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3.フォートレス・ブラッドの戦い

〜フォートレス・ブラッド砦 中庭〜



夜明け前のことだった。

一番槍で突入してきたのは、白銀の鎧の男。

聖剣が、日の出前の薄闇の中で淡く光っていた。


「退け!俺の邪魔をするなら斬る!」


勇者レオン・ヴァルハラ。


門番の魔族兵が剣を構える。

レオンは速度を落とさなかった。

一歩、二歩——三歩目で剣が閃き、門番は吹き飛んでいた。

壁まで吹き飛んで、動かなくなった。


「レオン、待って! 後方の確認が——」


後ろから、弓を背負ったエルフが走り込んでくる。

ミリア。勇者パーティーの弓使い。

長い金髪を後ろで束ねた、細身の女性。


その細身の右手が、すでに矢を番えていた。

狙っていない

城壁の上を、ろくに見てもいない。

それでも——矢を放った。


ひゅっ、と乾いた音。

城壁上の魔族兵が、まだ身を乗り出す前に、額に矢を受けて落ちた。

もう一射。今度は城壁の角の向こう側——まだ姿を現していない兵士に、矢が吸い込まれる。

「ギャアアアアッ!」


「……見えてるのか、あいつ」

魔族兵の誰かが呟いた。


見えている。

ミリアの異名は「先読みの弓手」。

敵が動く前に、動いた先に矢を射る。

矢が先に着いて、敵が後からそこに来る。

だから——避けられない。


「確認は俺がやる。ミリアは後方を頼む」

「だからそれが危ないって言ってるのよ、いつも! ……本当に、死にたがりなんだから」


ミリアが舌打ちしつつも、目が心配でいっぱいだ。

レオンは小さく肩をすくめただけ。


中庭に飛び込むと、待ち構えていた魔族兵の一隊——二十人以上——が一斉に槍を構えた。

守備隊長ガルドの精鋭だ。帝国北方を長年守り続けてきた歴戦の兵たちが、完全包囲を形成している。


「包囲しろ! 一人だ、恐れるな!」


三方向から、槍が迫る。


「……邪魔だ」


レオンは聖剣を正眼に構え、そして。

踏み込んだ。


速い。

速すぎる。

包囲を作った兵士たちの目が、動きを追えていない。

一人目、二人目、三人目——剣が閃くたびに、魔族兵が弾き飛ばされる。

聖光が剣に宿り、触れるだけで魔族の体を内側から焼く。二十人の包囲が、十秒と持たなかった。


「な、なんだこいつ……!」


恐慌が広がる。


その時、魔族兵の後方から地響きがした。

大柄なドワーフが、突進してくる。

ボルグ。勇者パーティーの斧使い。

巨大な両刃斧を肩に担いだまま、全力で走ってくる。


止めようとした魔族兵が、槍を構えた。

槍が、ボルグの胴体に刺さった。


刺さった。

だがボルグは——止まらなかった。


「……は?」


魔族兵が目を疑う。

槍の穂先が、皮膚で止まっている。

刃が、入っていない。

まるで岩に突き刺したように、穂先がぐにゃりと曲がっていた。


「邪魔だ」


ボルグが腕を振った

槍ごと、兵士が吹き飛ぶ。


「不壊のボルグ」——それがこのドワーフの二つ名だ。

いかなる刃もこの男の皮膚を傷つけることができない。

攻撃が効かない相手に、剣を持った兵士がどう戦えというのか。


「レオン、俺が割り込む! 真ん中に穴を開けるぞ!」

「わかった。左を頼む」


二人は、言葉少なに連携した。

ボルグは斧を振り上げながら、ニヤリと笑った。


「終わったら酒だな! 俺の故郷の麦酒、持ってきたぞ!」


