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望月と少年の非日常譚  作者: 義春みちを
4章 ループ・ザ
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4章6話:犯した罪の数々が

 ただ巻き込んだ事実だけが残った。やがてこの惨状は屋敷に残っている面子にも知れる事だろう。その前に世界をリセットしなければならない。そんな事をぼんやりと考えながら、水で満たされたカルデラの縁を蹌踉う。


「…ウツキ?」


 反射的に足が止まった。強張る顔の力を抜き、彼女の方へ向き直る。そこには不安そうな顔を浮かべる少女が、水を挟んで立っていた。


「…リリカてゃそ、どうしたの?こんな時間に外に出たら肌が…」


 奥で起こっている事を悟らせぬよう、少し微笑んでみせた。


「それはこっちの台詞でしょ?…マオも、ルナティアも居なくて心配してたんだから。」 


 『こっちの台詞』。その言葉の意味を少し考えた。水面に反射した血濡れになっている自身を見てやっと理解した。全身が紅く染まり、不細工な薄ら笑いを浮かべ、目には生気の無い人相。誰だって素通りは出来まい。


「ごめん、怖がらせて。それとも不快にさせた?今すぐ視界から消えるから、リリカてゃそも早く影のある所に入って、肌に悪い。それからお菓子は食べすぎない事。」


 人と対面した際に張り付く不恰好な笑み。無表情で話すわけにもいかない。話しかけられても、何を返せばいいのかわからない人間の『無視しているので無く、ちゃんと貴方の話は聞いてますよ』のポーズ。癖となった、外したくても外せない仮面


気持ち悪い。


 こんなのがこの子との最期だなんて最悪だ。でもこれでいい。自分のことなんて忘れて、ただ健やかに


「ウツキ、」


「近づかないでよ。」


 口を突いて出た自分勝手な言葉。その言葉がどれほどの意味を孕んでいるのかも考えずに。


「…俺は今とある事情で君に近づいてほしく無い。その水を渡ってこないで。———といってもそもそも来れないだろうけど。『吸血鬼は流水を渡れない』。」


 血の匂い、胃液の匂い、それがぐちゃぐちゃに混ざっている。そんな時に近づかれたらたまったものでは無い。


「…ッ!

……そう、だよね。…はじめから分かってた事…だし…」


 自然と眉間に皺が寄り、目の奥から何かが込み上げてくる様な感覚。


「ソルティアとヴィオラ、君の3人で仲良く暮らせばいい。森に入る事なく。」


 彼女の方は見なかった。ただ何も聞かないで、目の届かない木々の中へ入り込んだ。


 吐きそうだ。目からこぼれそうになるものを、擦るふりをして拭う。ただ何処に行くでもなくだらだらと歩き、時間を浪費する。早くこんな世界終わらせてしまいたかった。それでも走る気力なんてものは残っていない。


