第12話 その想いをアリスは叫ぶ
歪みが、溢れる。
人魚姫の体から、
泡が止まらない。
喉から。
口から。
皮膚の隙間から。
音にならない“何か”が、
漏れ続ける。
体が崩れる。
足がほどける。
泡になる。
それでも、
そこにいる。
喉が裂けている。
声を失った場所。
そこから、
無理やり何かを出そうとしている。
「……っ」
音はない。
ただ、
“伝えたい”という圧だけが、
空間を歪める。
「好き」
「伝えたい」
「でも言えない」
それが全部、
歪みになる。
巨大になる。
泡の中に、
無数の“人魚姫”。
全部、
同じ顔。
“伝えられなかった顔”。
「人魚姫!」
アリスが叫ぶ。
メガホンを構える。
「言えない言えないって、びびる必要ない!」
声が、衝撃になる。
歪みにぶつかる。
泡が弾ける。
空間が揺れる。
「大体あんたはびびってないんでしょ」
一歩、踏み込む。
「断られるのが怖いんじゃない」
「消えるのが怖いんじゃない」
歪みが揺れる。
「──あんたは」
メガホンを強く握る。
「王子の恋を邪魔するのが怖いの!」
歪みが、止まる。
泡の流れが乱れる。
「でもそんなの、余計なお節介」
真っ直ぐに言い切る。
「王子の為に生きるな!」
一歩。
「あんたの為に生きろ!」
沈黙。
歪みが、
わずかに、震える。
アリスは手を伸ばす。
「伝えさせてあげる」
メガホンを、
差し出す。
「今なら」
歪みが、
それを受け取る。
震える手。
喉が軋む。
そして。
『あ』
声。
失われたはずの声。
空間が静まる。
歪みが頷く。
王子の方へ向く。
メガホンを通して、
放つ。
『本当は、あなたを助けたのは私!』
ざわめき。
王子が顔を上げる。
「この声は……?」
『そのとき、私は恋をした!あなたに!』
空気が張り詰める。
『優しい瞳、たくましい体』
『声が出ない私にも、優しくしてくれた』
王子の目が揺れる。
「あの子……なのか?」
『そんなあなたを、愛しています!』
沈黙。
誰も動かない。
「……言えたね」
アリスが、小さく呟く。
その時。
王子が、口を開く。
「……ありがとう」
優しい声。
「キミを疑ってはいない」
一歩、前へ。
「何か事情があって、声が出なかったんだろう」
「事実は、そうだったんだと思う」
少しだけ、間。
「……でも」
視線が横へ流れる。
「僕は、それだけで彼女を選んだわけじゃない」
はっきりと。
「だから……ごめん」
「そして」
ほんの少しだけ、笑う。
「きっかけをくれて、ありがとう」
歪みが、崩れる。
泡が、零れる。
涙のように。
静かに、
崩壊していく。
その中から、
人魚姫が現れる。
表情は、
空白。
そして。
ナイフを拾う。
ふらりと。
式場へ向かう。
誰も止めない。
誰も気づかない。
声は、もう出ない。
ただ、
歩く。
自分の為に。
一歩。
振り上げる。
ほんの一瞬だけ、
迷いもなく。
そして。
王子を、刺した。
悲鳴。
崩れる体。
血。
人魚姫は振り返らない。
そのまま走る。
海へ。
飛び込む。
沈む。
深く。
その後。
声の無い人魚は、
人を助けることをやめた。
衣装部屋。
静か。
「……これで」
アリスが言う。
「助けたって、言える?」
猫が笑う。
「まさか」
「バッドエンドだよ」
アリスは少しだけ考える。
「でも」
目を伏せる。
「私はこれでいいと思ってるから」
猫が首を傾げる。
「伝えなくていいこともあるのかもね」
「そうだね」
アリスは頷く。
少しだけ、
間を置いて。
「でも」
顔を上げる。
「自己犠牲するくらいなら」
静かに。
「私は否定するよ」
次の扉が、
静かに現れた。




