗なお花を教えてくれた」
「お婆さんが喜ぶって」
「……だから」
「無防備すぎ」
赤ずきんの肩が揺れる。
「そもそもさ」
「お母さんに言われてたでしょ」
「寄り道するな」
「知らない人には気をつけろ」
「……うん」
「守ってないよね?」
言葉が重なる。
「お母さんの言いつけは無視して」
「会ったばかりの相手の言うことは聞く」
一歩近づく。
「順番、逆でしょ」
赤ずきんは俯く。
何も言えない。
視線が横に流れる。
今度はベッド。
「……あとさ」
「狼も狼」
「は、はい」
「騙す気ある?」
「その格好」
「鏡見た?」
「いや……」
少しだけ、呆れたように息を吐く。
「大体さ」
「あの時に食べなよ」
「お婆さんなんて、いつでも食べれるでしょ」
「その、デザートにって……」
「は?」
短い一言。
狼が完全に縮こまる。
「……ごめんなさい」
少しの沈黙。
アリスは赤ずきんを見る。
まっすぐに。
「ねえ」
「結局さ」
「何も考えてないだけでしょ」
空気が、わずかに軋む。
「信じて」
「食べられて」
「助けられる」
指を軽く立てる。
「全部“受け身”」
「自分で何も選んでない」
赤ずきんの瞳が揺れる。
「信じるだけなら楽だよね」
「疑わなくていいし」
「傷つかないし」
少しだけ、間を置く。
「でもそれ」
「思考放棄だよ」
その言葉が落ちた瞬間。
何かが、ひび割れた。
赤ずきんの目から、
涙が落ちる。
いや、
それはもう涙じゃない。
歪み。
赤い頭巾が、溶けるように広がる。
布ではない。
影でもない。
意思を持った“何か”。
狼の体に絡みつく。
締め上げる。
呑み込む。
「え、ちょ、ま──」
声は途中で潰れる。
膨張。
変形。
融合。
現れる。
赤い頭巾を被った、巨大な狼。
腹が、膨れている。
中に、
“いる”。
赤ずきんが。
内側から、ぼんやりと見える。
「信じた」
「だから食われた」
「信じたのが悪い」
それが、口を開いた。
アリスはそれを見上げる。
少しだけ、間。
「……やっぱり」
「気持ち悪い」




