4章5話:温石綿にはなれない
酷似した10をひとつに濃縮。
100%の溶解147と-56を彷徨い流動
変わりゆくワタシを見放す貴方に祝福を
隠した心
ひとりにしないで
貴方は悪くない
タブン。
その朝はなんの変哲もなく、ただ来る時に来た。何か特出するべき事があるとするなら、飄風が吹くだけで何も特別な事は無い。
それでも、命の終わりは来る。ただ、きっとここで終わってはいけないと思った。繰り返さない様に、戻ってきた。
「さあ、やってやろうぜ…!俺が守りきってやる。皆んなに惚れた俺は、そう簡単に負けるもんかよ!」
自分を奮い立たせる為に、碧落の空に向かって意気込みを豪語する。前回よりも魔法の使い方や、準備が出来ている。ウツキは相手が可哀想とすら思った。それに、リリレヴァに貰った剣もある。斬れ味は最初にこの身で味わっている。この触れるもの全てを断ち切るような鋭さなら、誰が相手だろうと怖くない。
「剣なんて使った事ないけど…。振ってるだけで勝手に切れていくだろ。この最強の愛刀ならな!」
自信を持ち、自己肯定感を上げる事で気持ちを昂らせる。そのまま意気揚々と森へ入っていった。
無策で無謀にも飛び込んだわけではない。マオには今日、特段耳を酷使して欲しいと言ってあるのだ。ウツキの声を聞き逃さない為に頼んだもので、もし押されても援軍が見込めるだろう。
まだ、あの炎の片鱗すら観測出来ない森を巡歴する。森は静かで、動物たちの鳴き声も聞こえない。
「バタフライエフェクトで今回は居ないってんなら、1番良いんだけどな…」
異様なまでに静かすぎた。普段気にも留めていなかった生物の成す音が、こんなにも自分の感覚に違和感を抱かせるとは思いもしなかった。
「まあ、狼にでも出会したらやばいしな…」
ふと近くの幹を見ると、何かが刻まれた跡を見つける。以前ヴィオラに頼んで魔物除けをしてもらったことを思い出す。その影響なのか、そもそも狼が魔物に含まれるのかは定かではないが、周辺にはいない様だった。
この辺世界の狼が草食でないことをウツキは身をもって知っていた。普段なら少なくとも狼が食べる小動物等が居るはずだ。しかし小動物はおろか、虫すら見当たらない。
「…逃げてる、のか。ならこの近くにキマイラが」
静まり返った森が、木を揺らす音を際立たせた。風ではない。感じ取れないほどの風が、こんなにも大きな音を出すことは出来ないだろう。警戒しながらも、音の方向へとゆっくりと近づいていく。
「相手は炎に対してこっちは水…、相性バッチリバッチこいだ…!」
音がだんだん大きくなり、全身が震える。異常なまでに汗が吹き出し、視界がぼやけそうだ。落ち着こうと息を思い切り吸うが、震えが止まらない。筋肉が強張り、攣るような痛さが全身に走る。遂にはその場に倒れ込んでしまった。
こんなに俺は弱かったのかよ。動け…動けよ、俺の足ッ!起き上がって、剣を取って、切りかかれ…!
「カヒュッ… カッ…グゥ…!」
体が動かなくても心までは諦めまいと、キマイラの方に眼球を動かす。それすらも、時間がかかるほどに全身が震えている。
目の前は深く息を吐く竜が佇んでいた。9つの首が各自意志を持つ様に動き、口から零れ落ちる唾液は、地面に触れる前に気化する。その見た目の異質さは別世界で生きてきたウツキには言語化することもきないだろう。
何故こんな生物が蔓延っているのか。そもそも生物と呼んでも良いのだろうか。同じ『生物』であることが信じられない。形容するのならまさに魔の物。
9つの首の1つがこちらへと伸びる。口を開けたそれから流れ落ちる液体が直近まで迫る。
勝てない。自分よりも何倍も大きな竜相手に、たかが知れている人間風情が粋がるにも程がある。誰がこんな奴に勝てるというのか。それは火を見るより明らかという物だった。今から骨が砕かれ、食い殺される事を悟った。
最後に見たのは揺らめく萌葱色の髪だった。
□ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □
突然、冴え渡る様に目が覚めた。視界に映る景色は何も変わらない緑が広がる森。ただ1つ違うのは1人の少女が傍に居た事だけ。
「ルナティアッ…!大丈夫か?」
か細い呼吸音だけが聞こえる。舌はだらんと垂れ下がり、唾液がなぞる様に流れる。目は虚で、震える左手を右手で摩っている。次第に左手の痙攣は治まり、木偶の様に倒れた。気管を通る空気の音も徐々に消えていった。
どれだけゆすっても起き上がることはない。もう動かないのだ。
「なんで…目立った外傷も無いのに…。」
その場で情けなくも狼狽えるしかできなかった。まだ助けられるのでは無いのか、原因はなんなのか、今の一連の出来事が原因なのか、それとも彼女の体質的な原因があったなら。もしもう助けられないとしたら、ソルティアに伝えるべきなのか、放置しておけば亡骸を食べられてしまうのではないか、土葬なのか火葬なのか、防腐加工はどうするのかここから運ぶには。
気が動転し、思考が上手くまとまらない。色々考えてはいるが、実際には何も動けていない。ただ立ち尽くしているだけで、行動を起こしていない。そんな自分がただただ腹立たしかった。この感情をあの魔物にぶつけてやりたかった。それすらもできない自分に対して、またしても腹が立つ。この感情をあの魔物にぶつけてやりたかった。それすらもできない自分に対して
「ウツキ…?」
思考を途切れさせた声の主は、全身を黒い服で覆った青年———マオだった。彼は転がる同僚の亡骸を見て、いたたまれないと言わんばかりに目を顰めた。
「ぁ……ま、マオ、ごめん…なさい…。また、同じ…」
「君が、殺したわけじゃ無いんだろ…?