「…優しい奴なんて嫌いだ。」


 水面に反射した顔が脳裏にこびり付いていた。


□ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □


 ようやく大樹に辿り着いた。幹をなぞると、視界が白くぼやけた。


「案外遅かったね。君の事だから、『誰かが欠けたこの世界から一刻も早く立ち去りたい』と考えると思っていたのだけれど。」


 類似した考えは常に浮かんでいた。


「…どれだけ急いでも、あそこで2人が蘇ることなんてなかった。それだけだ。」


 前に倒れそうなのを、足を前にする事で防ぐ。その繰り返しでソファまで辿り着き、ドカッと座った。


「ぁ、服…」


 蛇の体液でぐちゃぐちゃになっていたことを思い出した。しかし自分の体を見下ろすと血痕も何も無い。


「相当疲れてそうだね。それは身体的なものか、それとも…」


 セレーネの問いかけにも答える気力がない。


 他に言いようがあったのでは無いか。リリレヴァには『あんな奴、居なくなって清々するわ!』なんて思って欲しかった。

 好かれてるなんて思い上がっている訳ではない。あの目———こちらを心配するかのような目を見てしまったから。誰にでも優しくできる性格なだけなのはわかっている。

 ただ、彼女が自分に対して思考して欲しくない。もう居ない人間に対して深く考えて欲しくない。心に残りたくなかった。きっと彼女の枷になってしまうから。


 それに、マオやルナティアの失踪は彼女にとって大きいはずだ。そんな彼女の心の負担を少しでも軽くしたかった。

 しかし、実際はどうだ。ただキツイ言葉を投げかけただけでは無いのか。純粋な彼女に人を憎むという感情はあるのか。自分が悪いとすら考えてしまうのでは無いか。


「…なあ、俺はどうすればいい?俺は…あの子の為に出来ることは無いのか?俺なんかに…」


「…それを僕に聞くかい?」


 セレーネはウツキの隣に座り、その問いかけに答えた。


「押し付けがましいと思われても、強引でも相手の為になると思うなら、それを信じればいい。…と、言うのが持論だ。」


 ウツキの両頬を手で包み込み、半強制的に目を合わせる。何か言いたげな表情で彼女は黙り込む。対人能力に長けていない少年は、思わず目を逸らした。


「…僕にはそんな勇気は無いみたいだけれどね。相手を思うと言っても、そこに感情を入れるかどうかは大きく関わってくる。君は、どちらだろうか?」


 感情を蔑ろにしてでも、彼女の命があるならその道を行くか。はたまた、彼女の精神をも労わるか。


「…感情を、蔑ろには出来ないだろ」


「…君は、とても傲慢だね。君が助けようと言うのは、君が勝手にしたい事だ。彼女が助けを求めてきたわけじゃないのだから、彼女の為なんかじゃあない。」


 確かに、彼女の助けになりたいというのは自己満足でしかない。彼女は何をして欲しいのか。根底にどんな考えを持っているのか。好きな物すらウツキは知らない。


「他者の心というのは、自身以外にわかるものではない、彼女の心なんてわかるはずがない。それだというのに、君の観測できる『形』だけでは満足せず、見えない『心』を推測ってそれまでもを救おうと言っているのだから。」


 彼女の言い分は断片的に同意出来る。心なんて見えない、わからない。だが、存在しない訳じゃない。存在している以上、観測できないからと言ってそれを無碍に扱うなんて、とてもじゃないがウツキには出来ない。


「確かに俺は彼女の見た目が好きだ。まさに雪肌というべき肌に、黄金比のご尊顔、サラサラな髪に肉付きの良い健康的な体、甘美な声を奏でる喉。だけど、俺が惚れたのはそこじゃない。見ず知らずの俺を助けてくれた事。人に対して優しくあれる彼女の姿が大好きだ。そんな内面を壊してハッピーエンドなんて言えるわけがない。」


 普段から彼女は何を考えているのかわからない。よく言えばミステリアスな雰囲気だ。しかし、今はどこか悲しく、儚げな空気を纏っていた。


「…前言を撤回しよう。その通りだとも、今ようやく理解が及んだ。…傲慢だという考えは変わらないけれどね。そんな傲慢な考えを持った上で、君はどうすれば良いのかと聞いたわけだ。」


 彼女の雰囲気が元に戻る。こちらを愛玩対象として微笑ましく見ているような、計り知れない雰囲気。


「何がきっかけかは知らないが、お前は案外単純なんだな」


「君ほどじゃあないよ」


 ウツキが落ち込んでいようと変わらない彼女の態度に、どこか呆れる。



閑話休題



 これからどうすれば良いのかを模索しにきたのだ。キマイラに加え、9つの頭を持つ竜のような存在の発覚。状況は悪化したと断言できる。敵が増えた以上は、こちらも使える戦力は増やさないといけない。しかしどうやって?


