第十五話
『終焉』のブレスが私を貫く直前。私の命が終わろうとしているその刹那、それは起こりました。
聞こえてきたのは、『終焉』の咆哮にも負けない、鼓膜が破れるのではと思うほどの爆発音。その爆発音が響いたかと思うと、私の体は大きく吹き飛ばされていました。
爆発といっても、光も熱も感じませんでした。感じたのは強い風のみ。その風に私は吹き飛ばされ、結果ブレスを避けることが出来たのです。
「……え?」
理解が追いつきませんでした。誰も私を助けられる状況ではなかったはずです。ニノ殿も、姫様も、もちろん私も……。
強く、誰かに抱きとめられました。一体誰なのかと考える前に、私の視線は『終焉』へと固定されていました。
不可解な現象はまだまだ続きます。
強化されているはずの私の目が捉えきれない速度で何かが飛来。『終焉』の顔へと当たったかと思うと、それが爆発したのです。おそらく、先ほどの爆発はこれが原因だったのでしょう。
爆発で『終焉』は怯むだけでなく、もがき苦しんでいました。そう、その爆発は『終焉』にダメージを与えるほどの強烈なものだったのです。
そして、最後に『終焉』の上からそれは落ちてきました。
太陽のごとく巨大な純粋魔力。そして、それから感じる魔力は、私達にも馴染みのあるものでした。
巨大な魔力は『終焉』の頭部に命中。『終焉』は地へと叩き落とされ、魔力は雪のように消えていきました。
そう、魔力です。おそらく、爆発したものも魔力だったのでしょう。そして、魔力に関連する二つ名を持つ人物を、私は一人だけ知っています。
魔力使い。そう呼ばれている人物を、私は知っています。
しかし、彼は死んだはずです。『終焉』の手によって、跡形もなく終わってしまったはずなのです。
だから、これは夢か幻のはずです。散り際に私の脳が見せた、幻覚に違いないのです。
ですが、彼は話しかけてきます。炎獄山脈の調査に行く馬車の中で見せた、あの不敵な笑みを私に見せて。
男性にしては長めの黒い髪と、髪と同色の瞳。特徴的な赤いジャケットを無造作に羽織ったいつもの姿。旅ですっかり見慣れた、彼のいつもの格好です。
「すまねえ、遅れた」
幻にしては、ひどく現実味があります。夢にしては、ずいぶんとはっきりしています。
ならば……ああ、そうなのですね。生きてくれて……いたんですね……。
「生きて――」
そこまで言いかけて、私の言葉は彼の人差し指に遮られました。
「感動の再会は後だ。今は、あのデカブツを倒すぞ。俺も手伝う」
そう言って、彼――リョウ殿は獣のような獰猛な笑みを浮かべました。『終焉』もリョウ殿に気がついたのか、どこか嬉しそうに咆哮をあげています。
今、私とリョウ殿がいるのは、魔力で出来た薄い板のような足場。リョウ殿がスキルで作り出したものでしょう。自由自在に魔力を作り、操るスキル『魔力使い』。本領発揮といったところでしょう。
「自由に攻めろ。俺がサポートする」
魔力による足場は消え、落下する私の体。すかさず空を蹴って、地へと落ちた『終焉』へと肉薄します。チラリと見ると、リョウ殿は足全体を覆うように魔力を貼り付けていました。まるで魔力で出来た靴のようです。
少々羨ましい気持ちを感じながら、『終焉』にまっすぐ突っ込みます。この頃には姫様とニノ殿も既に復活しており、私とリョウ殿の話が聞こえていたのか、私をサポートするような動きをとっています。
目眩ましか、ニノ殿の霧が『終焉』の視界を覆います。それでも尚、『終焉』は私に向かい魔力弾を放ちます。一撃でも食らったら、私は終わってしまいます。恐怖を感じないわけではありませんが、しかしそれ以上に信頼を感じています。
<魔力弾の背後に転移ですわ>
私の絶対なる主への、信頼を感じています。
瞬間、命令に従い転移する私の体。『終焉』の魔力弾を置き去りにして、さらに私は突き進みます。
再度、魔力弾。光と見紛うほどの速度ですが、しかし無駄。私の背後から飛来した魔力弾に迎撃されました。
近づく私。睨んでくる『終焉』。口内から光が漏れていることから、ブレスの準備をしているのでしょう。しかし、その時間を与えるつもりはありません。
空を蹴り、さらに加速。繰り返し、繰り返し、さらに加速、加速、加速。近づく地上、近づく『終焉』。もう少し、あと少しというところで、私の体は奇跡的に反応してくれました。
薙ぎ払われた『終焉』の腕。生存本能か、それとも直感か。私の意思とは関係のないところで、私は無意識のうちに聖剣を突き出していました。
それにより軽減されたとはいえ、それでも感じる強い衝撃。木の葉のように吹き飛ばされ、追撃の腕に対処する術はありませんでした。
慌てる私でしたが、腕が当たるよりも前に、私の視線を遮る影がありました。霧が集まったように出現したその影。こんなことが出来るのは、この場では一人しかいません。
「――バリア」
ニノ殿がそう言うと同時に、『終焉』の腕が弾き飛ばされました。バリアと言っていましたがそんなことはありません。ニノ殿がそのスペックをフルに使って、全力で殴り飛ばしただけです。
苦し紛れとばかりに、『終焉』がブレスを吐き出します。蓄積も圧縮もされていないその砲撃は、全力時の威力とは比べ物にならないほど弱いです。
そのブレスを、ニノ殿は霧に紛れるように消えて避け、私は聖剣を盾にして防ぎます。
