4章 3話:忘れたいからこその
性悪女もとい、セレーネのいる大樹へと辿り着く。思い切り手を伸ばし、木に触れた。3色の光が重なったかのように視界が白くなり、瞬きをした。気づけば小さな部屋にいた。目の前の席には、小さな女の子。
「少し冷静になったらどうだろうか?君の様な思春期の子供はすぐに怒る。」
「黙れクソガキ。なんで俺にあんなもん見せた」
セレーネは少し眉を顰めた。眉間の皺をリセットするかのように目を瞑り、再びウツキに向き直る。一歩一歩近づき、感情に飲まれている少年をソファに押し倒す。
何を考えているのかわからない彼女を見上げると、頭の真横に蹴りを入れられる。
「君はちょっと押しただけで倒れるくらい弱いんだから、そんな口聞いちゃ駄目だろう?僕なら良いけれど、他の人ならただじゃ済まないだろうね。君の甘ったれた固定観念は捨てるべきだ。」
隣に座り直すセレーネ。目線はウツキの瞳を貫いていて、ウツキもまた目を逸せなくなる。今までまじまじと見ることの無かった彼女の顔を見つめる。視界の端で這い寄る手は刻一刻とウツキに近づく。遂に彼女の手は、ウツキの足に触れた。激痛が走った。
「あ゛く゛ッ…」
「アドレナリンどぱどぱだったんだろうね。痛いだろう?」
少し不敵に笑って見せる。
「分かってて…クソッ…。」
「それと」
セレーネは視界を奪う様に覆い被さった。視界の余白は埋まってゆく。少女だった彼女の体は、腰や手足がすらっと伸びる。
「さっきの『餓鬼』は訂正してもらいたいところだ。僕には寿命の概念は無い。強いて言えば『お姉さん』だ。ほら、ちゃんと僕の体を見てくれ。触ってくれても構わないよ。口吸いしてくれても良いし、君のしたいことをして、僕の体をちゃんと…」
「分かった、分かったからッ!…そういうの、……やめろ…。」
「ちゃんと理解ってくれたかな?」
確信犯だとしか思えない。ウツキの反応を見て、ニマニマと笑っている。とても人間とは思えない性格をしている。しかし、一連の流れが意表を突くものばかりで、いつのまにか怒りは自然と霧散していた。
「とりあえず珈琲でも飲みなよ。疲れたんだろう?それとも骨が治るまで寝るかい?」
時間遡行をするのならば、今治さなくとも巻き戻った際に治るのだが。
「…牛乳にコーヒー少し入れてくれ。」
それとはまた別に、今は一息吐きたい気分だった。
「子供舌」
「飲めないわけじゃねぇよ。ただ、今は少し甘いのが飲みたいだけだ。」
人肌ほどの温かさのコーヒー牛乳———と言っても砂糖の入っていない、文字通りのコーヒーと牛乳———が出てくる。舌を火傷するほどでも無く、芯からじんわりと温められる様な。コーヒーの風味が牛乳の甘味を引き立てる。
「…ありがとぅ、おいしい。」
「そう、良かった。」
恍惚とした表情と微笑みが混じったような、相変わらず何を考えているのかわからない表情でこちらを見つめてくる。彼女の行動はいつも、素直に善意とは受け取り難い。
「やっと落ち着いた君にこんなことを言うのは酷だが、本題に入ろうか。君は時間遡行をするだろう?それなら対価を貰おうか」
対価。それは契約の際に言っていた『会話』と『今回の有用性』。前者はもう達成したと言っても良いだろう。彼女が求めているのは後者である。
数打ち当たれで、運に期待するのは何やら不都合があるらしい。恐らくは、無駄に時間遡行をすると、彼女の魔力の消費やら負担やらが大きいのだと思われる。
「対価…か。俺に、わかる事なんて…この森を襲ったのは、蹄と牙と生きた尻尾がある怪物…えっと」
恐ろしい見た目という事に変わりは無いのだが、上手く形容する言葉が見当たらない。自分の知る中で1番近いもの
「…キマイラだ。」
キマイラ。キメラと言い換えても良い。ウツキにとっては判別のしようがない。
「ふむ。そうだね。」
「それで…えー…、ぁ〜…」
「いや、良いよ。敵がわからない程無謀な事は無い。今回はそれで良いさ。でも次回からは、何の成果も得られませんでしたじゃ済まさせないからね。」
そう言って、セレーネは自分のコップにもミルクを注ぐ。
「君には5日与えてしんぜよう。僕の寛大な心とあの子達に感謝するんだぞ?」
「誰だよ。…わかってる、絶対に無駄にはしない。マオ、ソルティア、…リリレヴァを死なせない。」
「せいぜい頑張ると良いさ。僕を利用して、ね。」
何か言いたげな言葉だけを残して、セレーネはウツキを送り出した。
□ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇ □ ◇
気がついたのは青い空の下。視線をずらせば、ガゼボに美少女。
熱くない、暖かい陽光に照らされる中、視界に入る黒い影。
