78・期間限定の恋人・10
小悪魔マユ・78
『期間限定の恋人・10』
「道に迷ったな、この先進入禁止。大通りに出て、やっぱりタクシーにしよう」
黒羽はディレクターの顔になって、道を戻り始めた……。
店にもどると、お母さんが、なにか言いたげ聞きたげだったけど、すぐにHIKARIプロの事務所の会長室に向かった。ノックをしたが返事は返ってこない。
「失礼しま~す……」
会長室に人の気配はなかったが、モニターが降りていたので、コントローラーを手にとって起動ボタンを押す。メニュー画面が出てくる。ユーザー名の下に「MITSURU」と「MIYU」が出てくるので、迷わず「MIYU」選ぶ。設定・フォト・ミュ-ジック・ビデオとメニューが並び、ビデオの下に「スタジオカメラ」が出てきた。
○ボタンを押すと、ブースから見たスタジオの全景が見える。右のスティックでカメラが上下左右に、左スティックでカメラが移動する。不用意に動かすとダンスレッスン中のメンバーの子のお尻にピントが合ってしまった。慌てて右スティックを押し込むとオートフォローになり、カメラの方向を変えてもカメラはその子のお尻を追いかけたままになる。
×ボタンを押すと、メンバーは替わるが同じお尻。
「もう、こんなのじゃなくって……」
「R1ボタン」
「R1……」
声に従ってR1ボタンを押すと胸のアップ……!?
「それ、服部八重。イイカタチしてんだろう」
そこで気づいた。いつの間にか、会長が後ろに立っていた。
「もう、会長さん、こんなことして喜んでるんですか!?」
「そりゃ、美優ちゃんが勝手に操作した結果だよ。まあ、そんな顔しないで、△ボタンで、メニューを呼んで……そう。で、操作クラシック……ね、それでカメラがアナログで動かせるだろう」
しばらくカメラを動かしていると慣れてきた。
改めて全景にすると、メンバーやスタッフの熱が伝わってくる。
――特急電車、準急停車と間違えて、ボクはホームで吹き飛ばされた。
二回転ショック!ショック!
手にした花束、コスモストルネード!――
歌詞に沿って、旋回二回転……したところで、振り付けの春まゆみの声が飛ぶ。
「堀部え、あんた切れはいいんだけど力みすぎ。敵討ちじゃないんだからね。小野寺あんたドヤ顔しない。みんな全体にカタイよ。急に強い風に吹かれて、ビックリ、そして、ちょい困り顔のモエ~って一瞬だよ。あとは、パンチと切れ。萌だけじゃ、オモクロには勝てないからね。はい、もう一度サビの前から」
「はい!」
と、みんなで返事をして、また延々とレッスンは続く。そしていつしかカメラは、後ろでヘッドセット付けた黒羽に固定された。
軽くリズムに乗りながら、黒羽は前面の鏡に映るメンバーのカメラ写りをチェック。時々立ち位置を変えて観客のあらゆる視点を試していく。そしてモニターに映るメンバーのカメラ写りもチェック。そして常に黒羽の横に付いている専属ADに指示を与えていく。
美優は、もっと真剣な顔をした黒羽を想像していたが、なんだか文化祭の前日に出し物の準備をしているヤリタガリの男の子のような無邪気さだった。
「意外かい?」
それを見透かしたように、会長はエビせんべいを差し出した。一枚いただくと意外においしかった。
「もっと真剣な顔してやってるかと思いました……」
「真剣だよ。真剣に遊んでんの。そりゃ、歌や振りを最初に覚えるときは真剣一本だけどね。覚えちゃったら遊ぶ。オレたちエンタメは観てる人に楽しんでもらってナンボだからね。いかにステキに遊べるか、それを黒羽は探ってんの」
そういう会長も嬉しそう。エビせんべいをかじっている、その姿はガキ大将。
そのガキ大将といっしょに、美優は日が傾くまでモニターに釘付けだった。
マユは、美優の中にいて、美優の心が少しずつ変化していっているように感じた。
美優の命は、あと6日と4時間になっていた……。