拮抗するブレスと盾。『終焉』が全力でブレスを吐いたのならば、私ではとても防ぎきれません。ですが、全力でないのならば、拮抗することは十分に可能です。
そして、拮抗してできた時間は、姫様にとっても十分です。
<転移、そして終幕ですわ>
私の姿は消え、次に現れた時には『終焉』の目の前にありました。未だにブレスを吐き続ける『終焉』。つまり、私の攻撃を防ぐ手段はないということです。
視線を交わす私と『終焉』。『終焉』の瞳には、どこか称えるような、そんな光がありました。
空を蹴り、『終焉』の背後へと回ります。狙うのは、その太く長い首。
<セリス! 決めなさい!>
「了解!」
聖剣の形を変化。ひたすら長く、重いものに。どこまでも長く、どこまでも重く。
形成完了。求めたものは、全てを断ち切る圧倒的な重量。そのため、強化された私の体でも、持つことがやっとの代物となってしまいましたが、構いません。これが、私の求めたものなのですから。今の聖剣ならば、『終焉』の首どころか、城壁すら断ち切ることが出来るでしょう。
上段に構えた聖剣。ここまでくれば、型も何もありません。無心に、何も考えず、愚直に振り下ろすのみです。
力任せの一撃。それは、偉大な巨人の剣閃のごとく。聖剣自身の重量もあり、それは恐ろしい速度で『終焉』へと迫ります。迎撃のためか『終焉』が魔力弾を何発も放ちますが、それすら意に介さず聖剣は突き進みます。
強い衝撃。何か固いものに当たったような、そんな手応えです。両手に軽く痺れも感じます。
見ると、聖剣は『終焉』の障壁により阻まれていました。『終焉』特化となった聖剣すら防ぐほど強固なものです。一体、どれだけの魔力を注ぎ込んだのか、想像すらつきません。
破ろうとする聖剣と、防ごうとする障壁。障壁には次々と魔力が注ぎ込まれているはずですが、『終焉』が魔力切れを起こしそうな気配はありません。人間ならば、既に魔力切れを起こし、生命すら危ぶまれるほど消耗しているはずです。
聖剣が障壁を破る気配はまったくありません。むしろ、障壁に押し返されているような気がしてきます。
いえ、事実押し返されているのです。徐々に徐々に、微々たる速度ですが、『終焉』の障壁はその範囲を広げているのです。
歯を噛み締め、全力を上回る勢いで力を込めますが、慰めにもなりません。無常にも、聖剣が障壁に負けているという事実を強く実感するだけです。
「手伝うって言っただろ?」
重ねられた手。それと同時に、聖剣が障壁を押し返し始めました。見ると、聖剣を魔力が包み込み、聖剣の後ろに向かって炎のようなものが吹き出しています。それが莫大な推進力を生み、『終焉』の障壁にも負けない力を作り出しているのです。
間違いなく、リョウ殿のスキルによるものです。リョウ殿のその助けが、今はこれ以上ないほど有り難い!
「アアアアアアァァァァァァ!」
意味を成さない叫び声。獣のようなその声は、私の口から出たものです。
壊れてしまえと両腕に力を込め、全て持っていけとばかりに全魔力を腕の強化に注ぎ込みます。今度こそ、正真正銘最後の機会。これを逃せば、もはや『終焉』を倒すことは叶わないでしょう。
だから、私は全てを注ぎ込みます。全魔力、全生命力、死の一歩手前まで、払えるものは全て払います。
その甲斐もあり、聖剣は『終焉』の障壁へと徐々に食い込んでいきます。『終焉』も咆哮を上げて耐えようとしていますが、しかし聖剣の刃は障壁を侵食していくのみ。
そして……その瞬間はやってきました。
パリン、というガラスが割れたような音。不意に軽くなる聖剣の手応え。そして、嬉しそうに吼える『終焉』。
最後は、思った以上に呆気無いものでした。何の抵抗もなく、まるでゼリーでも切るかのように、聖剣はスルリと『終焉』の首を落としたのです。
如何に『終焉』といえど、首を落とされて生きていることは出来ません。グラリと力を失ったかと思うと、『終焉』のその巨躯は、ゆっくりと地上へ落ちていきました。
ゆっくりと『終焉』が落ちていくのを見ながら、私は実感が持てませんでした。いえ、私だけではありません。この場にいる全員が、実感を持てなかったでしょう。
時が止まったかのように、呆けた様子で落ちゆく『終焉』の亡骸を眺めているのがその証拠です。
そして、轟音を立てて、『終焉』の亡骸が地に沈みました。その勢いで、砂埃と灰が舞い散ります。不思議な事ですが、舞い散ったそれを見て、私はようやく『終焉』を討伐したのだと実感しました。
終わったのです。ようやく、終わったのです。
それを認識した瞬間、私の体には疲れがドッと湧いてきました。それと同時に、意識が急に遠のいていくのを感じます。
ああ、駄目です。いけません。このまま眠ってしまっては、落ちて……。
しかし、抵抗むなしく私は意識を引き止めることが出来ませんでした。当たり前のことですが、全魔力、全生命力を消費した私は、それほどまでに疲れていたのです。それこそ、もう一歩も動けないほどに。
落下し始める私の体。遠のく意識の片隅で、誰かが支えてくれるのがわかりました。
誰なのか。それは……わかりません。もう何も、考えられません。幸せな眠りの沼に、浸っていたい……。
「ゆっくり休みな」
聞き覚えのある声。どこか、優しい声です。
はい、わかりました……。すいませんが、私は休ませていただきます……。
ああ、眠いです……。意識が落ちて……。
どこまでも……どこまでも……。