その時——

砦の奥、魔導砲台が砲口を向けた。

対城壁用の重砲だ。直撃すれば城門ごと吹き飛ぶ。


「撃てええ!!」


ガルドが叫ぶ。

轟音。

砲弾が、パーティーに向けて直進する。


後方でエレナが、静かに両手を広げた。


「——返します」


光の壁が、砲弾の前に展開した。

砲弾が壁に触れた瞬間——そのまま跳ね返った。

撃った側に、撃った砲弾が戻っていく。

砲台が、自分の砲弾を受けて爆発した。

砦の石壁が、内側から崩れる。


エレナは髪一本乱れていなかった。


「砲台を潰してください、ボルグ!」

「わかってる! エレナ! お前詠唱遅ぇよ!」


エレナが眉をピクッと動かす。


「遅いのはあなたの突進が無茶だからです。それに——撃ってくれた方が、私は楽なんですけど」


にっこりと、笑った。

その笑顔が、残った魔族兵の戦意を根こそぎ刈り取った。


攻撃が当たらない弓使い。

刃が通らない斧使い。

攻撃すれば撃ち返される魔法使い。


どう戦っても、詰んでいる。

中庭に静寂が訪れた。

立っている魔族兵は、もういない。


ガルドが歯を食いしばった。顔に、初めて本物の焦りが滲んでいる。


「ここは、まだ落ちておらん……! まだ奥に兵が——」

「守備隊長」


レオンが、将軍ガルドの前に立った。

二メートルに届こうかという大柄な獣人将軍と、真正面から向き合っている。

ガルドの方が頭一つ以上大きいにもかかわらず、圧は互角だった。

いや——レオンの方が、わずかに重かった。


「お前たちは十分に戦った。これ以上は無駄死にだ」


————


〜魔族帝国・影の玉座〜


転生してまだ二日目だというのに、朝からいきなり大仕事が舞い込んできた。

玉座の間に淡い朝の光が差し込んでいる。空気は冷たく、静まり返っていた。


「陛下」


リリアが片膝をついて頭を垂れる。


「北方要塞フォートレス・ブラッドより急報です。勇者レオン・ヴァルハラ率いるパーティーが防衛線を突破。現在、砦の中庭で守備隊と激しく交戦中とのことです」


(勇者がもう動いてるのか。転生二日目でこのタイミングとは、運が悪すぎる……)


「その情報、どうやって得たんだ?」

「前線からの伝令と、城壁上の監視魔術です」

「直接戦場を見る方法はないのか?」


リリアが少し顔を上げた。


「魔視水晶がございます。玉座の裏間に。遠方を視ることも、通話も可能ですが——膨大な魔力を要します」

「使えるんだな」

「はい。ただし遠視だけでも負荷は大きく、通話まで行うには高位の魔法使いでなければ制御できません。陛下と私ほどの者でなければ扱えませんでした」

「機能は?」

「遠視と通話。それ以上はございません」


(だいぶ不便なスマホだな、これ。しかも魔力切れたら電池切れみたいに終わりか)


「案内しろ」


玉座の裏間は薄暗く、中央に巨大な黒い水晶が据えられていた。

人の背丈ほどもある。内部に赤い霧が渦巻いている。


「フォートレス・ブラッドの指揮官は?」

「将軍ガルド。接続可能です」

「繋いでくれ」


リリアが水晶に手を触れる。

魔力が流れ込む。水晶の霧が震え、やがて映像が浮かび上がった。


砦の中庭。崩れた石壁。


そして——


白銀の鎧。


聖剣が閃いた。

一撃。二撃。三撃。

速い。力任せではない。足さばき、体重移動、剣筋——全てが無駄なく噛み合っている。


(あれがレオン・ヴァルハラか)


