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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
79/118

79・期間限定の恋人・11

小悪魔マユ・79

『期間限定の恋人・11』    




 マユは、美優の中にいて美優の心が少しずつ変化していっているように感じた。

 美優の命は、あと6日と4時間になっていた……。


 マユは、美優の体の中で必死にガン細胞と戦っていた。

 最初は、そこまでやるつもりは無かった。一週間だけ美優の体を元気に生かし、生きることの意味を少しでも悟らせようとしただけである。

 生きることは、楽しい事なんて一割もない。残りの半分は、その楽しみを得るための、ルーチンワークのような、そっけない日常。そして残り半分は失敗や努力の苦痛である。苦痛には、仕事の失敗、病気や事故、愛する者との別れなど目に見え自覚できるものもあるが、老いなどという緩慢な苦痛もある。それでも人間は人生を愛おしいものと思って生きていく。

 その苦痛を伴う愛おしさを、ほんのちょっぴり感じさせるだけのつもりでいた。だから簡単に一週間だけ、美優を健常にしてやるために美優の体の中に入った。


 しかし、美優の中で変化が起こった。黒羽との出会いである。

 

 黒羽は、店のお得意のプロディユーサーで、高校時代にほのかな恋心を抱いただけである。しかし、その黒羽が父の死を目前にして苦悩しているところに出くわしてしまった。

 そして、自分の死が訪れるまで、期間限定の恋人になってやることにしたのだ。生真面目な美優は、恋人らしく見えるように、ランチの帰り道、偶然を装ってキスまでした。しかし、それは、生涯をともに生きることを覚悟した婚約者の重さから見れば、ほんのイタズラのようなものに過ぎない。


 でも、美優は半日、モニター越しではあるが、黒羽の仕事ぶりを見てしまった。

 一見少年のような無邪気さでレッスンを見ている黒羽……でも、それはプロのディレクターの顔であった。観客の立場になり、どうやったら最高のAKRを人に見せられるか、真剣な無邪気さであった。

 そして、美優は、そんな黒羽を本気で愛し始めていた。そこで、マユは小悪魔の微力ではあるが、不可能に挑戦することにしたのだ。


 マユにできることは、美優の体の中でガン細胞を眠らせ、衰えた美優の体にエネルギーを与えることだけだった。そして、それは、あと6日と4時間で切れてしまう。


 マユは、美優のガン細胞を壊しにかかった。ただ小悪魔の力では、一日に1000個ほどのガン細胞を殺すことしかできなかった。ガン細胞は少なく見積もっても数億個ある。人体の細胞の数は60兆個の細胞でできている。それから見れば微々たるものであるが、一日に1000個の破壊では焼け石に水である。

 マユは期待していた。殺したガン細胞が、他のガン細胞を腐らせ殺していくのを。そして、それは美優の「生きる」気持ちと奇跡にかかっていた……。


「ねえ、お母さん。今夜からうちに黒羽さん下宿させてあげちゃいけないかしら」


 美優は、AKRの事務所から帰ってきて、母の手が空くのを待って切り出した。

「下宿……?」

「そう。お父さんの部屋……ダメ?」

 母は、わずか数秒で驚き、考え、そして結論を出した。

「いいわよ。わたしたちも、お父さんのこと、そろそろ整理しなくっちゃいけない時期かもしれないしね」

 父は、美優が小学校の時にガンで亡くなった。会社の定期検診でひっかり、入院し、亡くなるまでは半年しかなかった。父は商社の営業マンで、しょっちゅう海外に出張していた。だから父との思い出は、母子ともども並の家庭の1/10ほどしかなかった。それで父の思い出を大切にするために、父の部屋は生前のままにしてある。

「こんなことに未練もってたから……」

 父の部屋のドアを開けながら、母がつぶやいた。

「なに……?」

「ううん、なんでも……」

 父は、あまり整理上手な方ではなかった。だから、父が最後に部屋を使った散らかしようを維持しながら、掃除をするのは、大変だった。でも、そのぶん部屋の中にあるものは、全て把握していた……つもりであった。


 それは、机の上のドロシー・ゲイルの1/3サイズの胸像を持ち上げた時に気がついた。


 マユが、ちょっとビックリしたことが美優に影響したのかもしれない。そのドロシー・ゲイルの1/3サイズの胸像は、マユがフェアリーテールの世界で別れてきたドロシーにそっくりであった。

「お母さん、このドロシーの台座の底……」

「なに……?」

「この数字……」

「ああ、シリアルナンバーよ」

 母は、146/200を見て興味を失った。

「ちがうよ、このOZのOの中の数字よ」

 そこには、ロゴやシリアルと同じ金色で19851010と書いてあった。

「……これ、お父さんと結婚した日付だわ……どうして、こんなところに」

「なにかの暗証番号……じゃない?」

「カードの暗証番号にしては、ハンパな桁ねえ……」


 マユは、美優の記憶をちょっと刺激してやった。


「あ、ひょっとして……」

 美優は、父が使っていたパソコンのスイッチを入れた。

「これよ、きっと……」

 

 デスクトップのファイルに暗証番号を入れなければ開けないものが一つだけあった。それが、まさに8桁であった……。


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