第256話 覚悟
王城内部、王族と貴族のみに開かれる礼拝堂は、夜明けの冷たさをわずかに残していた。
高い窓から差し込む朝陽は、色付きガラスを透過し、床石に清冽な金と赤の紋様を刻む。冷ややかな静寂の中、燭台の小さな炎が揺れる音さえも大きく響く。
最も荘厳な中央祭壇の前には、お馴染みのデュール神像。御尊顔が朝の光を浴び、鮮明に浮かび上がっている。
男神像の前に立つ国王陛下は純白のローブを纏い、表情は硬い。その傍らのオリヴァー殿下は、軍議に臨むように深く冷静に呼吸を整え、私に視線を集中させている。
リディアさんは背筋を寸分の狂いもなく伸ばし、神剣の柄に置いた手は微動だにしない。彼女にとっては、この厳粛な場所でさえ、私を護りきる最前線なのだろう。
そして、集まる視線の中に立つ私。神聖な朝の光を浴びながらも、内心は「寒い」「眠い」「大勢に見られてる」という、激闘後の倦怠と俗世的な不満に満たされていた。
私が祭壇の中央に進み出ると、礼拝堂内の全ての者が静かに頭を垂れた。
私は深呼吸し、デュールさんを呼び出すために呼吸を整える。
ゴーン、ゴーン、ゴーン――
王城の鐘楼から三度、早朝の鐘が澄み切った大気に響き渡った瞬間、男神像の真横に、朝日さえもかき消すほどの眩い光源が突如発生した。
礼拝堂の中央、空間そのものが震え、光が屈折する異様な現象が起こり始めた。
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私は今、淡い青い光が紡いだ円錐状のフィールドの内部に立っている。外側の厳粛な礼拝堂の風景は、青光の膜によって遠く、歪んだ幻のように見えていた。
国王陛下たちの息遣いも、この膜を境に完全に遮断されている。
そして青光の中で、デュール神が私と向かい合っている。
私たちは王城の中心で、世界の常識から隔絶された二人きりの秘密の空間を共有していた。
私はその非現実的な光景の中で、密談に備えもう一度静かに息を吸い込んだ。
青光の円錐の中で、デュール神は静かに、しかし空間の振動を伴うような声で語りかける。
「 ――ついに我が使命を果たしたかハルノ君。まずは礼を述べよう。小惑星を静止させ、地球そのものを救うその偉業を、わたしは正確に認識している 」
「 ハルノ君が、今なお捧げ続けている献身。それは歴史の中でも比類なきものだ。感謝しよう! ハルノ君のその『犠牲』は、この宇宙の摂理において、極めて大きな『価値』として刻まれよう 」
「 デュールさんに聞きたいことは一つ! 日本の専門家は、最低三日は静止させておいてほしいって言ってたけど、三日経てば本当に解除しても問題ないのかどうか・・・ズバリその点をデュールさんから答えを聞きたい! 」
私の現実的で切実な問いに対し、デュール神は静かに、しかし宇宙的な重みを帯びた声で答えた。
「 ――その疑問は理解できるよハルノ君。己の生命を天秤にかけている以上、当然の問いだ 」
「 だが、わたしはその問いに、直接『是』とも『否』とも答えることはできない 」
デュール神の声は揺るがない。
「 解りやすく伝えると、我々には、この宇宙における『自由意志の原則』を尊重する義務がある。ハルノ君に与えられた使命は『小惑星の静止』までであり、その『解除の判断』、すなわち人類の存続に関わる最終的な選択は、使徒たるハルノ君、そして地球の住人自身が担うべき責務なのだ 」
「 わたしは、君に絶大な力と、その行使に必要な情報を与えた。あとは君自身がその知識、判断力、そして何よりも君の『良心』に基づき、最終決定を下すのだ 」
「 それが、君が『命を懸けている』ことの真の意味だハルノ君。三日という数字が導く結論を、わたしの示唆によって曖昧にするつもりはない。決断は、君自身が下すべきものだ 」
「 マジかよ! そんな風に言われたら安牌取るしかなくなるやん! 結局、寿命を使い切るのが最善って判断にどうしてもなるやんか! 」
私は半分キレ気味に詰め寄った。
「 はぁ~・・・全然解りやすくないやん。まぁいいわ。けむに巻かれるのはいつもの事だし・・・もはや怒る気にもならんな 」
「 まぁ、そもそも期待はしてなかったけど・・・やっぱり私の死は確定なのか 」
