第3話 その証明をアリスは信じない
「そんなのおかしいよ」
静かな声だった。
だがその一言で、場の空気が止まる。
王子がゆっくりと視線を向ける。
「……何がおかしいと言うんだ?」
アリスは迷いなく答える。
「おかしい」
一歩、前に出る。
視線は、シンデレラの足元へ。
「その靴」
ガラスの靴を指さす。
「その靴に合うから、この人だ、なんて」
「どうして言えるの?」
「何を─」
王子が言いかける。
だがその前に、
「同じ足の大きさの人なんて、いくらでもいるでしょ」
言葉が重なる。
周囲がざわつく。
アリスはそのまま、シンデレラの前に立った。
「どいて」
戸惑うシンデレラ。
「え、あ…」
ゆっくりと靴を脱ぐ。
アリスはそれを受け取り、
そのまま、自分の足を入れる。
ぴたりと収まった。
(……よかった)
内心で、ほんの少しだけ息をつく。
だが表には出さない。
アリスは顔を上げた。
「……ほらね」
王子の目が見開かれる。
「おぉ…ではキミが?」
その言葉に、
アリスは露骨に呆れた顔をした。
すぐに靴を脱ぐ。
シンデレラが声を上げる。
「待ってください!」
手に握られているもの。
もう片方のガラスの靴。
「私なんです!」
王子が息を呑む。
「それは─!」
アリスは冷めた目でそれを見る。
「盗んだの?」
「え……?」
「そんなわけない!」
即座に否定するシンデレラ。
「それって本当にあなたのもの?」
「どこで買ったの?」
言葉が詰まる。
言えるはずがない。
魔法で与えられたものだなんて。
「……」
沈黙。
アリスは小さく息を吐いた。
「この靴は、証明にならない」
その瞬間。
パキ、と。
小さな音が鳴る。
ガラスの靴に、細いヒビが入った。
ざわめきが広がる。
⸻
アリスは視線を王子へ移す。
「それと王子様」
「そもそも条件おかしいよね」
「条件…?」
「この靴に合う人って条件」
王子は言葉を探す。
「しかし、私が踊ったのはこの靴を履いていた者で」
アリスは即座に返す。
「手を繋いで踊って、覚えてるのは靴だけ?」
空気が揺れる。
「確かに……」
「言われてみれば……」
小さな声が広がる。
アリスは淡々と続ける。
「声は?」
「顔は?」
「ドレスの色は?」
「髪の色は?」
王子の表情が固まる。
「私は─」
思い出そうとする。
声。
顔。
笑った瞬間。
確かにそこにいたはずなのに。
輪郭がぼやける。
何も掴めない。
残っているのは、
ガラスの靴だけ。
「……」
アリスが言う。
「覚えてないんだね」
静かに。
「一晩、他の女の子も見ずに踊った相手なのに」
「違う…そんなはずは」
王子の声が揺れる。
「靴だけだよ、覚えてるの」
「人じゃなくて、靴」
王子の手が震える。
「私は─」
⸻
「私です…私なんです!」
シンデレラが前に出る。
必死に言葉を紡ぐ。
「本当に私で…」
「王子様、覚えていらっしゃいませんか?私の顔を、私の声を」
王子が顔を上げる。
「確かに、そんな声だった…」
わずかな希望。
だがその瞬間。
「──あんたもあんただよね」
アリスの声が割り込む。
シンデレラが息を止める。
「え……?」
「今のが、たった一つ」
「たった1歩目」
淡々と告げる。
「1歩目の勇気」
「灰かぶりって呼ばれてた」
「でも我慢してました、いい子です」
少しだけ間を置く。
「……あんたにも原因あるんじゃないの」
横から声が上がる。
「そ、そうよ!あんたがムカつくか─」
「うるさい」
一瞬で切り捨てる。
「……あんた達が悪いのは別に変わってないから黙って」
言葉が止まる。
空気が凍る。
アリスは視線を戻す。
「シンデレラ」
「……あんたが王子を選ぶ理由は何?」
沈黙。
「見つけてくれたから?」
「優しくしてくれたから?」
「それだけ?」
シンデレラの唇が震える。
言葉が出ない。
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アリスは手元の靴を見る。
ヒビが広がっている。
「これさ」
「証明にならないよ」
静かに言う。
「都合のいい道具」
「綺麗事の物語の為のね」
「やめろ─!」
「やめて─!」
王子とシンデレラの声が重なる。
ヒビが、音を立てて広がる。
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肩の上で、
猫が楽しそうに笑う。
「いいね、壊れてきたね」
アリスは小さく息を吐く。
「…別に」
「気持ち悪いことに気持ち悪いって言っただけ」
猫は目を細める。
「でもね」
「まだ終わってないよ」
「え?」
「ここからが本番」
「物語には終わりがないとね」
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ひび割れた靴の中で、
何かが、蠢いた。




