30・フェアリーテール・4
小悪魔マユ・30
『フェアリーテール・4』
薮から棒のような若者は、心ここにあらずという顔をしていた。
「なによ、この覗き魔!」
「あ、その人だったら大丈夫。わたしなんか目じゃないから」
最後にストローハットを被りながら、レミが言った。
「でもね……」
「アニマ……今日もダメだったんだね」
「……あ、レミか。情けないやつだよボクは!」
若者は、立ったまま、うつむいて泣き始めた。
見たところ、ベルベットのマントに、シルクの袖なんかかがゆったりしたドレスシャツ。乗馬ズボンに、金の鎖が付いたサーベルなんか付けていて、見るからに、ハイソサエティーの坊ちゃん。顔も、泣いてさえいなかったら、ディズニーアニメの王子さまが務まりそうなイケメン。
「紹介しとくわ。この人、ゲッチンゲン公国の王子さまで、アニマ・モラトリアム・フォン・ゲッチンゲン。こちら、わたしのお友だちで味方のマユ」
現金なもので、レミは、もう十年来のお友だち感覚。
「よろしく、アニマって呼んでくれていいよ」
「修行中の身ではありますが(見栄を張って、落第生とは言わなかった)小悪魔のマユです。あ……でも、王子さまだったら、殿下とか、ユアハイネスとか付けなきゃいけないんじゃないかしら?」
マユは、魔界で一応の礼儀作法は学んでいる。右足を後ろに回し、宮廷風のお辞儀をしながら戸惑った。レミが生温かく笑っているからだ。
「なんだけどね……」
「ボクには、そんな資格はないよ。あの愛しい人一人救えないのに」
「その愛しい人のところに連れていってくれるかしら、現物見てもらった方が分かり易いから」
「ああ、見てやってくれたまえ。そして、ボクに知恵と勇気を与えて欲しい。このファンタジーの世界の、程よいヒーローとしての」
「もう、ココロザシが低いんだから。ヒーローってば一番に決まってるでしょうが!」
レミは、鼻息荒く、アニマを叱りつけた。
「そういう帝国主義的なヒーローは、趣味じゃないんだ」
「そうやって、言葉でごまかして責任逃れするんだから」
「あ、立派な馬……」
王子の後ろから、立派な白馬が現れた。
「やあ、僕ハイセイコー。アニマ王子の専用のお馬さん」
馬は、挨拶するように右の前足を挙げた。
「馬が喋った!」
マユは、素直に驚いた。
「ここは、ファンタジーの世界よ。カラスが監視カメラにもなるし、馬だって、喋って当たり前」
「……でも、ハイセイコーって、どこかで聞いたことあるなあ」
「二十年前に、ここに来たんだ。そっちの世界にいたころは競馬場で走ってた」
ちょっとはにかみながら、ハイセイコーが言った。
「あ、伝説の競走馬!」
マユの頭の悪魔辞典にも答えが出てきた。
――ハイセイコーは日本の世界的競走馬。1970年代の日本において社会現象と呼ばれるほどの人気を集めた国民的アイドルホース。第一次競馬ブームのヒーローとなる。1984年、顕彰馬に選出され、銅像にもなっている!――
「あ……そんなに感動してくれなくっていいから」
ハイセイコーは、チラッとアニマ王子に目をやった。
「ハイセイコーは、この世界に来てからは、兄のアニムス・ウィリアム・フォン・ゲッチンゲンの乗馬だったんだ。兄が亡くなってからは、ボクを乗せてくれているんだけどね」
「アニマ王子、僕は、キミに乗ってもらって光栄だと思ってるんだよ……そりゃ、お兄さんも偉い王子さまだったけど」
「そうだよ、兄貴は立派だったさ!」
アニマ王子は、いささか……かなり、心を病んでいるようだ。
「ま、とにかく、ここで落ち込んでても、なんにも分からんないから、行くとこに行こうよ!」
レミが、キッパリと言った。
そこは、さらなる森の奥にあった。
小さな丘を超え、小川を渡ったところが、テニスコートほどに開けた芝地になっていて、そこここに、マユには分からない花々、その花々は中央に安置されたそれを守るように、いたわるように咲いていた。
その中央にあるものは、ガラスの棺。そしてその棺の中で眠るように横たわっていたのは……。
……白雪姫であった。




