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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
46/118

46・フェアリーテール・20

小悪魔マユ・46

『フェアリーテール・20』  



「このままじゃ、終わらないよ……」


 言葉の意味は、しばらくして分かった。

 あたりに、ウヨウヨとサメが集まってカジキマグロを狙い始めたのだ。


 サンチャゴじいちゃんは、モリを持って立ち上がった。


 波に大きく揺れるボートの上で仁王立ちになり、獲物を狙うサメたちを寄せ付けまいと必死の形相。

 普通の人間なら、あの揺れるボートに立っていることすらできないだろう。それをサンチャゴじいちゃんはサーファー顔負けのバランス感覚で立っている。

 立っているだけではなく、カジキマグロに寄ってくるサメたちを追い払っている。最初の三頭までは、急所の鼻面を一撃にして仕留めたが、多勢に無勢、一騒ぎ終わったころには、カジキマグロは半分近く食いちぎられていた。


「こういうことなのね……」


 マユは、小悪魔らしからぬ気弱さで呟いた。

「まだまだ、これからよ」

 ミファは怒りと闘志のみなぎった声で、そういうと、船縁をギュッとつかんだ。

「これが夢でなきゃ、魔法で助けてあげられるんだけど……」

「これは、夢だけど、サンチャゴじいちゃんが言っていた最後の漁よ」

「……じゃ、これはドキュメントなの」

「だと思う。なにもかもサンチャゴじいちゃんの話のとおりだもん……ほら」


 また、サメの一群がやってきた。カジキマグロは半分以上食べられてしまった。


「あと二回、サメが襲ってくる」


 ミファの予想どおり、サメは二回やってきて、とうとうカジキマグロを骨だけにしてしまった。

 しかし、サンチャゴじいちゃんは、最後までサメと戦った。

 カジキマグロが骨だけになり、サメも寄ってこなくなると、サンチャゴじいちゃんは、くたびれ果てて船縁に頬を乗せるようにしてくずおれてしまった。


 しかし、目は光を失ってはいなかった。


「なんで、こんなサメだらけのところで漁をしたの……サンチャゴじいちゃんは」

「うちの島はね、むかし大きな戦争に巻き込まれたの……で、負けちゃったから、漁場をひどく制限されて、頭の回る大人たちは、よその島に行って雇われ漁師をやっている。うちの島の漁師は優秀だから、どこでも重宝がられてる。あとは、ちょこっとした観光やら、葉たばこ作ったり……だから、島は、年寄りと女子どもだけになってしまった」

「それで、裏寂れているのね……」

「それでも、サンチャゴじいちゃんは漁に出た。こうやってリアルなじいちゃんの姿見ちゃうと、ほんと負けちゃうよね……」

「でも、なぜ、このことでサンチャゴじいちゃんを眠らせつづけておくんだろう」

「そうだよね……これなら、勇気づけられはするけど、ただの年寄りの手柄話だもんね……」


 そのとき、ストローハットのボートの先が、なにかに当たった。


「ん、なんだろう……?」


 なにかの先には、まだ海が続いているが、ゲームのエリア限界にきたように前に進めなくなった。しかし、サンチャゴじいちゃんのボートは二人のボートを残して、その先に進んでいく。

 すると、目の前に大きなアラームが映し出された。


 この先Z指定! CEROレーティング(コンピュータエンターテインメントレーティング機構)


「なに、これ……?」

 ミファが首をひねった。

「だれか知らないけど、この夢に介入してるみたいね」

「Z指定だったら、あたしたち入れないよ」

「フフ、こんなもの……」

 マユが、指を一振りすると、アラームは簡単に消えてしまった。

「え……どうやったの?」

 ミファは、マユに聞こうとしたが、マユの姿が見えない。

「マユ、どこに行ったの……海に落ちた?」

 ミファは船縁から海を見た。すると……。


 海面に映っていたのは、ミファでもマユでもない三十過ぎの女性であった。


 なかなかの美人である。ミファは驚いて、後ろを見て、もう一度海面を見た。その美人は紛れもなく、自分であるようだった。

「……これって、あたし?」

――でもあるし、わたしでもある。

 自分の頭の中で、マユの声がした。

「マユ!?」

――わたしと、ミファを足したの。すると、こういう三十過ぎのイケたおねえさんになる。三十過ぎだからZ指定は関係なしよ……ちょ、ちょっと、どこ触ってんのよ!?

「あたしって、こんなに胸大きくなるんだ!」

――ま、二人分足した姿だからね、どっちの要素で、こうなったか分からないけどね。ま、体はミファが動かして。考える方は、わたしがやるから。

「で、とりあえず、どうしたらいいの。もうサンチャゴじいちゃんのボート見えないわよ」

――足もとにコントローラーがあるでしょ。

「あ、これ……ワイヤレスじゃないの?」

――首からぶら下げんの。この夢に介入したやつは、ゲーム仕様にしたみたいだから。△ボタンを押してみて。

「あ……!」

 水平線に▼マークが現れた。

――その方角にサンチャゴじいちゃんがいる。R2ボタンがアクセル。L3のグリグリが舵だから、がんばってね。ボートが見えたらロックオンの※が出るから、R3で合わせて、押し込む。すると自動追尾になるから、よろしくね。


「よっしゃー!」


 気安く引き受けたミファであったが、ロックオンまで二時間もかかるとは思わなかった。R2ボタンを押している右手の人差し指がケイレンをおこしかていた……。




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