第2話 その綺麗な結末をアリスは認めない
音楽が流れている。
広い庭。
煌びやかな灯り。
王子に手を引かれ、
一人の少女がゆっくりと階段を上がっていく。
ドレスが揺れる。
視線が集まる。
完璧な光景。
アリスはそれを見上げていた。
「……やっぱり、おかしくない…?」
肩の上で、猫がくすりと笑う。
「おかしいってなにが──」
「そうよ、おかしいわ!」
横から声が飛ぶ。
アリスは驚いて振り向いた。
豪華なドレスの女が二人。
その後ろに、気の強そうな女性。
「私達こんなに素敵なドレスを新調したのに、相手にもされないなんて!」
「ほんとよ!」
アリスは一瞬だけ言葉に詰まる。
(……あ)
視線が自分に向く。
「あなたもそう思うわよね!?」
逃げ場はない。
少しだけ間を置いて、
「え─あぁ、はい。思います、ね」
自然に答える。
「ねぇそうよねぇ」
満足したように頷く二人。
そのまま、恨み言が続いていく。
アリスはそれを聞きながら、
ぼんやりと彼女たちのドレスを見る。
(……別に)
(おかしくはないよね)
(これくらい言うくらい)
(普通でしょ)
「どこの誰だか知らないけど、王子様と踊れるだなんてなんて憎たらしい!」
声は止まらない。
アリスは目を伏せる。
(……また嘘をついた)
でも、仕方ない。
合わせるのは普通のこと。
空気を読む。
それは、必要なことだから。
⸻
気づけば、
人は減っていた。
音楽も、弱くなっている。
さっきの三人も、もういない。
アリスは少しだけ場所を移した。
柱の影。
そこから、踊る二人を見る。
王子と、あの少女。
綺麗で、
完璧で、
まるで作られたみたいに。
──カン、カン、カン
鐘の音。
シンデレラの動きが止まる。
次の瞬間、
慌てたように駆け出した。
ドレスが揺れる。
階段を降りる。
王子が追う。
「待ってくれ!」
間に合わない。
そのまま、
屋敷の外へ。
その途中。
ガラスの靴が片方、落ちた。
王子がそれを拾う。
名前も、
素性も、
何も知らないまま。
舞踏会は終わる。
⸻
外に出る。
人の気配がなくなる。
裏口。
夜の空気。
そのまま歩くと、
景色が変わった。
衣装部屋。
最初にいた場所。
「楽しかったね」
肩の上で猫が笑う。
「全然」
即答だった。
猫は気にした様子もない。
「そういえば、なにがだい?」
「なにが?」
「“おかしい”とアリスはいったよね」
アリスは少し考える。
それから、口を開いた。
「……この舞踏会ってさ」
「未婚女性が呼ばれてるんだよね」
「そうだよ。王子の結婚相手を探すための舞踏会」
アリスはため息をつく。
「おかしいでしょ」
猫が首を傾げる。
「どうしてだい?」
「王子って、いずれ王になるんでしょ」
「国を背負う立場になる」
少し間を置く。
「なのに」
「その妃を、一夜だけで決めるの?」
「ちゃんと話して」
「ちゃんと見て」
「それで判断するべきじゃない?」
静かな声。
感情は強くない。
ただ、事実を並べているだけ。
猫が笑う。
「選ばれなかったから嫉妬してるの?」
アリスは即座に否定した。
「違う」
「こんな都合のいい展開」
「くだらないって言ってんの」
猫の口元が歪む。
「だったら──」
少し間を置いて、
「“否定”する?」
「……え?」
問い返す前に、
猫は扉を指した。
「さぁ次に行こう」
「次はきっと楽しいから」
アリスは小さく息を吐く。
「……期待はしないでおくね」
扉を開ける。
⸻
次に立っていたのは、
見覚えのある家の前だった。
扉。
壁。
構造。
さっきの少女の家。
アリスの服が変わっている。
青のワンピース。
白いフリル。
考える暇もなく、
声が響く。
「このガラスの靴に足がぴったり合う者をお妃に迎える!」
王子。
靴を掲げている。
人が集まる。
女たちが群がる。
履く。
きつい。
入らない。
無理やり押し込む。
「あなたは違うようだ」
繰り返される。
同じ流れ。
遅れて、
あの少女が現れる。
汚れた服。
控えめな立ち姿。
「そこの者、履いて見せよ」
王子が言う。
周囲がざわつく。
「この灰かぶりのわけがない!」
「さっさと終わらせて!」
少女は怯えながら、
それでも靴を履く。
ぴったり。
王子の顔が明るくなる。
「おぉ…!」
「ついに見つけた!」
「私の探し求めていた人だ!」
歓声。
拍手。
祝福。
完璧な結末。
その瞬間。
アリスの中で、
何かが、はっきりとした。
(やっぱり)
(おかしい)
猫の声が頭に響く。
“否定する?”
アリスは一歩前に出た。
人の間を抜ける。
止める者はいない。
誰も、彼女を見ていない。
シンデレラが振り向く。
「あら?あなたは…?」
アリスはまっすぐに見た。
そして、
言った。
「そんなのおかしいよ」
その言葉は、
まっすぐに。
この世界そのものを否定した。




