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第38話 その救いをアリスは砕く

炎が揺れる。


小さな火。


でも、


その中だけは違う。


暖かい。


柔らかい光。


暖炉。


ぱちぱちと薪が弾ける音。


少女はその前に座っている。


手をかざす。


指先が、


溶けるように温まる。


「……あったかい」


小さく呟く。


頬が緩む。


肩の力が抜ける。


凍えていた身体が、


ゆっくりほどけていく。


アリスはそれを見ている。


外側から。


雪の中で。


冷たい空気の中で。


「それ」


静かな声。


炎が、揺れる。


少女が顔を上げる。


光の中から、


アリスを見る。


「それ、現実じゃないよ」


一瞬。


暖炉の音が、止まる。


「……え?」


少女の声が揺れる。


炎が、


小さくなる。


部屋の輪郭が、


歪む。


壁が、


薄くなる。


アリスは一歩、踏み込む。


雪を踏む音が、


幻想の中に混ざる。


「ただの火だよ」


淡々と。


「外、見てみなよ」


少女の視線が揺れる。


暖炉と、


アリスと、


その向こう。


現実。


冷たい夜。


雪。


薄い服。


震える自分。


「……ちが」


言い切る前に、


炎が消える。


ぱち、と音を立てて。


闇。


少女が息を呑む。


寒さが戻る。


一気に。


肩が震える。


「……さむい」


その声は、


さっきよりも弱い。


アリスはわずかに目を細める。


でも、


止まらない。


少女はまた、


マッチを握る。


次の一本。


擦る。


火。


光。


今度は、


食卓。


白い皿。


湯気の立つ料理。


パン。


スープ。


肉。


温かい匂い。


少女の目が輝く。


「……すごい」


手を伸ばす。


触れようとする。


その瞬間。


「それもない」


アリスの声。


すぐそばで。


少女が固まる。


「全部、ないもの」


「作ってるだけ」


現実を、


なぞるように。


「あると思ってるだけ」


皿が歪む。


湯気が揺れる。


料理の輪郭が、


崩れる。


「……やめて」


少女の声が震える。


アリスは止まらない。


「食べてないでしょ」


「ずっと」


沈黙。


その一言で、


全部が崩れる。


皿が割れる。


音もなく。


消える。


光が消える。


少女の手は、


空を掴む。


何もない。


寒い。


「……なんで」


小さく呟く。


アリスは答える。


「意味がないから」


静かに。


それだけ。


でも。


少女はまた、


マッチを握る。


震える指で。


最後の一本。


擦る。


光。


今度は、


やさしい。


静かな光。


そこにいるのは、


祖母。


穏やかな笑顔。


手を差し伸べる。


「おいで」


少女の顔が、


一気に崩れる。


涙が溢れる。


「おばあちゃん……」


手を伸ばす。


届く。


触れる。


温かい。


抱きしめられる。


「もう寒くないよ」


やさしい声。


少女は泣きながら、


笑う。


アリスはそれを見ている。


ほんの一瞬だけ、


目が揺れる。


でも。


「それも」


声は変わらない。


すぐ近く。


「死ぬ前の都合のいい妄想」


時間が止まる。


祖母の笑顔が、


歪む。


少女の目が揺れる。


「……ちがう」


「本当だもん」


必死に言う。


アリスは動かない。


「じゃあ触ってみなよ」


一拍。


少女の手が、


祖母に触れる。


すり抜ける。


「……あ」


祖母の姿が、


薄くなる。


光が、


ほどける。


消える。


完全に。


闇。


何もない。


ただの夜。


ただの雪。


ただの寒さ。


少女はその場に崩れる。


「……さむい」


もう、


幻想はない。


逃げ場もない。


アリスはそれを見る。


「現実でしょ」


静かに言う。


その声は、


否定であり、


選択だった。


その瞬間。


空気が、


歪む。


少女の足元。


影が広がる。


冷たい。


暗い。


重い。


「……やだ」


声が漏れる。


「さむい」


「こわい」


「やだ」


影が、


膨らむ。


少女の身体を、


包む。


凍りつくように、


覆う。


光を拒絶するように、


広がる。


「やだやだやだ」


声が増える。


重なる。


歪む。


身体が、


形を変える。


細い腕が、


伸びる。


指が裂ける。


炎の残り香を求めるように、


手が空を掴む。


空洞。


何もない。


その中で、


声だけが響く。


「さむい」


「さむい」


「さむい」


歪みが、


顕現する。


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