花のように
その朝、テントの外から聞こえる虫たちの賑やかな音で目が覚めた。カチカチ、ブンブンという音の合唱が、時間が経つごとにだんだん大きくなっていくようだった。
まぶたが重くて、なんだかざらざらしていた。手の甲でぼんやりこすりながら、体はゆっくりと、見慣れない寝床のやわらかさに気づき始めていた。
のどはまだ渇いていて、ひりひりしていた。昨夜、森の中でずっと叫び続けた名残だった。飲み込むたびに、あの必死の逃走を思い出させられた。
目のまわりも腫れぼったかった。何時間も止まらなかった涙のせいだった。顔は、手のひらに押し付けても硬くこわばっているように感じられた。
でも、今となっては、それもすべて遠い出来事のように感じた。二度と繰り返してほしくない悪夢みたいだった。
わたしはゆっくり体を起こした。手足にはまだ重さが残っていたけれど、無理やり目を覚まさせた。
風とやさしい虫の声が、朝の空気の中で混ざり合い、音楽みたいに響いていた。体はまだ疲れていたのに、その音を味わうように聞き入っていた。
昨夜とは、何もかもまるで違っていた。
暗闇は静けさと影を運んできたけれど、朝はあたたかさと金色の光、そして生き生きとした気配を運んできた。
遠くから水の流れる音が、また聞こえてきた。さっき聞いたときと同じ音だった。
すっかり目が覚めたころ、テントの布の向こうから足音が聞こえた。やわらかくて、急いでいない足音だった。
一瞬、不安がわたしの中で爆発した。目が大きく見開き、心臓がばくばくと胸の中で鳴った。
けれど、すぐに記憶が戻ってきて、胸の締めつけがゆるんだ。ここは花畑の中で、あの追いかけてきた何かからは、もう遠く離れているんだと思い出した。
水は、まだ遠くでずっと流れ続けていた。その音は、なぜか安心できた。
そのとき、テントのすぐ外に立つおばさんの姿が見えた。淡い朝の空を背に、その姿が黒く浮かび上がっていた。
昨夜出会ったばかりなのに、おばさんの気配は、なぜかもう見慣れたもののように感じられた。まだ何も知らないことばかりなのに、不思議と落ち着く感じがした。
おばさんは何かをそっと地面に置いてから、テントの前に腰を下ろした。昨夜と同じ場所だった。その姿は、落ち着いていて急いでいなかった。
「ジア、今朝の調子はどう?」
おばさんはやさしい声で尋ねた。朝早いのに、その口調はあたたかかった。
「よくなったよ、おばさん」
そのあと、わたしはじっとおばさんを見つめた。ためらいよりも、好奇心のほうが勝った。
「なんで、おばさんはジアにやさしくしてくれるの?」
おばさんの唇に、昨夜と同じやわらかい笑みが浮かんだ。
「じゃあ、ジアはおばさんが冷たくするべきだと思うの?」
わたしは、答えが見つからないまま黙り込んでしまった。自分でもよくわからなかった。
「だって、ジアは怪物だから……」
うつむいたわたしの頭に、おばさんの手がそっと乗った。落ち着かせるように、やさしく撫でてくれた。
「ジア、たとえ大変な状況でも、人はお互いに助け合わなきゃいけないのよ」
おばさんは手を止めて、少し変わった質問をした。
「ジア、よく聞いて。おばさんとジアは、あの怪物たちに似ていると思う?」
わたしは、はっきりと首を横に振った。それでも、あごはまた下を向いてしまった。
「ううん、でも……」
わたしは、おばさんの視線の先を追った。朝の風に揺れる花畑が広がっていた。
「ジア、あの花は綺麗だと思う?」
わたしも同じ方向を見た。
「うん」
おばさんは少し間をおいてから、また話し始めた。
「でも、ここは森の奥深くにあって、誰の世話も受けていないの」
わたしは黙ったまま、テントの入り口の向こうに広がる花々を見つめ続けた。
おばさんは、もう一度間をおいてから、説明を続けた。
「誰もこの花たちの世話をしていないのに、それでも花は育ち続けているのよ」
わたしは、おばさんの方をまっすぐ見た。答えを知りたかった。
「でも、それはジアの質問の答えになっていないよ」
おばさんの視線が、花畑からわたしの方へ戻ってきた。落ち着いていて、深く考えているような目だった。
「わたしたちは誰も、どこに生まれるかを選べない。生まれたあと、自分の体に何が起きるかも選べない。でも、そのせいで冷たい人間になる必要なんてないのよ」
おばさんは、外に広がる花畑の方を手で示した。
「おばさんとジアは、ちょうどあの花みたいなものね」
それから、おばさんはひょうたんのコップを二つと、水と魚のスープ、それから色のよくわからない不思議なジュースが入った素焼きの器を取り出した。
「さあ、ちゃんと食べて、休んでね。ジアみたいに一人ぼっちだと感じる子が、もう二度と現れませんように」
その最後の言葉は、朝の空気の中にいつまでも残った。落ち着いた声の割に、ずっと重みのある言葉だった。
わたしは目の前の食べ物を見下ろした。スープから立ちのぼる湯気が、テントの外から漂ってくる野花の香りと混ざり合っていた。
そのとき、おばさんの表情が少し変わったように見えた。でも、何が変わったのか、うまく言葉にできなかった。その目は、わたしの知らない記憶を抱えているみたいに、遠く、読み取れないものだった。
わたしはためらいながら、器に手を伸ばした。両手で、そのあたたかい表面を包み込んだ。
魚のスープは、豊かで香ばしいにおいがした。今まで食べたどんな食べ物とも違っていた。おなかが大きく鳴って、自分がどれだけ空腹だったかを教えてくれた。
「おばさん、ありがとう」
わたしは、まだ疲れの残るかすれた声でつぶやいた。
おばさんはただうなずいて、わたしが最初のひとさじを口に運ぶのを、静かに見守っていた。
一口飲み込むたびに、胸の中にあたたかさが広がった。一晩じゅう骨の中に居座っていた冷たさが、少しずつ消えていくようだった。
テントの外では、雲の隙間から柔らかい日差しが漏れて、揺れる花畑の上に金色の光の斑を落としていた。花びらの一枚一枚に、朝露のきらめきがかすかに残っていた。
遠くの木々の間から、鳥の鳴き声が時折聞こえてきた。虫たちの絶え間ない羽音と混ざり合い、村では聞いたことのないような、穏やかな音の重なりを作り出していた。
やわらかな風がテントの入り口から入り込み、野花と湿った土、そして昨夜の消えかけたたき火のにおいをかすかに運んできた。
おばさんは近くに座ったまま、わたしが食べるのを静かに見つめていた。その表情は読み取りにくかったけれど、どこかやさしさがあった。まるで、わたしが少しずつ元気を取り戻していく様子を見ているだけで、安らぎを感じているみたいだった。
時々、おばさんの視線が花畑の向こうの木々の方へ流れて、少しの間そこにとどまった。そのあと、また何も言わずにわたしの方へ戻ってきた。
広い朝の空の下、あたたかさと食べ物と、思いがけないやさしさに包まれながら座っているあいだ、わたしは一瞬だけ、昨夜森の中で追いかけられた恐怖を、完全にではないけれど、少しだけ忘れることができた。




