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私、乙女ゲームのヒロインでした  作者: 国枝 彩乃


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秋の試練

 学院の門を見上げてため息をつく。

 ゲームは終わった。ここからは未知の世界……。

 寮には生徒たちがごった返していた。荷物の運び込みや片付けをする者、新入生の案内をする者。最終学年の部屋は最上階。届いていた荷物を片付け終わった頃には日が暮れていた。

「夕食時間に遅れるわ」

 勢いよく階段を降りて食堂へ飛び込んだ。その途端、騒がしいほどだった声がぴたりと止んだ。視線がハナに集まる。静まり返った食堂の入り口で立ち止まって辺りを見回した。誰もハナと視線を合わせない。こそこそとあちらこちらで囁きが聞こえる。ぎくしゃくする手足を動かして、夕食を受け取り、目についた空席へ向かう。

「この席、いいですか?」

 ビクッと肩を震わせた下級生は無言で目を背けた。


 無視?


 呼吸が喉につかえる。改めて顔を上げてゆっくりと全員を見回した。どの顔もあまり記憶にない。肌に刺さるような冷たい視線を感じていた。頬がこわばって、喉に苦い塊が上ってくる。腰を下ろすと、さっきの下級生がそそくさと席を立って行った。


 今までだって、誰とも仲良くしたことないけど……。


 俯いたまま、食事を口に運ぶ。顔があげられない。

 この五年間、攻略対象のこと以外見ていなかった。女子生徒と親しく会話した記憶がない。

 味のしない料理を噛んでは飲み込み皿を空にすると、コップの水を飲み干して席を立った。



 嫌な予感は的中した。

 教室へ向かう廊下でも誰も視線を合わせない。わざとハナに聞こえるくらいの声で囁かれるあれこれ。

「王子殿下にも敬語を使わないんですって」

「貴族の礼儀を全くわきまえない下品な女」

 みんな、卒業したから?私がヒロインじゃなくなったから?

 涙が滲みそうになるのを歯を食いしばって飲み込み、教室へ足を踏み入れた。


 オットーはどこ?


 素早く隅々まで目で探す。けれど、どこにも見慣れた姿はなかった。できるだけ人の少ない席を探して、腰掛け、鞄を隣の席に置いた。教科書とノートを広げ、何か書くふりをしてオットーを待つ。始業時間ギリギリになってやっと、担当教授と一緒に現れたオットーはハナの隣の席に腰をおろした。

「ハナ、後で話がある」

 目を合わすことなく小声で言った。

 

 食堂で注文したサンドイッチを持って、オットーと二人で校舎の裏の東屋へ向かう。いつもの溜まり場なのに、寒々しい。

「ハナ、大丈夫?随分ひどいことを言われているみたいだ」

 ベンチに座って買ったばかりのサンドイッチを広げたところだった。朝は晴れていたのに、今は半分ほど雲で覆われた空。

「……うん……」

 オットーの言葉にハナはサンドイッチを膝に置いた。今はその話はしたくない。

「オットーこそ何かあったの?」

「……こんな状況で、言い出しにくいんだけど……」

 オットーは食べていたサンドイッチを急いで飲み込んだ。

「親父、すごかったんだ。初めて親父の仕事ぶりをまともに見た」

 興奮したように拳を握っている。

「商隊の采配、支店の把握、交渉、根回し。売って金を儲けるだけじゃない。物が動いて、世界を変えていくんだ」

 オットーの声に熱がこもって、目が輝いていた。

「初のラナス支店の立ち上げをつぶさに見た。すごかったよ。どうしてもあそこで働きたくなった」

 サンドイッチの残りを口に放り込み、ナプキンを振ってパンクズを落とす。オットーが上目遣いでハナを見る。

「それで、半年繰り上げで卒業する。来年四月には開店予定だから、それに間に合うように」


 味方が一人もいなくなる……?


 オットーはしばらく木立を見つめ、ゆっくりとハナに向き直る。

「それで……学園にはあまり顔を出せなくなる」

 急激に身体から熱が奪われていく。

「家庭教師が付くんだ。商売のため必要な知識も詰め込む。で、準備ができ次第、卒業試験を受ける」

 オットーはすまなさそうにハナを見た。

「ハナを一人にしてしまう。ごめん、本当にごめん」

「オットーが謝ることじゃない」

 首を振って否定した。

「今まで女友達を作ってこなかったし、学院で一番人気のみんなを独り占めしてきたんだから、妬まれたって仕方がないの」

「それにしても、急にこんなに当たりがキツくなるなんて、なんか変だよ」

 食堂のあまり記憶にない女生徒たち。

「みんな卒業したから……オットーと一緒に、もう一年過ごしたかったけど……でも、応援する!」

 学院で唯一の平民だと、近寄らなかった同級生たち。

「思う存分勉強して、平民だって馬鹿にした奴らを見返してやって!泣く子も黙るポロダン商会の後継だもの。胸張って頑張れ!」

 ドンとオットーの背中を叩いた。

「……ありがとう、ハナ」

「できるだけ学院に顔を出すから。いつでも、なんでも手紙で知らせて。遠慮はなしだよ」

「わかった」

 そして、オットーは学院に来なくなった。

 

 その夜、宿題を終え、夕食に向かおうと立ち上がったところで、扉の外の物音に気づいた。がさごそ人の気配がする。扉へ近づくと明らかに数人の声が聞こえた。ノブを握って、押し開く。扉はびくとも動かない。同時に「きゃはは」と笑い声が響いた。

「誰!?」

 扉に身体を近づけて、叫ぶ。数人の笑い声が聞こえた。もう一度、全体重をかけて押してみた。反対側から大きな圧がかかって、開けられない。一旦離れて息を整えた時だった。扉下の隙間から、紙が一枚差し込まれた。反射的に拾い上げていた。そこには大きな文字で

 『破廉恥。礼儀知らず』

 と書かれていた。紙を持つ手が震える。もう一枚滑り込んできた。拾い上げる。

 『ヴァロネス博士の七光。ウイレム殿下とお仲間たちの権威なしでは何もできない、無能』

 また一枚、また一枚。

 『自分のわがままで周りを振り回し、エステヴァン様を婚約破棄に追い込み、最後に裏切った罪は深い』

 『王子殿下を誘惑し、他の四人も周りに侍らす身の程知らず』

 ハナは膝の力が抜けて床に座り込んだ。次から次へと差し込まれる紙で扉の下は紙で埋まった。

 最後の一枚が差し込まれた後も、しばらくは動く気力がなかった。いつの間にか廊下が静かになっていた。最後に差し込まれた紙を手に取る。

 『お前など王妃には相応しくない。お前の行動の全てを記した報告文を王城に提出する。覚悟しておけ』

 と書かれていた。左の腕輪に触れる。卒業パーティ以来一度も連絡が取れていない。


「ウイレム、ウイレム、早く迎えにきて……」

 

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