↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、乙女ゲームのヒロインでした  作者: 国枝 彩乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/31

怒りと悲しみ

「大きな声で罵り合うなど、はしたない」

 そこにはハナの耳元で手を打ち鳴らしたアメリアがいた。落ち着いた低い声に廊下が静まりかえる。気がつけば、周りは野次馬の生徒たちに囲まれていた。

「貴族たるもの、いかなる時でも手を出してはなりません」

 アメリアはハナの手を上から抑えて降ろさせた。フレデリカに鋭い視線を向けている。

「貴方も。ウイレム殿下が選ばれた方を批判するのは、ウイレム殿下を批判するのと同じ。ましてや口汚い言葉で罵るなど」

 フレデリカが後退る。

「お行きなさいませ」

 アメリアの言葉に、フレデリカたちが渋々従った。

 アメリアはハナに向き直った。ハナの手が自由になる。

「ハイレーナ嬢。貴方はご自分の言動を振り返ったことがおあり?」

 アメリアの言葉が胸を貫いた。握りしめた拳に力が入る。


 私が悪いと言いたいの?


「真実はどうであれ、誤解を生むような言動は控えるべきですわ」

 そんなの知らない。みんなは「そのままのハナが好きだ」と言ってくれたもの。

「ましてや挑発に乗って暴力を振るおうとするなど、もってのほか。ウイレム殿下の品位まで貶めるおつもり?」


 じゃあ、あたしは一体どうすればよかったの!勝手に私をこんな世界に連れてきて、頑張って攻略したのに帰れない!いじめられてるのは私!酷いのはあんたたちじゃない!こんな世界、大っ嫌い!


 ハナは顔を上げ、挑むようにアメリアを睨みつけた。拳を握りしめたまま、踵を返すとその場から走り去った。


 週末は屋敷に帰る。学院にいる間は誰とも話さない。紅葉が過ぎ、気がつけば枯れ葉が石畳の道を埋め尽くしていた。ヴァロネス邸の門を潜って、玄関の呼び鈴を鳴らす。

「はい、ただいま」

 マーサの声が聞こえて、玄関扉が開いた。いつものマーサの姿に微笑みかけようとした瞬間、その後ろに立つ姿が目に入り、顔がこわばった。


「おかえりハイレーナ」

「……お父……様」

 目元に少し哀しげな笑みを湛える父の姿。


 いや!会いたくない!


 ハイレーナの悲鳴が頭に響いた。思わず目をつぶって首をすくめる。この声を聞くのは何年ぶりだろう。

「長旅からお帰りになったのですよ。お嬢様をお待ちになっていました」

 マーサの探るような視線がハナに注がれ、扉から一歩退いてハナを通す。眉を顰めたまま、仕方なく一歩中へ踏み入れた。

「三日前にお着きになって。お嬢様がお帰りになるなら、待つとおっしゃって」

「……マーサ、気分が優れないの。部屋で休んでもいい?」

 顔が上げられず、本当に吐き気までして、マーサに縋りついた。

「ハイレーナ……」

「マーサ、お願い!」

「わかりました。お部屋に行きましょう」

 マーサはハナを支えたまま、階段の方へ導いた。父親の視線を背中に感じたまま、階段を登り、自室にたどり着くと着替えてベッドに潜り込んだ。脱ぎ捨てた制服を拾ってクローゼットにしまい、ハナの寝具を確認したマーサが静かにため息をつくのを聞いた。

「後ほど様子を見に参りますね。お昼まで、おやすみなさいませ」

 と、扉を閉めた。


「学院へ入れ」

 ハロルドの声がする。お母様が亡くなって、葬儀の夜から姿を消したお父様が、突然五ヶ月半ぶりに現れた。ハイレーナの部屋へ入って開口一番そう言った。ハイレーナは父に駆け寄ろうとして広げた両手を落とした。

「手続きは済んでる。十日後に入学式だから」

 言い終わるとそのまま踵を返して去っていった。

 

 私の誕生日だったのに……。


 涙が頬を伝って目が覚めた。ハイレーナが泣いている。

 お父様は、研究の方が私より大切。お母様がいなくなったら、私のことなんていらなくなったの。

 十二歳のあの日以来、一度も会っていない。


 五年よ。五年もほったらかしておいて、今さら!


「でも、週末も、休暇もほとんど帰らなかったでしょ?夏休みはオットーの別荘で過ごしたし。ちょっと荷物を取りに寄ったくらいだったでしょ?」


 でも!手紙の一つもくれなかった!


 ハナはため息をついた。胸に広がる深い悲しみが、自分のものなのか、ハイレーナのものなのか区別がつかないまま、布団に潜り込んだ。


 そのまま長い時間眠ったらしかった。目を開けた時には、あたりは薄暗かった。サイドテーブルに用意された水を飲む。その時扉を叩く音がして、慌てて布団を被る。

「お嬢様?起きてらっしゃいますか?」

 マーサの声がする。ぎゅっと目を閉じて眠ったふりをした。足音が近づいて、テーブルの上に何かを置く音が聞こえる。

「お夕食、ここに置いておきますね。目が覚めたらお召し上がりください」

 それからマーサがベッドの端に腰掛け、布団の上からハナの胸をぽんぽんと優しく叩いた。

「旦那様は明日早朝に研究所へ戻られるそうです」

 マーサの手が離れた。

「旦那様はイレーネ様をそれは深く愛しておられました。お嬢様のことも……」

 閉じた目に涙が滲む。

「お二人とも不器用なのですわ。イレーネ様もきっと心配していらっしゃる」

 ぽんぽん。お母さんの手のように。

「今は、ゆっくりお休みなさいませ」

 ベッドが軋んでマーサが立ち上がり、やがて扉が閉まった。


 翌朝、窓から研究所の馬車が走り去るのを確認して、厨房へ降りていく。入り口に背を向けて腰掛けるマーサの背中がやけに小さかった。物音に振り返ったマーサが寂しそうに笑った。

「おはようございます。お腹が空きましたでしょう。オムレツでも作りましょうね」

 と言って椅子をすすめた。気まずくて声を出せないまま、言われた通りに腰掛ける。厨房にはすぐにベーコンを炒める香ばしい匂いが漂った。温めたパンと、香り高い紅茶。黄金に輝くオムレツがハナの前へ置かれる。こくりと喉が鳴ってフォークを手に取った。向かい側へ腰を下ろしたマーサが紅茶のカップを手にハナを見ている。

 しっかり全てを平らげて、フォークを置くと、マーサに視線を向けた。

「お父様は、また帰ってらっしゃるの?」

「……ここは旦那様のお家ですから。でも、お忙しくなるはずですよ。来年、第一研究所の所長に就任されるそうですから」

 ハナは目を見開く。王立研究所の所長がどれだけ重要な地位かくらいは知っている。

「それから、週末にお戻りになるのは避けるそうです。お嬢様が顔を見てくれるようになるまで待つとおっしゃいました」

 体から緊張が抜けてゆく。週末にここへ帰るのが唯一の拠り所だったのだから。

「さあ、今日は何をしてお過ごしになりますか?良い栗が手に入ったので、栗のお菓子を作ろうかと思っておりましたの。挑戦なさいます?」

「する」

 そう言って、初めての笑顔になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。