▽
青白い光の円錐が収束し、デュール神の姿が消えた瞬間、礼拝堂内の冷気が一気に私を包み込んだ。
私は、まるで濃密な酸素を奪われたかのように、深い疲労感と共にふらりとよろめいた。
デュール神の曖昧で非情な言葉は、私の心を重く冷え込ませていた。
祭壇の端で待機していたリディアさんが、すぐさま一歩踏み出し、私の肘をそっと支えた。
その手は冷たい剣の柄から離れたばかりなのに、驚くほど熱を持っていた。
「 ハルノ様! 大丈夫ですか? もしやデュール様との会話で、何かさらに過酷な要求を飲まされたのでは? 」
リディアさんの表情は、心底からの不安と動揺が滲んでいた。彼女は私の目を見つめながら、まるで自分のことのように息を詰めている。
私は力なく首を振り、無理に口角を上げる。
「 いや、大丈夫かな。いつもの煙に巻かれるパターンだよ。ただちょっと、寿命の使い道について現実を突きつけられちゃったかな 」
その言葉は、リディアさんの不安を打ち消すどころか、かえって彼女の剣呑な雰囲気を強めた。彼女は国王陛下たちに背を向け、私を庇うように一歩前へ出て、低く――か細い声で囁いた。
「 ハルノ様の命を救えるのであれば、わたしは陛下であろうとデュール様であろうと、剣を抜くことを厭いません 」
リディアさんの真剣な眼差しは、言葉通り、世界の摂理にさえ抵抗する覚悟を示していた。
「 物騒なこと言わないで。でも、ありがとう 」
「 しかしながら私に許された時間は少ない。この大切な時間を使い、最後までリディアさんと二人きりで過ごしたいのは山々だけど、私は霊薬を量産したい 」
私は国王陛下に向き直り、告げる――
「 陛下――、私たちはこれからすぐに街へ降り、ヒルダさんのとこで霊薬を作ります。専用の瓶をどんどん作って運び込んでください! 交代制で夜通し作っていただきたい! 指示をお願いできますか? 」
「 もちろんでございます! 」
たぶん陛下たちは――、デュールさんから新しい指示を与えられて「ポーションを量産する」と言い出したとでも思っているのだろう。
「 では道中、ハルノ殿からの依頼の進捗状況を報告させていただきます! 」
オリヴァー殿下も、駆け寄りながらそう告げていた。
▽
王城の専用馬車で揺られながら、各地の報告を受けた。
モンド寺院の『神剣』発掘作業には、ハンターでありPTリーダーを務める――カノン・ヘルベルさんが率いる一団が従事しているらしい。王国の兵士も大勢投入されている。
ちなみに、ライベルク王国に移住して久しい、大剣使いのユリウスさん、考古学者のルイさんも同行しているという。
彼らには、ミラさんが国を取り戻したことを報告しなくてはならない。それを聞いて戻りたいと言うならば、龍さんに頼んで運んでもらうしか手段がない。私にはもう、日本を介して長距離を移動する時間はない。
次に、かなりの遠方だが、東の【風鳴りの森】の調査へは、オリヴァー殿下直属の兵士さんたちが大勢投入されていた。また、フェルディアド公国という耳慣れない国から『使徒(私)の調査』に訪れている、エリオンさん率いる三人も同行しているらしい。
魔道士のリアナさんに再会できないまま死ぬのは、ちょっとだけ寂しい気もするのだが――
「 ハルノ殿に今回持ち込んでいただいた大量の物資は、人海戦術で全て王都の倉庫へ搬入済です。もちろん上級兵による警備も徹底しております。報告は以上ですね 」
オリヴァー殿下は最後にそう伝え、冊子を閉じた。
私が運び込んだ超大量の物資の仕分けはこれからだ。もう私には、それを手伝う時間がほとんど残されていない。口頭で指示を出すだけになるだろう。
「 あ~、ヒルダさんのとこ行く前に、先にマリアさんに会いに行こう 」
誰にともなく、私は不躾にそう告げた。
それを聞いた殿下が、即座に御者に伝えていた。
「 はぁ~・・・私はただ日本から仕入れたいろんな物を売りさばいて、のんびりと商店経営したかっただけなんだけどなぁ・・・ 」
「 いつの間にかこんな事態になっちゃって・・・ほんとに怒涛の日々だったなぁ 」
私の心の底からの吐露は、リディアさんの表情をさらに曇らせたのだった。




