54 永遠の旅路(5)
承久四年、西暦一二二二年春。
義時は、実朝が愛した御所の梅の木の近くの石塚に静かに手を合わせていた。そこには、頼家の愛犬だった白梅、紅梅、実朝の愛犬だった雪、飛梅、久米と鎌倉殿の代々の忠犬達が眠っていた。
飛梅は、主人である実朝の最期を目撃した衝撃で食を受け付けなくなって衰弱死した。
飛梅の妻久米も、その半年後に夫の後を追うように静かに逝った。
梅の木の下では、飛梅と久米の子である五匹の白い雄犬達が、小弓を持って向かってくる幼い三寅から必死に逃げ回っていた。
三寅は、先日初めての犬追物を見て以来、犬を追いかけ回すのにすっかり夢中になってしまっていた。
「待て待て!待て待て!」
「これこれ、若君。そのような無体なことをしては、犬達が可哀そうではありませんか」
そう言って、義時は三寅を抱き上げた。
義時に抱かれたまま、三寅は実朝が愛した菅原道真ゆかりの梅の木を見ながら無邪気に言った。
「ねえ、執権。梅のお歌を作って」
「これは、困りましたな」
義時は、うーんと考えながら、やがて、歌を一首口ずさんだ。
「いでていなば、ぬしなきやどと、なりぬとも、のきばの梅よ、春を忘るな」
「菅原道真公の真似ですか。それにしても下手ねえ」
それを聞いた姉の政子が茶化すように言った。
「悪かったですね!」
ムッとなった義時に対して、政子は五匹の犬達を撫でながら答えた。
「でも、右大臣殿だったら、きっと喜んでくれるんじゃないかしら」
「ワンワン!ワンワン!」
飛梅の息子達も同調するように嬉しそうに吠えて、梅の木の周りを走り回っている。
鎌倉右大臣源実朝が愛した梅の花は、懐かしく親しい人達に春を告げるかのように咲き誇っていた。
貞永元年、西暦一二三二年。
泰時は、最近できたばかりの式目を片手に、海を眺めていた。
和賀江島。それは、泰時が式目と同様に実朝の意思を実現しようと新設した人工の港である。
由比浦の東にできたこの港のおかげで、巨舟の出入りの煩いがなくなり、実朝が考えていたとおり、今後はより交易が盛んになり、鎌倉の活性化が進むであろう。
「なかなかに、よき眺めにございますな、執権殿。右大臣様がご覧になられたら、さぞお喜びになられることでしょう」
三浦義村が目を細めながら、懐かしそうに話しかけてきた。
「それにしても、この式目な何じゃ!悪口で流罪、軽くて入牢とは!あの説教ばかりで、口うるさい若年寄の右大臣様でさえ、もっと軽い処分で、最後には笑って許してくれたもんだ!」
「そうですよ、兄上!たかが、色恋沙汰で所領の半分を没収というのはどうみてもおかしいじゃありませんか!」
そこに、長沼宗政と泰時の弟の朝時が口を挟んできた。
(かつて馬鹿なことをしでかした奴らが何を抜かすか!)
堅物の泰時は眉間に青筋を立てながら、皮肉気に言い返した。
「聖人達がおわした古の時代には、その徳をもって世を治めることができたから、厳格な法というものは必要がなかったのだ。右大臣様は、まことに徳が高く、度量の広いお方であった。しかし、私には、右大臣様のような器量はないから、言いたい放題やりたい放題の馬鹿者に対して、厳格な法が必要となるのだ!」
「こんなんだったら、若年寄の時代の方がよっぽどよかったよな!」
「さよう。若年寄の時代が懐かしい」
朝時と宗政は、それでもまだ不満げな様子で軽口をたたいた。
世の中に麻は跡なくなりにけり心のままの蓬のみして
(右大臣様は、いつだって、麻のようにまっすぐと立って、皆を導いておられた。今の世は、好き勝手やりたい放題の馬鹿な蓬のような奴らばかりだ。右大臣様は、こんな連中相手に、最後は笑って許しておられたが、私はとてもそんな心境にはなれそうにないな)
泰時は盛大なため息とともにそう思った。
世の中は常にもがもな渚こぐ海人の小舟の綱手かなしも
漁師が小舟の綱を張って渚を漕ぐ、そんな日常の風景が愛しいと感じられるように、世の中もこのように常に穏やかなものであってほしい。
家臣と民を心から慈しんだ鎌倉右大臣源実朝の歌である。泰時の目の前には、実朝が愛した海といくつもの船がどこまでも続いていた。
文永十一年、西暦一二七四年の秋も深まった頃。
西八条禅尼と呼ばれる高貴な老尼僧が静かに息を引き取った。
「倫子、倫子」
「御所様、ずっとお会いしとうございました」
夫も、自分も、最後に会った若い時の姿のままだった。
実朝と倫子は手をつないで、はしゃぐように海辺を走って行く。
「見てごらん、私たちの船だよ。さあ、どこへ行こうかな」
「御所様と御一緒ならどこへでも」
実朝と倫子は笑い合い、大海原に旅立って行った。
完




