46・フェアリーテール・20
小悪魔マユ・46
『フェアリーテール・20』
「このままじゃ、終わらないよ……」
言葉の意味は、しばらくして分かった。
あたりに、ウヨウヨとサメが集まってカジキマグロを狙い始めたのだ。
サンチャゴじいちゃんは、モリを持って立ち上がった。
波に大きく揺れるボートの上で仁王立ちになり、獲物を狙うサメたちを寄せ付けまいと必死の形相。
普通の人間なら、あの揺れるボートに立っていることすらできないだろう。それをサンチャゴじいちゃんはサーファー顔負けのバランス感覚で立っている。
立っているだけではなく、カジキマグロに寄ってくるサメたちを追い払っている。最初の三頭までは、急所の鼻面を一撃にして仕留めたが、多勢に無勢、一騒ぎ終わったころには、カジキマグロは半分近く食いちぎられていた。
「こういうことなのね……」
マユは、小悪魔らしからぬ気弱さで呟いた。
「まだまだ、これからよ」
ミファは怒りと闘志のみなぎった声で、そういうと、船縁をギュッとつかんだ。
「これが夢でなきゃ、魔法で助けてあげられるんだけど……」
「これは、夢だけど、サンチャゴじいちゃんが言っていた最後の漁よ」
「……じゃ、これはドキュメントなの」
「だと思う。なにもかもサンチャゴじいちゃんの話のとおりだもん……ほら」
また、サメの一群がやってきた。カジキマグロは半分以上食べられてしまった。
「あと二回、サメが襲ってくる」
ミファの予想どおり、サメは二回やってきて、とうとうカジキマグロを骨だけにしてしまった。
しかし、サンチャゴじいちゃんは、最後までサメと戦った。
カジキマグロが骨だけになり、サメも寄ってこなくなると、サンチャゴじいちゃんは、くたびれ果てて船縁に頬を乗せるようにしてくずおれてしまった。
しかし、目は光を失ってはいなかった。
「なんで、こんなサメだらけのところで漁をしたの……サンチャゴじいちゃんは」
「うちの島はね、むかし大きな戦争に巻き込まれたの……で、負けちゃったから、漁場をひどく制限されて、頭の回る大人たちは、よその島に行って雇われ漁師をやっている。うちの島の漁師は優秀だから、どこでも重宝がられてる。あとは、ちょこっとした観光やら、葉たばこ作ったり……だから、島は、年寄りと女子どもだけになってしまった」
「それで、裏寂れているのね……」
「それでも、サンチャゴじいちゃんは漁に出た。こうやってリアルなじいちゃんの姿見ちゃうと、ほんと負けちゃうよね……」
「でも、なぜ、このことでサンチャゴじいちゃんを眠らせつづけておくんだろう」
「そうだよね……これなら、勇気づけられはするけど、ただの年寄りの手柄話だもんね……」
そのとき、ストローハットのボートの先が、なにかに当たった。
「ん、なんだろう……?」
なにかの先には、まだ海が続いているが、ゲームのエリア限界にきたように前に進めなくなった。しかし、サンチャゴじいちゃんのボートは二人のボートを残して、その先に進んでいく。
すると、目の前に大きなアラームが映し出された。
この先Z指定! CEROレーティング(コンピュータエンターテインメントレーティング機構)
「なに、これ……?」
ミファが首をひねった。
「だれか知らないけど、この夢に介入してるみたいね」
「Z指定だったら、あたしたち入れないよ」
「フフ、こんなもの……」
マユが、指を一振りすると、アラームは簡単に消えてしまった。
「え……どうやったの?」
ミファは、マユに聞こうとしたが、マユの姿が見えない。
「マユ、どこに行ったの……海に落ちた?」
ミファは船縁から海を見た。すると……。
海面に映っていたのは、ミファでもマユでもない三十過ぎの女性であった。
なかなかの美人である。ミファは驚いて、後ろを見て、もう一度海面を見た。その美人は紛れもなく、自分であるようだった。
「……これって、あたし?」
――でもあるし、わたしでもある。
自分の頭の中で、マユの声がした。
「マユ!?」
――わたしと、ミファを足したの。すると、こういう三十過ぎのイケたおねえさんになる。三十過ぎだからZ指定は関係なしよ……ちょ、ちょっと、どこ触ってんのよ!?
「あたしって、こんなに胸大きくなるんだ!」
――ま、二人分足した姿だからね、どっちの要素で、こうなったか分からないけどね。ま、体はミファが動かして。考える方は、わたしがやるから。
「で、とりあえず、どうしたらいいの。もうサンチャゴじいちゃんのボート見えないわよ」
――足もとにコントローラーがあるでしょ。
「あ、これ……ワイヤレスじゃないの?」
――首からぶら下げんの。この夢に介入したやつは、ゲーム仕様にしたみたいだから。△ボタンを押してみて。
「あ……!」
水平線に▼マークが現れた。
――その方角にサンチャゴじいちゃんがいる。R2ボタンがアクセル。L3のグリグリが舵だから、がんばってね。ボートが見えたらロックオンの※が出るから、R3で合わせて、押し込む。すると自動追尾になるから、よろしくね。
「よっしゃー!」
気安く引き受けたミファであったが、ロックオンまで二時間もかかるとは思わなかった。R2ボタンを押している右手の人差し指がケイレンをおこしかていた……。




