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3.リリアの講義

リリアは玉座の脇に立ち、静かに口を開いた。


「まず、この世界の力の源から。魔石、という言葉は?」


「知らない。簡単に」


「あれが魔石鉱脈です」


彼女は窓辺へ歩み、北の山脈を指した。青白く脈打つ岩肌。


「この世界の全ての力の根源。産出量が国力そのものです。聖王国ホーリーガルドが最大の鉱山を握っているのも、戦争を続けられる理由の一つです」


黒崎の目が細くなった。


(なるほどな、戦争を続ける源ってわけだ。)


「帝国の鉱山は?」


「直轄三か所。ただ、二か所をドワーフ族が実質支配。契約上の採掘のはずですが……報告量と実態が乖離。横流しが濃厚です。聖王国の商人ギルドと一部のエルフへ」


(内部腐敗の典型だな)


「続けて。帝国の現状を簡潔に」


リリアは指を折り、淡々と。


「現在、最も差し迫っている問題は四つです」


「一つ。獣人連合の離反。北部部族が指揮系統を無視し始めています。ガルド将軍が押さえ込んでいますが、いつ反旗を翻してもおかしくありません」


「原因は?」


「力ある者が報われないのに従え、という理屈が獣人には通じません。前の陛下は武力で押さえつけていた。ですが、今の陛下には……まだ、実績が」


(ナメられてるわけだ)


「二つ目」


「私の血族——吸血鬼の一派が、魔石を人間側に流しています。高級品と金貨を受け取って」


「君は知ってるのに止めていない?」


「止められないからです。陛下の威圧がなくなった途端に、私の言葉は届かなくなりました」


黒崎は小さく頷いた。


(隠さないのは好材料だ)


「三つ目」


「ドワーフ族。横流しで儲けた分、帝国への依存が減りました。軍事命令すら無視気味です」


「四つ目」


リリアの声がわずかに低くなる。


「聖王国との戦争そのもの。三十万の軍。神託を掲げた聖戦。そして先頭に立つのが——勇者レオン・ヴァルハラ。聖剣『ライトブリンガー』の持ち主です」


「強いのか?」


「強い。今朝の報告では、北のフォートレス・ブラッドが陥落寸前。ガルド将軍が必死に時間を稼いでいますが……長くは持たないでしょう」


黒崎は玉座にもたれ、短く吐息。


「財政は?」


「ほぼ死に体です。魔石収入は横流しで水増しされ、兵士の給料も滞り始めている」


「同盟国は?」


「エルフ連邦は中立。森への信仰を優先し、聖王国軍の補給路『翠の道』を提供。ドワーフは両方に武器を売っている。商人ギルドも同じ。信仰より金です」


黒崎は指で机を叩いた。


「まとめると。内部は獣人・吸血鬼・ドワーフの三方向から崩れ、外からは勇者率いる聖王国軍。金はない。同盟もない。最悪だな」


「はい、陛下。その通りです」


黒崎の口角が上がる。


「だが、全員が『欲しいもの』を持っている。獣人は名誉と領土。吸血鬼は安全な儲け。ドワーフは安定した取引先。エルフは森の保全。商人たちは生き残り」


リリアが静かに見つめる。


「欲しいものが分かれば、交渉は成立する。今は帝国の力がない以上……それしか手がない」


彼は立ち上がり、リリアを正面から。


「一つ聞く。今の俺を——前の魔王じゃない、別の魂が入った俺を——信用できるか?」


長い沈黙。


リリアは目を逸らさず。


「……まだ、わかりません。ただ、前の陛下は力で押さえつけるだけだった。だから今こうなった。あなたは目覚めてすぐ、情報を求めた。力ではなく、頭を使おうとしている。それは——少なくとも、別の道を模索している証拠です、陛下」


「それで十分か?」


「十分ではない。でも……帝国が滅びれば、私も死にます。今は、利害が一致している。それでいいはずです」


黒崎は小さく笑った。


(計算だ。こういう関係の方が動きやすい)


「わかった。まずは内部を固める。順番は——」


その瞬間、玉座の間の扉が激しく叩かれた。


「陛下! 緊急です!」


リリアが振り返る。


「ガルド将軍からの伝令でしょう」


「通せ」


血まみれの魔族兵がよろめきながら入ってきた。


「フォートレス・ブラッドが……勇者が単騎で突入! ガルド様が必死に食い止めていますが……もって半日です!」


窓の外、北の空に淡い光の柱。聖剣の輝き。

黒崎はゆっくり振り返り、リリアに命じた。


「ガルドに伝えろ。全力で守れとは言わない。時間を稼げ。半日でも、一日でも。俺が次の手を考える」


リリアは一瞬、彼の目を見た。


「……承知しました、陛下」


魔王の玉座に座るのは、もはや前の魔王ではなかった。


外交官の魂が、世界を言葉で切り開こうとしていた。

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