第18話 その否定をアリスは手放せない
暗い。
鏡。
いくつも。
全部に、自分。
声が重なる。
「あなた」
「選ばれたことある?」
「無いよね」
「無い」
「選ばないから」
「選ばれない」
「外から否定するだけ」
「卑怯者」
アリスの膝が崩れる。
耳を塞ぐ。
それでも聞こえる。
「違う!」
声が響かない。
吸い込まれる。
「また否定」
「自分を否定してる」
「存在の否定」
「何も認めない」
「違うのは自分」
「嫌いなのは自分」
重なる。
逃げ場がない。
アリスは俯く。
動けない。
「大丈夫だよ」
ひとつだけ。
違う声。
重ならない。
はっきりしている。
「あなたはそのままでいいんだよ」
アリスが顔を上げる。
鏡。
その中のひとつ。
自分じゃない。
知らない少女。
目が合う。
笑っている。
まるで、
最初からここにいたみたいに。
「大丈夫」
「あなたはあなただよ」
鏡にヒビが入る。
割れる。
音が広がる。
中から、出てくる。
金の髪。
揺れるツインテール。
赤と黒の服。
王冠。
アリスは動かない。
ただ見る。
少女は笑う。
「はじめまして」
一歩、近づく。
「私、ラブ」
少しだけ首を傾げる。
「あなたは?」
アリスの口が、ゆっくり動く。
「……アリス」
「よろしくね、アリス」
明るい声。
軽い。
この空間に似合わないくらい。
「とりあえず」
周りを見る。
鏡。
闇。
崩れない空間。
「ここ出よっか」
アリスは動かない。
「でも……」
声が弱い。
「私は……」
言葉が続かない。
ラブはすぐに言う。
「いいんだよ」
迷いがない。
「あなたが悪いことなんて、ひとつもない」
アリスが目を閉じる。
「人の幸せを、否定してきた……」
ラブは頷く。
「うん」
「でも、それでいいよ」
アリスの目が揺れる。
「……え」
「だってさ」
少しだけ笑う。
「それで、気持ち楽になるんでしょ?」
アリスは何も言えない。
ラブは続ける。
「だったら、それは必要だったってことじゃん」
アリスの手が震える。
「そんな自分が……嫌い」
小さな声。
ラブは少しだけ近づく。
「いいじゃん」
あっさり言う。
「嫌いでも」
少しだけ間。
「嫌いって思えるならさ」
「ちゃんと自分見てるってことでしょ?」
アリスの呼吸が止まる。
「……」
言葉が出ない。
「私なんかを……」
絞り出す。
「認めないで……」
ラブは首を横に振る。
「ううん」
「認めるよ」
迷いなく。
「あなた、ちゃんと見てるもん」
少しだけ笑う。
「それって、すごいよ?」
アリスが顔を上げる。
ラブを見る。
笑っている。
何も疑っていない顔。
何も拒んでいない顔。
「……」
声が出ない。
ラブは手を上げる。
指先に、カード。
ハートのクイーン。
くるりと回す。
煙になる。
形が変わる。
長い錫杖。
両手で持つ。
軽く持ち上げる。
「いくよ」
床に打ちつける。
「輝けっ!」
音が走る。
ひびが広がる。
鏡が割れる。
闇が崩れる。
光が差す。
一気に晴れる。
衣装部屋。
元の場所。
ドレス。
静かな空間。
チェシャ猫がいる。
「おかえり」
笑っている。
アリスは立っている。
少しだけ、息を吐く。
「……うん」
短く答える。
鏡はない。
闇もない。
ただ、部屋。
アリスは自分の手を見る。
握る。
開く。
「……私」
小さく呟く。
それ以上は言わない。




