45 大きな夢(2)
「お懐かしうございます!御所様は、前世は育王山の長老であられ、私はその弟子でした!」
和卿は、実朝の顔を見たとたん、不可解な言葉を口にし、いきなり泣き出した。
(思ったとおり、大げさで胡散臭い男だな)
実朝は苦笑しながら、歌を口ずさんだ。
「世も知らじわれえも知らず唐国の岩倉山にたきぎこりしを」
「はっ?今何と」
日常生活での会話には不自由のない和卿であったが、さすがに和歌の心得まではない。
実朝の呟きを聞いて、時房は実朝の意図をすぐに察したようだ。
実朝は、何やらえらく真剣な表情を作って和卿に言った。
「その話ならば、私も知っている。元暦元年の六月三日の丑の刻に私もそなたと同じ夢を見たのだ。世の人も知らないし、私もよくは覚えてはいないが。前世で私は、唐の国の山の中で薪をきって、仏道修行に励んでいたはずなのだ」
話を聞いていた泰時は唖然となって、隣にいる時房にひそひそ声で言った。
「そんな話、私は御所様から聞いたことありませんよ。何でまた、いきなり御所様はそんな突拍子もないことを」
時房は、相変わらずのほほんとした表情で言った。
「御所様も、騙されたふりをして一芝居打つとは、お人が悪い」
実朝の言葉を聞いた和卿は、ますます感激して涙を流した。
「これぞ、御仏のお導き!」
そんな和卿に対して、実朝は、和卿の手を取って、和卿の瞳を見つめながら言った。
「我が弟子よ!私は、誰も見たことがないような大きな船を造って、それに乗ってそなたと共に故郷の育王山に帰りたいと思う!」
実朝の父頼朝は、策略的な人たらしで有名だったが。実朝は、天然無自覚で、人が自分に寄せる好意には無頓着で鈍感なところがある分、なお始末が悪かった。
「はい!我が師よ!」
和卿は、やけに熱っぽい瞳で実朝の手を握り返し、頬ずりまでし出した。
鈍感な実朝は、「異国の者は感情表現が大袈裟なのだな」とこれまたのほほんと構えていた。
それを見た泰時のこめかみの血管が浮き出た。
「あんな得体のしれない男にいいようにされるなど!」
和卿との面会の後、くどくどと説教を繰り返す泰時に、実朝はややうんざりしていた。
時房が泰時を宥めるように言った。
「前に、太郎に、御所様が、鎌倉を拠点として、宋と直接交易を行い、東国の活性化を図りたいと言われたことがあっただろう。御所様は、それを実行に移したいとお考えなのだ」
時房の指摘で初めて実朝の意図に気づいた泰時は、なお声を荒げた。
「それならそうと、どうして前もってはっきりおっしゃってくださらなかったんですか!」
「状況を見れば、はっきり言わなくても分かるだろうと思って」
要領がよく、勘の鋭い時房ならともかく、堅物で融通のきかない泰時にそれを悟れというのが無理な話である。
その後、実朝は、「自分は大船を造って宋に行く。自分に続いて宋へ行きたいと思う者は名乗りをあげよ」との触れを御家人達に出した。
寝耳に水状態の叔父の義時は、広元を伴って、珍しく声を荒げた。
「勝手に鎌倉を留守にするなど、できるわけないでしょう!突然、何を訳の分からないことをおっしゃるのですか!」
血相を変えて飛んできた義時と広元を前に、実朝は笑いながら言った。
「叔父御も、大官令も落ち着け。何も、船ができてから、本当に、すぐにでも私が宋に渡るというわけではない。まあ、栄西和尚から話を聞いて、いつか行ってみたいとそれくらいの夢は私にもあるが。太郎には、前々から話していたことなのだが。私は、鎌倉を拠点として、宋との交易を行って東国の活性化を図りたいのだ」
若い将軍の未来への希望にあふれる話を聞いた者たちは、我も我もと名乗りを上げ、あっという間に、御所の周りは、興奮と熱気で包まれた雰囲気となっていた。
「面白いではありませんか!船のことならば、我ら三浦にぜひお任せを!」
大いに乗り気になった三浦義村が、楽しげに言った。
「貴殿まで、いい年して、何を寝ぼけたことを言っておるのだ!大船の建造など、いかほどの費用がかかるか分かっておるのか!」
頭を抱えながら、義時は、義村を睨みつけた。
若い将軍は、叔父に対する強気の姿勢を崩そうともしない。
「確かに、大船建造には、多くの費用がかかるであろう。しかし、今後、鎌倉を拠点として宋と直接交易ができれば、経済面でも文化面でも、それにより得られる利益ははるかに大きいはずだ。かの清盛入道の例を見てみよ。大船を造る過程一つとってみても、様々な知識や技術がこの鎌倉にもたらされ、人々の交流が活発となる。未だに多くの荘園を持つ西国に対しても、経済力で坂東が対抗することもできるはずだ。それに、この間、東寺で尊い仏舎利が盗まれるというとんでもない事件が起きたばかりではないか。宋へ使節を派遣して、仏法を学ばせることは王法を守ることにもなるはずだ」
実朝に便乗するように時房も言った。
「京のやんごとなきあたりにも、坂東の底力を見せてやろうではありませんか!」
「将軍自ら大きな志を持っていることを見せる良い機会だ。かの清盛入道に可能だったことが、源頼朝の息子である私にできないということがあろうか?」
「ございません!」
前々から実朝の夢を内密に聞かされていた泰時もまた、実朝に同意した。