「結局、何も出来ない。ただ死んでいく様を永遠と見ていといけないのか…?勝ち筋があまりにも見えない…」


「そんな事、僕がさせるわけがないだろう?僕の能力を死ぬためだけに使わせないし、そもそも君の精神が持たない。」


「もう精神はズタボロだよ」


「いいや、廃人になってないじゃあないか。そこまで堕ちて仕舞えばどうにも出来ない。人の話も聞けない、意思疎通もできない人の形と成り果てられては困る。」


 彼女の口振りからして、打開策を見つけなければこの空間から出してもらえない気がする。でなければ、無駄に仲間の死を繰り返して、無駄に精神をすり減らすだけだ。


「君は卑屈になりすぎていると僕は思う。だからこそ、出来ることもできないと決めつけてしまう。」


 そんなこと言われたって、今までの人生経験で自分が何もできないことぐらいわかっているのだから仕方のない事だろう。

 なんて言おうとしたが、悲劇のヒロインぶっているようで気色が悪い。そう思い、口を噤んだ。


「…こんな事はあまり言いたくないが、まあ百歩譲って君は何もできないとしよう。何も出来ないからと言って、そのまま諦めるのかい?出来ないからと言って、抗うこともやめてしまうのかい?」


「…それは」


 珍しくそれらしいことを言う彼女に少し驚く。


「自分に何も出来ないなら他人を利用するぐらいじゃないと。他人を利用する為に他人を利用する。そうした積み重ねでやっと戦いの幕が上がるんじゃないかい?」


 『他人を利用』。聞こえは悪いが、それ以外に方法はあるのかと言われれば無い。


『わからないわね。どうしてそこまで無条件の交渉ができるの?私の利点が何もないじゃない。』


 ソルティアの言っていた言葉を思い出す。お互いに利益が出てこそ交渉は成立する。前回はルナティアの死について言及してしまったが故に交渉は決裂してしまった。ならば、ルナティアを説得してからソルティアについて来て貰えばあるいは。


「…少しだけ、憂いは晴れたように見える。僕の助言は役に立ったのかな?」


「あぁ。凝り固まってた固定観念が少しほぐれた気がする。」


 俯いていた顔を上げると、彼女と目が合った。目を細めて、こちらを見つめる彼女の表情は柔らかかった。


「ゆっくりしたところで、結局は時間遡行をするんだ。もう少しいてくれたっていいだろう?」


「…まあ、そうだな」


 それを聞くと壁際の棚へと向かい、茶器を取り出す。何も言ってはいないのに、勝手にお湯を沸かし、何か飲み物を淹れようとしている。普段は毅然としているような、でもどこかひょうひょうとした態度の彼女が、少し子供のように嬉々としていた。


「そんなにティータイムが好きなのか?」


「…君はそこら辺の葉っぱ汁で良かったかな?」


「は?」


 口を出した瞬間、何かが癪に触ったのか眉間に皺がよる。水を差される事が嫌なぐらい茶会が好きらしい。


「…どうぞ。」


 ティーカップの中には角砂糖が3つ。


「マジでお前…。何でそこまでキレんだよ」


「さあ?自分の心に聞いてみればいいんじゃあないかな?」


 甘い分にはいいかと思い、ティーカップを口まで持って行き、口の中へ転がそうとする。


「は…⁈ちょ、ちょ、流石に待ちなよ!糖尿病まっしぐらじゃないか!」


「…お前が入れたんだろ。」


 彼女は本当に食べようとすると思っていなかったのか、新しく紅茶を淹れなおしてくれた。


□ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □


 セレーネの態度には毒気を抜かれる。意味の分からない行動に思考を奪われるとでも言おうか。自分の事で手一杯だったのにも関わらず、いつの間にか冷静になれる。


「…どこまで考えてるんだか」


「さて、一息ついたところで対価をいただこうか。今回の収穫、今後の方針はどうするのかな」


 改めて思考をまとめる。


 今回明確に違ったのは9つの頭を持つ竜の出現。しかし今切れる手札は変わらない。


「増えた敵の戦力に合わせ、こっちも戦力を増やしたい。その為にルナティアを餌にソルティアを釣る。…あと、最初から無理だと決めつけないで、ヴィオラにも一応相談してみる。」


「ああ、きっと事態は好転するさ。」

申し訳ございません、遅くなりました…_| ̄|○

見てる奴がいないとわかっているから故の怠慢です…。

本当はバタバタしてたっていうのもあるんですが、そもそも書き溜めておいたものを予約投稿をしていれば済む話でございます。大変申し訳ございませんでした。

次週の分は書いております故、もう少々お待ちください

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