…謝ったって彼女は帰ってこない。火の海になってないってことは、例の魔物は倒したのか?」
マオの言葉で、『例の魔物』の存在が脳裏によぎる。
そうだった。森に入ったのはツギハギの魔物を殺す為だ。悪戯に炎をばら撒き、簡単に命を弄ぶ、分かりあうことも叶わない畜生を。
「殺せてない…。殺してやる」
何もできない怒りを魔物にぶつける。身勝手という点においては奴となんら変わりはないのかも知れない。それでも、こんな自分よりも最悪だと思えるからこそ、殺さなくちゃいけない。
「マオ、周囲の音をよく聞いてくれないか。」
彼は目を瞑り、光の情報をシャットアウトする。感覚器官を1つ減らし、耳に入る情報をより鮮明にした。
「前方約680長…と、言っても教養の無さそうな君には伝わらないか」
「いや、ありがとう。走れば居るんだな。」
鞘から剣を引き抜き、胸に掲げ覚悟を決める。ただひたすらに真っ直ぐ走り出した。まだどうにかなるとは言えない。それでも、1人でも多く生き残ってほしい。誰にも手を出させない、誰も傷つけさせない、誰も殺させない。
草を踏みつける音が近づいている。もうすぐ、奴と対面できると思うと心拍が高鳴ってしょうがない。これが高揚か緊張か、そんなことはわからない。これほどまでに殺そうと思って生き物に近づいたことがないのだから。
草の陰から巨体が姿を覗かせた。
「聖水ショットッ!!」
反射的に口めがけて、手の平から魔法を放つ。キマイラの口からは水だけがぽたぽたと垂れていた。
「どうだっ…、俺の考えてた魔法は。名前ほど威力は無いが、効いてるはず…!」
すかさず肩に短剣を突きつけた。油断したキマイラには案外奥まで刺さりこむ。感じたことの無い肉の感覚。切れ味の良い剣は、大した力を入れずとも前へ進んでいく。
しかし痛覚により力んだ筋肉に阻まれ、剣が思うように進まなった。押しても引いても、ウツキの腕では力が足りずにびくともしない。雄叫びをあげたキマイラが暴れ出す。
逆上したキマイラはこちらへ振り返り、口をかっぴらいた。
次の瞬間、視界のほとんどは赤く染まった。ただ四肢も動くし、感覚に異常はない。腹に少しの衝撃と痛み。それ以外の何も無かった。何か、あって欲しかった。
顔に熱い何かがかかる。
「…は、」
突き飛ばされ、痛む腹を手でなぞる。
「…な、なに……して」
「っ…。この程度で、そんな顔しなくても良いだろ」
目の前に立ち塞がるマオ。その右腕はキマイラの牙が深く刺さっていた。獣が暴れ、顎の力が入るたびに血飛沫が飛ぶ。
「そんなに…欲しいなら……っ、くれてやるッ!」
青年の爪が何もかもを飲み込むような黒に染まり、何倍にも伸びていく。その伸びた人差し指の爪で右肩を切り落とした。
しかし、この場でウツキが———ウツキだけが知っていた。この魔物は人を喰らう為に襲う訳ではない事を。マオはこの行動が隙に繋がると考えているだろうが、そんな事はない
「マオッ———」
轡の役割を果たしていた右腕は簡単に放り投げられ、キマイラの動きは止まる事なくマオに向かって走っていく。
「なッ…」
突進され倒れ込むマオの腹に大きな蹄が落とされる。内臓が潰れ、口から血だか気管だかが飛びだす。絶えず赤い何かが出続ける最中、頭部は引きちぎられた。
ゴリゴリという音を鳴らしながら、ウツキの方へ振り返る。今度は捕食している。もしかすれば、これもウツキに対して恐怖を与える為に『口の中ですり潰している』に過ぎないのかもしれない。
例えそうだとして、例えそれにウツキが気づいたとしてそれに絶えれるほどの精神力は持ち合わせていなかった。
「ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!返せよッ!俺の異世界ライフをッ!なんで…こんな、」
初手で食い殺され、美少女に優しくしてもらって『俺の人生のヒロインに出会えた』なんて思ったらまた殺されて。メイドも、執事も、想い人も、自分自身も死んで。どうすれば良かったというのか。
キマイラの尻尾がゆらゆらと揺れていた。ただ黙ってこちらを見ているだけ。命乞いをしていれば、その間は殺されないのでは無いのか。
「しにたくね゛ぇよぉお゛お゛!殺して、お゛わらせてく゛れよぉお゛!」
痛い思いはしたく無いし、楽に暮らしたいし、好きなことだけしていたいし、生きる為に必要なこと考えたく無いし、責任持ちたく無いし、快楽娯楽の類に溺れていたいし。ただただ欲望に忠実で、その上何もできない、してこなかっただけのただの未熟な子供なのに。
「なんでみんなっ…俺を、おれを置いていくんだよ…おれもいっしょに死なせてくれよぉ…」
バシバシと尾が地面に叩きつけられる。異様に長くて太く、よく見れば尻尾のするような動きでは無い。何処からともなく『シャー』と言うような何か警戒、怒りを露わにする声が聞こえた。
その音にキマイラも尾を叩きつけるのを止めた。
困惑していると、目の前に大蛇が飛び出してきた。ウツキの全身を這い、絡みつき、首元に噛み付く。
「ぐッ…なん…だ、この蛇ッ……!」
舐る様に体を締め付けていく。全身の筋肉を余すことなく使い、赤子を抱きしめる様にゆっくりと、死という概念のない子供の様に容赦無く。
「ぁ゛…ぐぁ…」
首が絞まり、意識は朦朧とする。ぼやける視界の中、やけに鮮明に見えたもの。目に映る白い刀身。
「りり…れ、ぅ゛ぁ…」
人生で初めて好きになれた人がくれた贈り物。『自分だと思って大切にして欲しい』と彼女は言った。彼女を手放したままでいいのか。
痛い。苦しい。でもまだ、最後の力が残っている。
「ぅ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
もう死ぬとばかり思っていたのか、キマイラは目を見開いた。肩に突き刺さったままの剣を引き抜く。血が吹き出し、苦悶の表情を浮かべるケモノを横目に、大蛇を切り付けようとする。
声を上げ、もがいたことにより大蛇は締め付けを強くする。骨が悲鳴を上げるように軋む。
目の前が真っ暗になった。
異臭と肌の刺激。やけに熱いブニブニとした気色の悪い壁が全面から圧迫してくる。耳にはぐちゅぐちゅと音が響く。何処をとっても吐きそうなぐらいの不快感。しかし吐いて仕舞えばさらに惨事が広がる。
息が持たない。呼吸をしようとすれば、形容し難い異臭が鼻から口、喉へと入り込んでいく。それ以前に空気が薄い。
頬がビリビリと警鐘を鳴らす。
「もう…限界だ…」
右の手首がズキンと痛んだ。そこ痛みで初めて、自分が強く剣を握りしめていたことを知覚する。徐ろに剣を目の前まえまで持ち上げる。ただ、この狭い暗闇で何か光を見たくて。それと同時に世界は明るくなった。
全身は様々な液体で濡れていて、異臭が染み付いていた。紅く血染めになった剣を見つめる。
「…俺が折れても、お前は折れてなかった。流石はリリレヴァがくれた剣だ。最高の愛刀だよ。」
切り裂いた蛇はキマイラと繋がっていた。キマイラの尻尾だったのだ。尻尾を裂かれたキマイラは痛みに悶えていて、蛇のほうはもう死んでいるようにしか見えなかった。
もうここにいる理由はない。とある場所を目指して歩み出した。
おはこんばんちゃ、みちをです。
申し訳ございませんでした…!
予約投稿を忘れていた上に、午後6時に投稿もできず…。
来週分もまだ書けていない…
切腹しかないです…




