46 大きな夢(3)
慎重派の年配者である義時と広元には、大船建造のことだけでなく、将軍に物申したいことがあった。
和田合戦以来、据え置きだった実朝が急に昇進したことについて、朝廷側に何か裏があるのではないか。
朝廷が関東に余計な干渉をしてきたり、関東が朝廷の言いなりになっては困る。これは俗にいう官打ちではないか。
子孫の繁栄を望むなら、父頼朝のように、今の官職は辞退し、武家の棟梁としての征夷大将軍だけにして、年をとってから大将を兼務するべきだ。
などなど、慎重派で心配性な義時や広元らは、若い将軍に様々なことを諫言した。
実朝は、この機会に義時らにはきちんと話しておかなければなるまいと思い、話し始めた。
「諫言の趣旨はよく分かる。だが、私は生まれつき体が弱く、もしかしたら実子に恵まれず、それほど長生きもできぬかもしれぬ。母上には、竹姫を御台の猶子とした際にお話したのだが。私は、院様の皇子で御台の甥に当たる冷泉宮様を第一候補として、京のやんごとなきお方に竹姫を嫁がせようと考えている。私に万が一のことがあったときの布石として、私は竹姫の子の系統を後継者候補とすることも頭に入れている」
先代頼家との確執から、頼家の男系を後継者とすることには大きなわだかまりが残る北条にとっても、実朝の候補案は納得できる路線のものだ。そこまで先のことを考えている甥に対して、義時には返す言葉がなかった。
それでもなお心配がちに実朝を見つめている義時と広元に対して、実朝は、努めて明るく言った。
「官打ちか。呪詛それ自体で私がどうこうなるはずもない。ああいうのは、結局、呪詛されているという心の弱さが己を衰弱させるのだ。そんなものを恐れるなど、武勇を誇る坂東武者の名が泣くぞ。院様は豪気なうえに厄介な性格のお方だ。官位も、権威も、もらえるものはもらって、逆にこちら側が利用できるものは利用するくらいの気構えでなくてはやっていけぬぞ」
義時と広元は、やれやれと言った表情でお互いの顔を見た。とうとう慎重で心配性な年配者達も若い将軍の説得に根負けした。
その年の十一月、大船建造計画が決定され、始動した。
翌建保五年、西暦一二一七年。
若い将軍の夢と威光を示すかのように、大船建造は着々と進んで行く。
ある晴れた春の終わりの夕方。実朝は、急に思い立って、御台所倫子を伴って、永福寺へ出かけた。二人きりになった牛車の中で、実朝はぎゅっと妻を抱きしめたまま、妻の頬を撫でたり、唇を吸ったりして、その感触を楽しんでいる。
やがて、カタンと牛車が止まる音がした。実朝は、手を差し出して妻を降ろした後、「さあ、行こう」と促した。
満開の桜の木の下を、実朝と倫子は手をつないで歩きながら、景色を堪能している。
「梅も良いが。満開の桜もまた格別だ。御台には、これを見せたかったのだよ」
そう言って、実朝は、倫子の髪を手にすくいとり、くっついていた花びらごと口に含んでから、その髪に口付けた。
「お船の完成が楽しみでございますね」
微笑む妻に対して、実朝もまた笑みを返す。
「もしも、私が本当に宋に、いやもっと遠い天竺まで行くとしたら、御台も一緒に来てくれるだろうか?」
夫の問いに、倫子は嬉し気に答える。
「御所様と御一緒でしたら、どこまでも」
桜の木の下で、実朝は、愛する妻との甘く幸せな時間を過ごした。
将軍の威光を示すかのように、大船はわずか五か月の速さで完成した。進水式は、海面の水位の上がる日を選んで行われた。
しかし、進水式の当日。人々の期待を背負った大船だったが。由比浦はもともと浅瀬だったことが原因で、船が座礁してしまい、結局大船が浮かぶことはなかった。
「ああ!何てことだ!」
がっくりと肩を落として、一番意気消沈し、さめざめと嘆き悲しんだのは、実朝ではなく、実は義時だった。
当初は大船建造に反対していた義時であったが、元々調子者の性格もあってか、大船が完成に近づいてゆく姿を目の当たりにして、いつになく興奮状態となって大船が完成して浮かぶのを楽しみにするようになり、すっかりその気になっていたのだ。
当の実朝はと言うと、若いだけあって立ち直りも早かった。実朝は、繊細なようでいて、大胆で怖いもの知らずな一面があり、たった一度の失敗で諦めるような気弱な性格ではなかった。
「船を造るよりも、まず、船出に必要な港を整備する必要があったのだな。大船で大きな損害を生じさせた手前、今すぐというわけには行かぬが。いずれ、よい場所を見つけて港を造りたい。できることなら、清盛入道の造った大輪田泊に負けぬ大きなものがよいなあ。まずは、皆の苦労を無駄にせぬためにも、使われた資材で再利用できるものは活用して、船の修理をしなくては」
そう言って、実朝は逆に義時を明るく励ました。
「近習の中から、ひとまず九州へ行かせて、そこから宋へ向かわせてはいかがでしょうか」
自分が行きたそうな期待を込めて言う時房に対して、実朝は少し意地の悪そうな顔をして言った。
「五郎叔父と太郎は、鎌倉を離れられぬ私と小四郎叔父の側で何かと役に立ってもらわねばならぬから、行かれぬぞ」
それを聞いた朝時が、調子に乗って口を挟んできた。
「なら、年齢からいって、北条の代表として儂が行きます!」
「お前のような馬鹿息子が行っても、物の役にも立たぬわ!」
「異国で羽目を外して、我が国の恥となるだけだ!身の程知らずが!」
朝時の言葉に、父の義時と兄の泰時が一斉に異議を唱えた。
「葛山五郎が熱心に異国の言葉を学んでいたな。落ち着いたら、彼にとりあえず九州に出向いてもらうとするか」
「海のことなら、やはり我ら三浦の出番ですな!ご助力いたしますぞ!」
三浦義村も笑いながら実朝の話に乗った。
おおらかで明るい実朝の姿を見て、皆笑っていた。若い将軍は、どんなときも、前へ進んで皆を導こうとしていた。