「…マオ」
「そんなところにいると踏んでしまうよ?と、言いに来たが…君にしては少し浮かない顔だね。珍しい」
普段そんなに悩みのなさそうな顔をしていただろうか。それよりも、前回の5日間をどう説明しようかと話の切り出し方を思案する。しかしいくら考えて、どのように説明しても、ぽっと出の人間の戯言でしか無い。
「…予知能力があるって言ったら信じるか?」
未来の話をするなら、予知能力者を語れば良い。『時間遡行をしている』と伝えても良いのだが、『次の自分に託す』なんて言って自分の生きる時間を捨てられては困るからだ。
正直なところ、その回数だけウツキが走らなければならない、というのが本音である。単純に疲れるだけで無く、どれほど他者が傷つけられるか。それを何度見なくてはいけないのか。観測者をウツキとするなら、切り捨てられた世界は続きが無いのかも知れない。しかし、観測していないだけでその先が続いていたら。———考えたくも無い。
それに、時間遡行を行うセレーネ本人が、あまり時間遡行する事を良しとしていない様子であった。
だから、予知能力を語った。
閑話休題。
「…無い話では無い、とだけ。」
実際予知が当たるのかは、終わってからしかわからない。しかし終わってからでは意味がない。ジレンマというやつであろうか。あちら立てればこちらが立たぬ。
更に、『予知』を鵜呑みにして騙される、なんて事も考えられる。信じられるかどうか以前に、信じるデメリットが大きい。
「…だよなぁ」
「仮に君が予知能力を持っていたとして、だ。それで何を見たんだ?何か見たからこそ、伝えたいからこそ、この話を持ちかけたんだろ?」
とはいえ、話半分でも聞いてはくれるらしい。マオがチョロいのか、ウツキに策略なんて出来ないと思われているのか。おそらく後者であろう。
「5日後の…昼から夜、キマイラが現れる。」
「キマイラ…?」
「そうだ。獅子の顔、山羊の体、蛇の尾を持つ怪物。」
「…にわかにそんなものが実在するとは思えないが。と言っても屋敷にいれば良いんじゃあないか?そんなデカそうな奴、石の道ごと沈んでお陀仏だよ。」
石の道———どう言うわけか、カルデアの上に浮く、岸と館を繋ぐ道。普段はビーチボールの様にぷかぷかと浮かんでいる。しかし、一定以上の重さが加わると沈む様になっているらしい。
「作ったのは昔の、この館の主人。だから今となってはその理由はわからないけど」
「防犯にも使えるって訳か…。
…でも、森が燃やされるんだ。膠着状態になるだけだと思う。」
沈黙が続く。
「マオ〜!この紅茶に合うお茶菓子無い?」
何も知らないリリレヴァの一言が静寂を破った。
「取ってくるから待ってて」
マオはウツキの方に向き直り、小さな声で言い放つ。
「仮にその予言が当たって、さらに森を燃やされたら消火は無理だろう。放火される前にその原因を速攻で叩く。完全に信じる訳じゃあないが、一応森を見回ってみるよ。」
それだけ言い残して、屋敷の中へと入ってしまった。取り残されたウツキは、リリレヴァの近くへと行く。
リリレヴァは、はっとした様な表情で
「い、いや違うの!マオを使いっ走りにしてるんじゃなくって!おやつの場所秘密にされてるから、仕方なく取ってきてもらってるだけだからね⁉︎」
と、先程の発言に注釈を入れる。
「マオはリリカてゃその執事というか、使用人?だから別に良いんじゃないか?ていうかおやつの場所秘密て…もしかしてリリカてゃそ、つまみ食いでもしてたの?」
茶化す様に言ったのだが、図星の様だった。目に見えてあたふたとしている。
「…リリカてゃそに献身出来るなら、俺も使用人になろっかな…。」
リリレヴァは口を開き、何か言いかける様な仕草をしたが、言葉を飲み込んだ。少し考えるようにして、再び口を開く。
「…お世辞でも嬉しい。ありがとう」
朗らかに微笑みかけてくれる彼女。そんな彼女に、これから起こりうることを誰が伝えられようか。出来れば何も気付かれないまま終わらせたい。
「大丈夫、今回は事前に来ることがわかってる。水魔法も、この愛刀だってある…。俺がなんとかしてやる…」
「…? 何か言った?」
「あっ、いや何でも無いデス」
せっかく戻ってきたのだから、即刻対策を練らねばならない。燃え盛る屋敷の住人を見なくて済むように。
お久しぶりです、みちをです…!
本当に久しぶりに浮上しました。
読みやすい文章を模索したり、語彙を増やそうとしてみたり、既出の小説をセルフ添削して改良したりしていました。
アトチョットシタ サジガアリマシテ…
少なくとも来週は確実に投稿できますから!!
しばらくはちゃんと定期投稿する予定です…!
次週も読んでいただけたら幸いです!




