90・期間限定の恋人・22
小悪魔マユ・90
『期間限定の恋人・22』
マユは、もう一度美優の心に語りかけた……。
――美優ちゃん……ごめん。ガン細胞が一個だけ残っていて、魔法の効き目がきれたとたんに増殖し始めた。がんばってやっつけてるけど……ううん、がんばってやっつける。
――…………。
――美優ちゃん?
――もういいわ、マユちゃん。本当は、夕べで尽きる命だったんだもん。たった一日だったけど、十分に満ち足りていた。
――弱気にならないで。わたしもがんばるから。
――お願い。痛みと苦しさだけ、なんとかして。この番組が終わるまでは……お願い。
――分かった……。
そのとたん、痛みと苦しさが無くなり、顔色ももどってきた。
「ね、元気になったでしょ」
「ほんとだ。美優ってあがり性なんだ」
「そりゃ、旦那様が命賭けてやった仕事だもの。自分のことよりもドキドキ」
「大丈夫だよ。会長の閃きと、メンバーのがんばり。さっきのリハでもオモクロは圧倒されてたからね」
「そうね、結果が楽しみね」
美優は、もう一つの結果が心配になっていた。黒羽の義父のことが。夕べも病院に行こうかと、黒羽は妹の由美子に電話したが、持ち直して元気になったそうで、「今夜は二人で居ろ! って言ってる」と由美子は明るく言っていた。しかし、スマホから漏れてくる由美子の声が、少し明るすぎるように聞こえた。でも、自分たちの幸せの明るさにひっぱられて、すぐに忘れた。それが、自分が、こういう状態になって、また気になりだしたのである。
――お義父さんは……?
――あ、元気だよ。
マユは、つとめて平然と言ったつもりだったが、美優には分かってしまった。
――お亡くなりになったのね……。
――……昨日、黒羽さんが電話した直後。お父さんの言いつけで、この番組がおわるまでは、言っちゃいけないって言われていたらしいわ。
――そう……。
――でも、二人のことは本当に喜んでらっしゃった。このこと、黒羽さんには内緒にね。
――うん……あ、足の感覚が……立てないわ。
――ちょっと待って。
マユは、大急ぎで、脊髄のガン細胞の半分をやっつけた。それで美優は歩けるようになり、化粧室に行った。身を整え、メイクをやり直そうと思ったのであった。
「ちょっと化粧室行ってくる」
「すぐ戻ってこいよ。もうオンエアーだからな」
「うん」
化粧室から戻って、席についたとたん、また足の感覚がなくなった。
いよいよ本番が始まった。
スタジオの左右にひな壇が組まれ、それぞれAKRとオモクロのメンバーが陣取る。センターには、大きなステージが組まれ、その奥が審査員席になっている。観覧席の者にも、審査ボタンが渡され、曲ごとに投票できる仕組みになっている。そして、視聴者もテレビのリモコンで投票できる仕組みにもなっている。
二曲ずつのメドレーで、トークが入り、投票することになっていた。
八曲目までは、伯仲のシーソーゲーム。
九曲目、オモクロの『秋色ララバイ』で998点のポイントがついた。1000点満点なので、ほぼカンペキである。それまで、AKRはオモクロに2点の差を開けられていたので、苦しいところだ。
緊張とむき出しの闘志で、メンバーがステージにあがった。
――力みすぎてる。
黒羽は、ディレクターの勘で、トチリを予感した。
そして、予感は曲が始まる前のMCとの会話のところで現実になった。
張り切りすぎた知井子がジャンプしてバランスを崩し、ステージから落ちてしまった。それも、助けようとした矢頭萌を巻き込んで……で、結局、この知井子のドジでスタジオは爆笑になり、メンバーはリラックスして『コスモストルネード』を歌い上げることができた。
得点は999点。オモクロとの差は1点にまでつまった。
いよいよラストの曲。
オモクロは再結成のときの『この道を行け!』をぶつけてきた。オモクロは、この曲で路線を変更、おもしろクローバーから想色クロ-バーにグループ名を変えた大ヒットした記念の曲である。
点数は998点。AKRは次の曲で満点を出さなければ優勝できない。999点で、かろうじて同点である。AKRは最後に、この曲を選んだ。
『オーバーザレインボウ』
むろんアレンジはしてあるが、古さは否めない。思い切った選曲である。この選曲は、会長が黒羽から、美優の父のオルゴールの話を聞き、急遽ラストに加えた。
前奏はオルゴールそのままである。美優は、頭の中が、懐かしさと、愛おしさで一杯になった。
曲の主題に入ると、とたんに曲はビビットになる。
振り付けも激しさの中に、品の良いチャーミングさがあった。振り付けの春まゆみは、会長にドヤ顔、それを受けて会長は、方頬で笑った。
得点は……998点……しかし、観覧席のボタンが一人だけ押されていなかった。そして、ほんの一秒遅れて、それは押された。
999点、総合で同点。AKRからも、オモクロからも、スタジオのみんなからも歓声が上がった。黒羽も思わずステージにあがり、メンバーのみんなとハイタッチ、カタキのオモクロのディレクターの上杉とも肩を叩き合って握手した。
……そして観覧席……笑顔のまま美優は息絶えていた。
美優は、最後の力を振り絞ってボタンを押していたのだ。
一秒遅れで……。
マユは、美優の中で慟哭した。とうとう美優を、やっぱり美優を、助けることができなかった……。
――よくがんばったよ、マユ。
その思念は、突然飛び込んできた。それは……オチコボレ天使の雅部利恵であった。そして、スタジオの隅にいる利恵の手の上には、今肉体から離れたばかりの美優の魂が乗っていた。
それは美優らしい上品なエメラルドグリーンに輝いていた……。




