第25話 その世界をアリスは壊す
廊下。
静か。
笑い声が遠い。
アリスは立っている。
動かない。
「……気持ち悪い」
小さく。
もう一度。
チェシャ猫が揺れる。
「どうする?」
軽い声。
アリスは言う。
「壊す」
迷いがない。
「チェシャ」
少しだけ手を上げる。
「出して」
猫が笑う。
「お安い御用さ」
ぽん、と。
重い音。
アリスの手に、
杖が落ちる。
「……杖?」
握る。
重さを確かめる。
猫が言う。
「魔法ともいうね」
少しだけ間。
「……ありがと」
アリスは歩き出す。
まっすぐ。
会場。
人がいる。
王。
姫。
魔女。
ざわめき。
視線が集まる。
アリスは止まらない。
魔女の前で止まる。
「あなたの恨みは」
静かに言う。
「そんなものなの」
魔女の目が細くなる。
「まだ言うのかい」
低い声。
「もう気にしていないんだよ」
アリスは首を振る。
「いいえ」
「間違ってる」
空気が止まる。
魔女の顔が歪む。
「……間違い?」
アリスは続ける。
「ええ」
「あなたは省かれた」
「何もしていないのに」
「噂だけで」
一歩、近づく。
「その孤独を」
「たった一度の謝罪で」
「終わらせるなんて」
少しだけ間。
「そんなのおかしい」
杖が、
光を帯びる。
空気が歪む。
魔女の瞳が揺れる。
何かを思い出すように。
「……そうだ」
小さく呟く。
「私は……」
声が震える。
「理不尽に」
「孤独を味わわされた」
呼吸が荒くなる。
感情が戻る。
抑えていたものが、
剥がれる。
アリスが言う。
「眠らせるなんて生温い」
杖を向ける。
「あなたはもっと」
「ちゃんと怒っていい」
魔女の身体が軋む。
「う……」
歪む。
膨れ上がる。
「おおおお!!」
爆音。
巨大な影。
竜。
会場が崩れる。
人々が叫ぶ。
炎。
焼き尽くす。
王が倒れる。
兵が散る。
人が逃げる。
オーロラが叫ぶ。
「どうしてこんなこと!」
王子が前に出る。
剣を抜く。
「お下がりください!」
炎を受ける。
それでも進む。
その顔は、
さっきまでと違う。
誰にも必要とされなかった男が、
初めて役割を持つ。
戦う目。
アリスはそれを見る。
少しだけ、
目を細める。
それから。
踵を返す。
背後。
炎。
叫び。
金属音。
戦いが始まる。
アリスは歩く。
振り返らない。
「……これでいい」
チェシャ猫が笑う。
「ひどいことするね」
アリスは止まらない。
「ひどいのは」
少しだけ間。
「何もなかったことにする方でしょ」
猫が肩で揺れる。
「どうだか」
くすりと笑う。
前。
何もない空間。
扉が現れる。
アリスは手をかける。
開く。
光。




