第39話 その温もりをアリスは奪う
歪みが、軋む。
黒い影。
細く、
歪んだ身体。
伸びる腕。
空を掴む。
何もない。
「さむい」
「さむい」
「さむい」
声が重なる。
空気が凍る。
地面に霜が走る。
温度が、落ちる。
アリスはそれを見ている。
動かない。
「チェシャ」
小さく呼ぶ。
猫が笑う。
「はいはい」
指を鳴らす。
乾いた音。
アリスの手に、
何かが宿る。
冷たい。
息が白くなる。
指先が痺れる。
アリスは眉をひそめる。
手を開く。
氷。
透明な結晶。
そこから、
冷気が流れ出す。
「……冷気……って」
小さく呟く。
肩をすくめる。
「私も寒いんだけど」
チェシャ猫がにぃと笑う。
「現実でしょ?」
アリスは一瞬だけ黙る。
それから、
小さく顔をしかめる。
「……都合悪い」
不機嫌そうに呟く。
でも、
次の瞬間にはもう、
表情が消えている。
歪みが動く。
「さむい」
腕が伸びる。
掴もうとする。
温もりを求めて。
アリスは避けない。
そのまま、
一歩踏み出す。
足元が凍る。
白く広がる。
「寒いよ」
静かに言う。
歪みが止まる。
「……え」
アリスは続ける。
「ずっとそうだったでしょ」
一歩。
「何もない」
さらに一歩。
「暖かくなんてない」
歪みが震える。
「ちが」
「ちがう」
「あったもん」
「暖かかったもん」
アリスは止まらない。
むしろ、
踏み込む。
「それ、全部」
手をかざす。
冷気が強まる。
「勘違い」
一気に広がる。
氷。
地面を覆う。
空気が刺さる。
歪みの身体が、
凍りつき始める。
「やだ」
「さむい」
「やだ」
必死に動く。
氷を砕こうとする。
でも。
砕けない。
凍る。
ゆっくりと。
確実に。
アリスが近づく。
逃げ場はない。
「温もりなんてないよ」
目の前で言う。
「最初から」
歪みの動きが止まる。
声が、途切れる。
「……さむい」
最後の声。
アリスはそれを聞く。
一瞬だけ、
視線を落とす。
でも。
「だから」
小さく言う。
手を握る。
氷が、収束する。
一点に。
歪みの中心へ。
「いらないでしょ」
ひびが入る。
音もなく広がる。
全身に。
そして。
砕ける。
氷ごと、
歪みが崩れる。
粉々に。
白い粒となって、
雪に混ざる。
静寂。
風が吹く。
何も残らない。
ただ、
冷たい夜だけがある。
アリスはそれを見る。
少しの間。
それから、
小さく呟く。
「……ね」
一拍。
「寒いでしょ」