強い。映像越しでも、それだけははっきりわかった。

外交の現場で、俺は何百人もの人間を見てきた。本物の修羅場をくぐってきた人間の動きというのは、どこか違う。

あの男の動きは——その中でも、別格だ。


「パーティーの他のメンバーは?」

「弓使いのミリアは未来視持ち。ボルグは不壊の肉体。魔法使いのエレナは攻撃を反射する結界を」


説明を聞きながら、水晶の映像を見続けた。

避けられない矢。刃の通らない体。攻撃すれば撃ち返される結界。

一人ずつ確認するたびに、胃の底がずっしりと重くなっていく。


(……詰んでるじゃないか、これ)


前の世界でも、絶望的な交渉の場は何度もあった。

予算なし。時間なし。権限なし。それでもなんとかしてきた。

だがあの時は、テーブルの向こうに座っているのは人間だった。

疲れる人間。腹が減る人間。家族がいる人間。


水晶の向こうにいるのは——避けられない矢を持ち、刃が通らず、攻撃すれば返ってくる化け物パーティーだ。


(俺に戦えと言われても、自爆するだけだしな……)


魔力を暴走させて壁を吹き飛ばした昨日の自分を思い出した。

あれを戦場でやったら、味方が全滅する。


嘆いていても仕方がない。

戦力差があるなら——交渉するしかない。

むしろこれは、俺が動く理由だ。


「将軍はどこだ?」


大剣を構えた巨躯の獣人が、勇者の前に立ちはだかる。

怒号と共に踏み込む。剣と剣がぶつかる。衝撃で周囲の石畳が砕ける。


互角——ではない。

ガルドの体勢が崩れ、聖剣が鎧を裂く。血が散る。

帝国最強の将軍の一人が、じわじわと追い詰められている。


「この砦は持つか」

「……厳しいかと」


(だよなぁ)


頭の中で、素早く計算する。

砦は落ちる。それは確定だ。今から増援を送っても間に合わない。兵を投入すれば損失が増えるだけ。

では何が一番痛い。砦の陥落か。

違う——将軍の戦死だ。

経験ある指揮官を失えば、北方軍の士気が崩れる。損失は連鎖する。

水晶の中で、レオンの聖剣が高く構えられる。


「リリア、俺が直接話す」

「分かりました。接続はこちらで補助します」

「将軍ガルドに接続」


魔力が水晶を通り、戦場へ走る。

ガルドの動きが一瞬止まる。


『……ヴォルド様!?』


「撤退準備をしろ」


『何を……!』


「フォートレス・ブラッドは放棄する」


リリアが息を呑む。


水晶の中で、勇者が踏み込む。刃が目前に迫る。

俺は決めた。


「勇者に告げる。停戦を提案する」


魔力がガルドの水晶を通り、戦場全体へ響き渡る。

声だけが、煙と血の匂いの中に届いた。


『魔王ヴォルドが——停戦を提案する』


聖剣を構えたまま、勇者レオン・ヴァルハラが顔を上げる。

振り上げた剣が——止まった。


『……魔王が、停戦だと』


怒りではなかった。

困惑でもなかった。

警戒だ。罠を探している目だ。この男、頭も回る。


『何を企んでいる、魔王』


俺は小さく笑った。

声だけが、再び戦場に届く。


『俺は魔王ヴォルドだ。だが、以前の俺とは違う』


沈黙。

レオンの剣は、まだ下りていない。

だが——止まったままだ。


その一瞬が、全てだった。

刃は止まった。

ならば、言葉が入る。


——俺がこの世界で初めて、外交という刃を抜いた瞬間だった。

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Xにて栗亜さまのことを知り、さっそく拝読いたしました。 フォローはありがとうございました。 まだ読みはじめではありますが、あらすじに惹かれるものがありブクマさせていただきました。 戦えない魔王は興味深…
とても読み応えがあります。外交官というのが白眉ですね。魔王とんあり勇者を迎える緊張感が伝わってきます。ブクマしました。
はじめまして。Xの企画からきました! 外交官から魔王への転移とは今までにないパターンですね! 外交官らしく、武力ではなく交渉で進めていくわけですか! ひとつ気になる点があるのですが、ひとりの人物が話す…
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