第43話 その期待を有栖は信じない
小学生の頃。
私は、
勉強ができた。
テストは100点。
90点の方が珍しいくらい。
答案用紙を持って帰る。
玄関。
靴を脱いで、
すぐに見せる。
「見て」
母が振り向く。
少しだけ目を細める。
「凄いね」
やわらかい声。
笑っている。
優しい顔。
――そう見える。
でも。
子供ながらに思った。
(嘘だ)
(そんな顔じゃない)
なんでかは分からない。
でも、
そう思った。
この程度のことで、
本当に喜んでるわけがない。
(バカにしてるみたい)
そう見えた。
それでも、
私はまた持っていく。
次も。
その次も。
「凄いね」
同じ言葉。
同じ笑顔。
変わらない。
(……またそれ)
少しずつ、
ズレていく。
少しずつ、
届かなくなる。
⸻
私は、
運動もできた。
運動会。
リレー。
バトンを受け取る。
前に何人もいる。
でも、
抜ける。
一人。
また一人。
歓声が上がる。
ゴール。
一番。
クラスが騒ぐ。
「すげー!」
「ヒーローじゃん!」
囲まれる。
でも、
探しているのは、
そこじゃない。
視線を動かす。
観客席。
親。
見つける。
走る。
近づく。
「見てた?」
息を切らしながら。
母が頷く。
「凄いね」
また、
それだった。
同じ声。
同じ笑顔。
(……違う)
(違うでしょ)
何が違うのかは、
分からない。
でも、
これじゃない。
欲しかったのは、
これじゃない。
(もっと)
(ちゃんと見てよ)
一瞬だけ、
喉まで出る。
でも。
言わない。
言えない。
そのまま、
飲み込む。
⸻
私は、
親に褒めてほしかった。
先生でも、
友達でもなく。
親に。
認められたかった。
でも。
それは、
一度も感じられなかった。
決して、
厳しい人じゃなかった。
怒られることも、
ほとんどなかった。
優しかったと思う。
たぶん。
でも。
(無関心)
そう思った。
そう思う方が、
楽だった。
⸻
中学生の頃。
母が病気で死んだ。
父も、
事故で死んだ。
葬式。
人が泣いている。
声が響く。
私は、
立っていた。
何も感じなかった。
涙も出なかった。
(……ああ)
それだけ。
終わり。
⸻
おばあちゃんは、
優しかったと思う。
話しかけてくれた。
気にかけてくれた。
でも。
その頃にはもう、
私は何も言わなくなっていた。
話す意味がない。
どうせ、
届かない。
⸻
努力しても、
意味がない。
頑張っても、
意味がない。
正しくても、
意味がない。
だったら。
一拍。
(期待する方が無駄)
少しだけ間。
(否定する方がマシ)
小さく、
そう思った。
それから、
ずっと。
綺麗事を、
否定し続けている。




