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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
90/118

90・期間限定の恋人・22

小悪魔マユ・90

『期間限定の恋人・22』    



 マユは、もう一度美優の心に語りかけた……。


――美優ちゃん……ごめん。ガン細胞が一個だけ残っていて、魔法の効き目がきれたとたんに増殖し始めた。がんばってやっつけてるけど……ううん、がんばってやっつける。

――…………。

――美優ちゃん?

――もういいわ、マユちゃん。本当は、夕べで尽きる命だったんだもん。たった一日だったけど、十分に満ち足りていた。

――弱気にならないで。わたしもがんばるから。

――お願い。痛みと苦しさだけ、なんとかして。この番組が終わるまでは……お願い。

――分かった……。

 そのとたん、痛みと苦しさが無くなり、顔色ももどってきた。

「ね、元気になったでしょ」

「ほんとだ。美優ってあがり性なんだ」

「そりゃ、旦那様が命賭けてやった仕事だもの。自分のことよりもドキドキ」

「大丈夫だよ。会長の閃きと、メンバーのがんばり。さっきのリハでもオモクロは圧倒されてたからね」

「そうね、結果が楽しみね」

 美優は、もう一つの結果が心配になっていた。黒羽の義父のことが。夕べも病院に行こうかと、黒羽は妹の由美子に電話したが、持ち直して元気になったそうで、「今夜は二人で居ろ! って言ってる」と由美子は明るく言っていた。しかし、スマホから漏れてくる由美子の声が、少し明るすぎるように聞こえた。でも、自分たちの幸せの明るさにひっぱられて、すぐに忘れた。それが、自分が、こういう状態になって、また気になりだしたのである。

――お義父さんは……?

――あ、元気だよ。


 マユは、つとめて平然と言ったつもりだったが、美優には分かってしまった。


――お亡くなりになったのね……。

――……昨日、黒羽さんが電話した直後。お父さんの言いつけで、この番組がおわるまでは、言っちゃいけないって言われていたらしいわ。

――そう……。

――でも、二人のことは本当に喜んでらっしゃった。このこと、黒羽さんには内緒にね。

――うん……あ、足の感覚が……立てないわ。

――ちょっと待って。

 マユは、大急ぎで、脊髄のガン細胞の半分をやっつけた。それで美優は歩けるようになり、化粧室に行った。身を整え、メイクをやり直そうと思ったのであった。

「ちょっと化粧室行ってくる」

「すぐ戻ってこいよ。もうオンエアーだからな」

「うん」


 化粧室から戻って、席についたとたん、また足の感覚がなくなった。


 いよいよ本番が始まった。


 スタジオの左右にひな壇が組まれ、それぞれAKRとオモクロのメンバーが陣取る。センターには、大きなステージが組まれ、その奥が審査員席になっている。観覧席の者にも、審査ボタンが渡され、曲ごとに投票できる仕組みになっている。そして、視聴者もテレビのリモコンで投票できる仕組みにもなっている。

 二曲ずつのメドレーで、トークが入り、投票することになっていた。

 八曲目までは、伯仲のシーソーゲーム。

 九曲目、オモクロの『秋色ララバイ』で998点のポイントがついた。1000点満点なので、ほぼカンペキである。それまで、AKRはオモクロに2点の差を開けられていたので、苦しいところだ。


 緊張とむき出しの闘志で、メンバーがステージにあがった。


――力みすぎてる。


 黒羽は、ディレクターの勘で、トチリを予感した。

 そして、予感は曲が始まる前のMCとの会話のところで現実になった。

 張り切りすぎた知井子がジャンプしてバランスを崩し、ステージから落ちてしまった。それも、助けようとした矢頭萌を巻き込んで……で、結局、この知井子のドジでスタジオは爆笑になり、メンバーはリラックスして『コスモストルネード』を歌い上げることができた。


 得点は999点。オモクロとの差は1点にまでつまった。


 いよいよラストの曲。


 オモクロは再結成のときの『この道を行け!』をぶつけてきた。オモクロは、この曲で路線を変更、おもしろクローバーから想色クロ-バーにグループ名を変えた大ヒットした記念の曲である。

 

 点数は998点。AKRは次の曲で満点を出さなければ優勝できない。999点で、かろうじて同点である。AKRは最後に、この曲を選んだ。


『オーバーザレインボウ』


 むろんアレンジはしてあるが、古さは否めない。思い切った選曲である。この選曲は、会長が黒羽から、美優の父のオルゴールの話を聞き、急遽ラストに加えた。

 前奏はオルゴールそのままである。美優は、頭の中が、懐かしさと、愛おしさで一杯になった。

 曲の主題に入ると、とたんに曲はビビットになる。

 振り付けも激しさの中に、品の良いチャーミングさがあった。振り付けの春まゆみは、会長にドヤ顔、それを受けて会長は、方頬で笑った。


 得点は……998点……しかし、観覧席のボタンが一人だけ押されていなかった。そして、ほんの一秒遅れて、それは押された。

 999点、総合で同点。AKRからも、オモクロからも、スタジオのみんなからも歓声が上がった。黒羽も思わずステージにあがり、メンバーのみんなとハイタッチ、カタキのオモクロのディレクターの上杉とも肩を叩き合って握手した。


 ……そして観覧席……笑顔のまま美優は息絶えていた。


 美優は、最後の力を振り絞ってボタンを押していたのだ。

 一秒遅れで……。

 マユは、美優の中で慟哭した。とうとう美優を、やっぱり美優を、助けることができなかった……。


――よくがんばったよ、マユ。

 

 その思念は、突然飛び込んできた。それは……オチコボレ天使の雅部利恵であった。そして、スタジオの隅にいる利恵の手の上には、今肉体から離れたばかりの美優の魂が乗っていた。

 

 それは美優らしい上品なエメラルドグリーンに輝いていた……。


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