第45話 その選択を愛は肯定する
中学生の頃。
お母さんが死んだ。
事故。
そう聞いた。
悲しかった。
寂しくなるから。
家が、
少し広くなった気がした。
お父さんは、
沢山泣いていた。
声を上げて、
何度も。
私はその背中を見ていた。
(悲しいよね)
そう思った。
お父さんは、
とても優しい人だった。
なんでも許してくれる。
なんでも受け入れてくれる。
怒らない。
否定しない。
だから、
好きだった。
でも。
それからのお父さんは、
静かだった。
泣かなくなって。
笑わなくなって。
生きてるのに、
どこか死んでるみたいだった。
⸻
私は高校生になった。
夏。
暑い日。
家に帰る。
誰もいない家。
ご飯を作る。
お風呂に入る。
いつも通り。
特別なことはない。
寝ようとしたとき。
声がした。
「愛」
振り向く。
お父さん。
少しだけ、
笑っている。
「たまには一緒に寝ようか」
私は驚いた。
でも。
(あ、元気になったんだ)
少し嬉しかった。
「うん」
頷く。
布団を並べる。
隣に寝る。
久しぶりに、
人の気配が近い。
安心する。
目を閉じようとしたとき。
腕を掴まれた。
強い。
息が、
近い。
荒い。
視線を上げる。
お父さん。
様子が、
違う。
近い。
触れてくる。
顔が、
押し付けられる。
熱い。
「……あ」
その瞬間。
理解する。
(寂しかったんだ)
お母さんがいなくなって。
一人で。
ずっと。
(そうだよね)
(分かるよ)
(それも本当だよね)
でも。
涙が出る。
止まらない。
(……ああ)
(私は)
(嫌なんだ)
はっきりと、
分かる。
(これも本当だ)
(どっちも本当)
一瞬。
止まる。
でも、
迷わない。
近くにあったものを掴む。
ペン。
突き出す。
悲鳴。
音が響く。
それでも、
止まらない。
もう一度。
何度も。
離れる。
息を整える。
キッチンへ行く。
包丁を持つ。
戻る。
あとは、
簡単だった。
⸻
静かになる。
部屋。
何も動かない。
私はそれを見る。
少しだけ、
息を吐く。
「……うん」
小さく頷く。
(お父さんのやりたいこと)
(ちゃんと分かるよ)
(寂しかったんだよね)
一拍。
(でも)
視線を落とす。
「私のやりたいことじゃなかった」
はっきり言う。
誰もいない部屋で。
「どっちも本当なら」
少しだけ考える。
「選ぶしかないよね」
静かに。
「私は私を一番肯定してるから」
少しだけ笑う。
「ごめんね?」
お父さんだったものを、
壁際に寄せる。
邪魔にならないように。
布団に戻る。
横になる。
目を閉じる。
「おやすみ」
すぐに眠る。




