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賢君源実朝  作者: shingorou
第4章 賢君への道
53/54

53 永遠の旅路(4)

 降り積もる闇夜の雪の中、三つか四つくらいの幼児おさなごがうずくまって一人で泣いていた。

「ととさま、ととさま」

 幼子は必死で父の名を呼ぶが、父は幼子をなかなか迎えに来てくれなかった。

 そこに、一人の若い貴公子がやってきた。

「ととさまが、いないよう」

 貴公子は、目に涙をいっぱいためて泣きじゃくる幼児に視線を合わせ、その手を握って、涙をぬぐってやってから、ぎゅっと懐に抱き留めた。

「寒い中、一人で寂しかったであろう。善哉」

 善哉は、小さな手で縋りつくように大好きな叔父に抱きつき返した。

 実朝は、幼い甥を抱き上げて闇夜の中を進んで行く。

そこに、善哉と面影の似通った別の若い貴公子が現れた。実朝の兄で、善哉の父頼家だった。

 実朝に抱かれている善哉が「ととさま!」と小さく呟いた。

 頼家は、善哉の方をぎろっと睨んだ。それを見た幼い善哉はびくっとなって、叔父の腕の中で再び泣き出してしまった。

 幼い甥を優しくあやしながら、実朝は、兄の方に近づいて行く。

「一人で立ち上がれぬ軟弱者は、我が子にあらず!勝手に朽ち果ててしまえ!」

 頼家は、善哉に向かって怒ったように叫んだ。

「善哉が弱虫だから!ととさまは、善哉のことが嫌いなんだ!」

 容赦ない実父の言葉に善哉はますます泣きじゃくった。

「相変わらず、天邪鬼の意地っ張りであられる。可愛い我が子に、心にもないことをおっしゃいますな、兄上」

 そう言って、実朝は、善哉を抱き上げたまま、そっと頼家の腕に手渡した。

頼家は、不貞腐れたような顔で、実朝から善哉を受け取って抱き上げた。

「心配させおってからに!」

 善哉を懐に抱いた頼家は、ぼろぼろと涙を流した。

「ととさま!ととさま!」

 善哉はやっと探し求めていた父の腕の中で初めての安らぎを感じていた。

 その姿を実朝は慈愛に満ちた顔で見つめていた。


 将軍実朝が亡くなった後、御台所倫子は直ちに髪をおろした。

 実朝を慕う多くの御家人達もまた、髻を切って亡き主君の死を悼んだ。

 その中には大江広元の息子の長井時広、安達景盛、二階堂行村らの他、実朝の和歌仲間の塩谷朝業らも含まれている。

 実朝の命で宋へ渡るため博多で待機していた葛山景倫は、主君の訃報を聞いて直ちに引き返したが、鎌倉に戻ることなくそのまま高野山に入った。


 実朝という支柱を失った後、鎌倉も京も混乱状態に陥った。

 政子や義時らは、実朝の意思を継ぐべく、院に親王の下向を要請した。

 しかし、実朝亡き後、その混乱に乗じて様々な武力紛争が生じやすい状況となっていた。信頼する実朝を失った院の怒りは大きく、危険な場所に親王を送って国を二分するようなことはしたくないと言って、院は鎌倉方の要請を拒否した。

 妥協の結果、摂関家出身のまだ襁褓もとれていない数え二歳の三寅が鎌倉へ送られることが決まった。それと入れ違うように実朝の御台所倫子は京へ戻ることになった。


 御台所倫子が京へ戻る日の前日。

 尼御台政子が、やってきてある物を倫子に手渡した。それは、実朝が倫子から預かって懐に大切にしまっておいた紫水晶の数珠だった。

「雪の中必死で探させたのですが、どうしても百八つ揃わず。中には欠けているものも多くて。後から作り直させたのですが」

「御所様と、とりかえっこのお約束をしたのに。それはかなわないませんでした。ですから、母上様にこれを」

 そう言って、倫子は懐から、翡翠の数珠を取り出して、政子の手に握らせた。倫子のもとに紫水晶の数珠が戻り、実朝が受け取るはずだった翡翠の数珠は母のもとに戻っていった。

「あなたは、どこにいても私の娘ですよ」

 そう言って、政子は倫子を抱きしめて送り出した。


 親王推戴の内諾が決裂し、摂関家出身の三寅が実朝の次の後継者と定まっていく過程の中で、阿野全成の息子の阿野時元、頼家の四男で公暁の弟の貞暁などの源氏の男系も粛清されていった。

 実朝の死後、朝幕関係は悪化の一途をたどっていく。

 そして、承久三年、西暦一二二一年、ついに院が義時追討の院宣を発した。後に言う承久の乱が勃発したのである。

 和歌などの交流を通じてつながりの深かった貴種の実朝とは違い、院にとって義時は無礼で粗野な田舎者にしか思えなかった。義時とて、自ら進んで朝敵となりたいわけではなかった。

 承久の乱は、尼御台政子の鼓舞のもと、一致団結して立ち向かうことを決めた幕府軍の圧勝に終わり、院は隠岐に流された。


 戦後の処理で京にいた泰時は、和田合戦で行方不明となっていた和田義盛の孫の和田朝盛が朝廷方として参戦して捕らえられたが、隙を見て逃亡したとの噂を耳にした。

 袂を分かったかつての同僚は、亡き主君実朝を守れなかった北条に対しどのような思いを抱いていたのだろうか。

 院に忠誠を誓った実朝が生きていたならば、今のこの状況をどう思っていただろうか。泰時の脳裏には様々な想いが駆け巡った。




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