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第4話 その歪みをアリスは砕く

ひび割れたガラスの靴。


その亀裂の奥で、


何かが蠢いた。


「……嘘」


空気が歪む。


床が軋む。


透明な“それ”が、


ゆっくりと形を持ち始める。


人の輪郭。


だが中身は空洞。


その内部に、


ぼやけた王子の影が揺れている。


無数の“足”。


形の違う足が、いくつも、いくつも生えている。


「……あれ何?」


肩の上で、猫が笑う。


「あれは歪みそのものだよ」


「この世界の歪みが具現化したものさ」


「歪み……」


それは、ゆっくりと顔を上げた。


「合わない」


「違う」


「合わない」


「お前じゃない」


足が、床を叩く。


ガラスの音が鳴る。


アリスは一歩引いた。


「ねぇ、武器とかないの?」


「それじゃあこんなのはどう」


ぽん、と。


何もない空間から、


巨大なハンマーが落ちてきた。


身の丈ほどの大きさ。


重い。


だが、持てる。


アリスはそれを握る。


「……砕くなら丁度いいかもね!」


踏み込む。


地面を蹴る。


跳ぶ。


振りかぶる。


そして、


思い切り叩きつけた。


ガァンッ!


歪みの体が砕け散る。


破片が舞う。


透明な欠片が宙を飛ぶ。


「いける!」


しかし。


その破片が、


逆流するように集まり、


元の形へ戻る。


「……嘘ぉ!?」


猫がくすくす笑う。


歪みが、ゆっくりと向き直る。


「合わない」


「合わない」


「合わない」


次の瞬間。


無数の足が、アリスへ伸びる。


速い。


アリスは咄嗟にハンマーを構える。


ガキンッ!


衝撃。


腕が痺れる。


「っ……!」


足が絡みつくように迫る。


狙いは、足。


掴んで、合わせるために。


「合わない」


「合わない」


「合わない」


アリスは振り払う。


叩く。


砕く。


だが、


砕くたびに、再生する。


「チェシャ!」


息を切らしながら叫ぶ。


「これどうにかするんじゃないの!?」


猫は楽しそうに答える。


「僕らはどうにもできないね」


「この世界の主人公は僕らじゃないから」


「……主人公」


その言葉で、


アリスの視線が動く。


シンデレラ。


その場に立ち尽くしている。


「……そうか」


アリスは歪みを思い切り殴り飛ばす。


一瞬だけ距離を作る。


そして、走る。


シンデレラの元へ。



「ねぇ、シンデレラ」


「やめて──」


「やめない」


即答だった。


「……あんたは何も選んでない」


シンデレラの肩が震える。


「私は我慢したの…」


絞り出すような声。


「嫌がらせも、なにもかも……だから─」


アリスは遮る。


「報われる運命とか都合いいこと言わせない」


静かに言い切る。


「…そりゃね」


「王子様と結婚すれば、お金持ちになるだろうしさ」


「そういう幸せもあると思うよ」


少しだけ間を置く。


「でもさ」


視線を向けさせる。


「相手を見なよ」


シンデレラの目が、


ゆっくりと歪みへ向く。


ガラスの塊。


歪んだ人型。


中にいる王子の影。


「……」


息が詰まる。


「……あれが王子様」


アリスの声が落ちる。


シンデレラは言葉を失う。


「何も見てない」


「誰でもいい」


「“合うかどうか”だけ」


「……あれと結婚して」


「幸せになれる?」


静寂。


「私は、なれないと思う」


シンデレラの瞳が揺れる。



「シンデレラ」


「選択して」



「私、は……」


声が震える。


怖い。


でも。


目を逸らさない。


「……王子様」


ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「私は、私を見ないあなたとは」


一歩、後ろに下がる。


「一緒に、なれません」



「合わ、ない……?」


歪みが止まる。


体が軋む。


ヒビが走る。


「合わない……?」


そのまま、


崩れ始める。


ガラスが砕ける。


音を立てて、


崩壊していく。


中にいた影が、


ほどける。


そして。


そこに残ったのは、


一人の男。


王子だった。



静寂。


風が吹く。


舞踏会の音も、


もうない。


アリスはハンマーを肩に担いだ。


「……終わったね」


猫が笑う。


「うん、ちゃんと終わった」


王子は、その場に崩れ落ちていた。


震える声で、呟く。


「……不敬だ……」


顔が歪む。


「王族を、拒むなど……」


ゆっくりと顔を上げる。


その目には、怒りだけがあった。


「捕らえろ」


空気が変わる。


衛兵が動く。


シンデレラの腕が掴まれる。


「え……?」


「やめて──!」


引きずられる。


地面を擦る音。


「離して!私は──」


言葉は最後まで届かない。


そのまま、連れて行かれる。


誰も止めない。


誰も疑問を持たない。


それが当然だから。



場に、静寂が戻る。


アリスはそれを見ていた。


ただ、見ていた。



「……ねぇ」


肩の上で、猫が揺れる。


「おかしいって言わないの?」


少しの間。


それから、アリスは言う。


「別に」


「……これは、おかしくないでしょ」


視線は動かない。


「王子は王族で」


「逆らえば罰」


「普通の話」


猫が、少しだけ笑みを深める。


「冷たいね」


「そう?」


アリスは肩をすくめる。


「現実でも似たようなもんじゃん」


「立場が上の人に逆らったら、どうなるかなんて」


「わかりきってる」


少しだけ間。


「それでも選んだんでしょ、あの子」


「だったら」


「そういう結末も、込みでしょ」



風が吹く。


さっきまでの“物語”の空気は、もうない。



「……じゃあ、終わりだね」


猫が言う。


「うん」


アリスはあっさり頷く。


「終わり」


少しだけ、考えて。


「つまんないけど」



猫が、扉を指す。


「次、行こうか」


「次はきっと楽しいよ」


アリスは軽く息を吐く。


「信じてないよ」


それでも、


迷いなく扉に手をかける。



開く。


光。


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