第1話 そのつまんない綺麗事をアリスは否定する
昼休み。
教室はいつも通り騒がしい。
「ねえねえ、あの俳優さんマジでかっこよくない?」
「わかる!ああいう人に見つけてもらいたいんだけど!」
「シンデレラみたいにさー」
軽い笑い声。
どこにでもある会話。
窓際の席で、アリスは頬杖をついていた。
「アリスもそう思うよね?」
不意に名前を呼ばれる。
少しだけ間を置いてから、
「……うん、いいよね」
自然に返す。
空気を壊さないための、ちょうどいい返事。
「でしょー!」
会話はまた元に戻る。
アリスは視線を窓の外へ逃がした。
(……見つけるって、何)
(顔も知らないのに?意味わかんないって)
小さく息を吐く。
でも、口には出さない。
(まあ、いいか)
(そういう話なんでしょ)
童話なんて、まともに読んだことはない。
どうせ最後はうまくいく。
そんな都合のいい話。
⸻
放課後。
人の少ない帰り道。
風が少し強い。
アリスはひとりで歩いていた。
「……」
ふと、足が止まる。
違和感。
視線を落とす。
影。
いつも通りのはずなのに、
ほんの少しだけ、遅れていた。
「……なにこれ」
次の瞬間。
ぐにゃり、と。
世界が歪む。
地面が消える。
落ちる。
掴めるものは何もない。
「……嘘」
音も、光も、
全部が崩れる。
⸻
柔らかい感触。
ゆっくりと目を開ける。
見慣れない天井。
見慣れない部屋。
鏡と、並べられたドレス。
色とりどりの衣装。
「……ん、あれ、ここは?」
体を起こす。
「夢…?」
「夢かもしれないし、夢じゃないかもしれない」
声がした。
反射的に顔を上げる。
そこにいたのは、
紫のシマシマの猫。
口元を歪めて笑っている。
「……猫?ってか喋ってる」
「僕はね、チェシャって呼ばれてるよ」
「う、うん」
まだ状況が追いつかない。
「アリスを案内してあげるのが僕の役目」
「そう、なんだ……って、何この服!髪も長い!」
鏡に映る自分を見て、思わず声が出た。
白い髪。
膝まで伸びた長さ。
見慣れない青のワンピースに白のフリル。
一歩、後ずさる。
「……なにこれ」
「こんなんじゃコスプレじゃん…」
「サービスだよ」
「なんの!?」
猫は楽しそうに笑う。
「似合ってると思うけど?」
アリスは一瞬だけ視線を逸らした。
「そう?嘘でも嬉しいね」
「本当なのに」
にやりと笑う。
少しだけ言葉に詰まる。
「……案内って、どこ行くの?」
猫は器用に肩へ飛び乗る。
「色んなとこだよ」
「きっとアリスは楽しいよ」
「扉は1つ、案内不要だった?」
視線を向ける。
部屋の奥の扉。
「いや、流石に不安だからお願い…」
ゆっくりと手をかける。
一度だけ息を整えて、
扉を開けた。
⸻
光が溢れる。
視界が真っ白に染まる。
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抜けた先は、
広い庭だった。
豪華な屋敷。
煌びやかな灯り。
流れる音楽。
ドレスを纏った人々。
「なに、ここ?ってうわ!」
気づく。
自分の服が変わっている。
白と水色のドレス。
「舞踏会だよ」
肩の上の猫が言う。
「アリスは踊れる?」
「なんで舞踏会…」
「踊るなんて、小学校のフォークダンス以来だよ?」
「大丈夫、心配ないよ」
少しだけ間を置いて、
猫が指を差す。
「あ、ほら見て、あれが」
アリスはその先を見る。
人の流れの中心。
一際目立つ少女。
光を集めるような存在。
綺麗で、
自然と目を奪われる。
「この世界の主人公、シンデレラだ」
アリスは目を細める。
(あれが)
しばらく見つめる。
完璧に見える。
だからこそ。
違和感が、引っかかる。
アリスは小さく呟いた。
「やっぱり……おかしくない…?」




